あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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あったかシチューと龍神さま

(十五)

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 帰って、いいのかな。

 穂乃花が着替えると、白無垢を残念そうに撫でていた能面女性がじーっと穂乃花を見る。視線が肌に突き刺さって、きっと能面の下でジト目をしているのだろうなと感じた。白無垢が活躍しなかったのが不服のようだ。

「またどこかで使い道あるよ。龍神さまイケメンだし、いくらでも相手はいるでしょ」

 苦笑しながら座敷を出れば、龍神に導かれて屋敷の外に連れていかれる。屋敷を囲むのは白い薄だ。進めば肌をくすぐられる。龍神はいつのまにか龍の姿になっていた。

「もしかして、家まで送ってくれるんですか?」

 龍神は頷いた。神の送り迎えなんて贅沢だ。

「龍神さま、本当にいい神様ですね。もう、めちゃくちゃ推します! 推し神です! 明日のお供え物、豪華にしますね!」

 龍神の尻尾が嬉しそうに揺れた。
 やっと帰れる。雪斗のもとに。
 穂乃花は緊張が抜けて、んーと伸びをする。澄んだ空気が身体に満ちた。

「なんか、ここに来てすっきりした! ありがとう龍神さま!」

 知らない屋敷を探検して、ため込んでいた鬱憤を叫んで、空から落ちて――、怒涛の展開のおかげで、ごちゃごちゃな思いを抱えていた心に風穴が開けられたようだった。嫌なこともどこかに吹き飛んでしまって、心がすっと軽い。ありがとう、と穂乃花は笑った。すると龍神が頷いて、大きく口を開ける。

 あ、これは。
 瞬間、穂乃花は理解して叫んだ。

「待ったあ!」

 穂乃花の声に、素直に口を開けたまま止まった龍神は、ちょっと間抜けだった。

「くわえるのは心臓に悪いから、もうちょっと別の飛び方できません? 図々しいのは百も承知ですけど! でもけっこう怖かったんですよ、あと寒い! 図々しいとは思いますが!」

 龍神はちょっと困った様子で首を傾げた。やがて自分の背を穂乃花に向ける。乗れ、ということだろう。くわえられるよりはよさそうだ。よいしょ、と龍神の背に乗る。近くで見ても鱗はきらきらと輝いていて、そっと撫でると龍神がくすぐったそうに身をよじった。

 能面女性がすすっと近寄ってきて、穂乃花に羽織を着せる。さらに、着物の帯で穂乃花と龍神をくくりつけた。落下防止だろう。ついさきほど空から落ちる恐怖を味わったばかりだから、この心づかいは嬉しい。

「ありがとう、能面さん。また会いましょ。今度は私がご馳走するね。親指ちゃんも、また今度、うちに来てくれるの待ってるから……、待ってるからね! ちゃんとお詫びもするから、絶対来てね!」

 能面女性はお辞儀して、親指少女はまだちょっと膨れていたけれど、ゆっくり頷いた。それを合図に、龍神は地を蹴って、悠々と空へと舞い上がった。青い世界に包まれる。穂乃花はぎゅっと龍神の背に抱きついた。羽織のおかげか、不思議と寒くはない。目を閉じて、音を探す。

 ちりりん。

 涼しい音が聞こえた。
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