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あったかシチューと龍神さま
(十四)
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龍神が、落ちた穂乃花をくわえて飛んでくれたのだ。きらりと光って見えたのは、彼の鱗だろう。
「し、死ぬかと、思った……」
心臓がバクバクと鳴っている。龍神は穂乃花の頬に手を移動させた。大丈夫かと瞳に問われる。
「だいじょうぶ、です」
身体を縛っていた緊張が、ふっと消えた。そのとき、頬に痛みが走った。穂乃花の肩に乗っていた親指少女が、ぷるぷると震えながら穂乃花の頬を叩いている。少女の顔は真っ赤で、瞳からぽろぽろ涙がこぼれ落ち、穂乃花はぎょっとした。
「ご、ごめん、親指ちゃん……! そうだよね、親指ちゃんもいたんだよね。怖かったね、ごめんね!」
ひとりで落ちたと思ったけれど、肩にはこの少女もいたのだ。自分のことで精一杯だったから気づかなかった。きっと穂乃花が落ちている間、必死で肩につかまっていたのだろう。少女は厄介者の隣人のことを穂乃花に教えてくれたのに、忠告を無視して少女まで危険な目にあわせたのだから、完全に穂乃花が悪い。
「今度お菓子いっぱいあげるから。あ、赤い実摘むの、また手伝うし……! だから、ごめん、親指ちゃん!」
開いたままだった襖は、龍神の後ろに控えていた能面女性がすっと閉めた。彼女が親指少女に手のひらを差し出すと、少女はその手に乗り、ふんっと穂乃花から顔を背ける。そんな親指少女を龍神が優しく撫でた。それで少女の表情が和らいだが、穂乃花と目が合うなりまた頬を膨らませてしまう。穂乃花も泣きたくなった。
――帰ったら、雪斗さんに相談しよう。
また親指少女と喧嘩してしまった、と。きっと雪斗なら呆れながらも、お菓子を一緒に作ってくれると思う。
ああ、早く帰りたい。雪斗に会いたい。思いがむくむく湧いた。
「龍神さま、ありがとうございました。本当に」
穂乃花は龍神に深く頭を下げる。龍神がいなかったら、あのまま地面に落ちていただろう。そう考えるとぞっとして、龍神がさらに神々しく見えてくる。どれだけお礼を言っても尽きない。龍神は表情を変えなかった。彼にとっては、なんでもないことのようだった。
「あの、龍神さま。助けてもらった手前、物凄く言いにくいのですが……」
穂乃花は再度、おずおずと言って頭を下げる。
「あなたと結婚は、やっぱりできないです。ごめんなさい」
顔を上げれば、龍神は頷いた。分かってくれたらしい。なんとなく寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。龍神の長いまつ毛が影を落とした。穂乃花は「んんっ」とうなる。助けてもらったうえ、求婚を拒み、さらにもうひとつお願いをしようとしている自分は、図々しいかもしれない。でも龍神にしか頼めないし……。
「私、家に帰りたいんです。それで、重ね重ね申し訳ないんですが、帰り道分からないから、教えてほしいんですけど――わ、なに、能面さん?」
能面女性が穂乃花の腕を引いた。そのまま引きずられて、襖を開ける。そこは別の世界……ではなく、ふつうの座敷だった。女性は穂乃花の着物を脱がせて、代わりにパジャマを手渡した。
「し、死ぬかと、思った……」
心臓がバクバクと鳴っている。龍神は穂乃花の頬に手を移動させた。大丈夫かと瞳に問われる。
「だいじょうぶ、です」
身体を縛っていた緊張が、ふっと消えた。そのとき、頬に痛みが走った。穂乃花の肩に乗っていた親指少女が、ぷるぷると震えながら穂乃花の頬を叩いている。少女の顔は真っ赤で、瞳からぽろぽろ涙がこぼれ落ち、穂乃花はぎょっとした。
「ご、ごめん、親指ちゃん……! そうだよね、親指ちゃんもいたんだよね。怖かったね、ごめんね!」
ひとりで落ちたと思ったけれど、肩にはこの少女もいたのだ。自分のことで精一杯だったから気づかなかった。きっと穂乃花が落ちている間、必死で肩につかまっていたのだろう。少女は厄介者の隣人のことを穂乃花に教えてくれたのに、忠告を無視して少女まで危険な目にあわせたのだから、完全に穂乃花が悪い。
「今度お菓子いっぱいあげるから。あ、赤い実摘むの、また手伝うし……! だから、ごめん、親指ちゃん!」
開いたままだった襖は、龍神の後ろに控えていた能面女性がすっと閉めた。彼女が親指少女に手のひらを差し出すと、少女はその手に乗り、ふんっと穂乃花から顔を背ける。そんな親指少女を龍神が優しく撫でた。それで少女の表情が和らいだが、穂乃花と目が合うなりまた頬を膨らませてしまう。穂乃花も泣きたくなった。
――帰ったら、雪斗さんに相談しよう。
また親指少女と喧嘩してしまった、と。きっと雪斗なら呆れながらも、お菓子を一緒に作ってくれると思う。
ああ、早く帰りたい。雪斗に会いたい。思いがむくむく湧いた。
「龍神さま、ありがとうございました。本当に」
穂乃花は龍神に深く頭を下げる。龍神がいなかったら、あのまま地面に落ちていただろう。そう考えるとぞっとして、龍神がさらに神々しく見えてくる。どれだけお礼を言っても尽きない。龍神は表情を変えなかった。彼にとっては、なんでもないことのようだった。
「あの、龍神さま。助けてもらった手前、物凄く言いにくいのですが……」
穂乃花は再度、おずおずと言って頭を下げる。
「あなたと結婚は、やっぱりできないです。ごめんなさい」
顔を上げれば、龍神は頷いた。分かってくれたらしい。なんとなく寂しそうに見えるのは気のせいだろうか。龍神の長いまつ毛が影を落とした。穂乃花は「んんっ」とうなる。助けてもらったうえ、求婚を拒み、さらにもうひとつお願いをしようとしている自分は、図々しいかもしれない。でも龍神にしか頼めないし……。
「私、家に帰りたいんです。それで、重ね重ね申し訳ないんですが、帰り道分からないから、教えてほしいんですけど――わ、なに、能面さん?」
能面女性が穂乃花の腕を引いた。そのまま引きずられて、襖を開ける。そこは別の世界……ではなく、ふつうの座敷だった。女性は穂乃花の着物を脱がせて、代わりにパジャマを手渡した。
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