あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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あったかシチューと龍神さま

(十一)

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「え、龍神さま、大丈夫で――、いたっ……、ちょっと、落ち着いて、能面さん!」

 能面女性がはっとするやいなや、息遣いも荒く穂乃花の肩を掴んで揺さぶった。だから食後はやめてってば、と思うが口からは「ああああ」とか「うううう」という情けない声しか出せなくなった。気持ち悪い。

 そのうち解放されるにはされたが、能面女性は龍神と穂乃花の間をうろうろとさまよって落ち着かない。龍神には気遣うように、穂乃花には責めるように。能面の微笑が怖かった。

 龍神は無表情で泣き続けたまま。

 親指少女はといえば、関わらない方が吉と判断したのか、卓上のお皿の影に身を潜めていた。助けてくれたっていいのに。薄情な。

 んんん、と穂乃花はうなる。迷った末に、部屋を抜け出すことにした。能面女性が龍神の方を気にしている間に、すすす……っと。

「まさか、神さまに求婚されるとはなあ」

 襖絵の紅葉が映りこんだ廊下を進む。足裏がひやりと冷たい。着物は歩きにくかった。

 布団にくるまれていた雪斗を思い出し、目を閉じる。いつだって帰りたいと願えば、雪斗に預けている鈴の音が、ちりりん、と聞こえるはずだった。が、なにも聞こえない。さすがに神様の領域は勝手がちがうのかもしれない。

 今ごろ、雪斗はどうしているだろう。

「あ、親指ちゃん」

 ふと振り向くと、小さな身体で走ってくる親指少女がいた。

「隠れてやり過ごそうなんてずるいよ。あのふたり、大丈夫そう?」

 少女は困った顔で首を傾げている。大丈夫ではなさそうだ。

「私、帰れるかな。今日中に帰してもらえそうになかったら、親指ちゃん、私の味方してくれる?」

 少女は縦にも横にも首を振らない。穂乃花を帰してあげたいとは思うが、龍神が帰すなと言うなら逆らうことはできない。そんなところだろう。親指少女をこれ以上困らせるのも気が引けて、穂乃花はその話題をやめた。

 龍神たちが落ち着くまで待って、もう一度話をしてみよう。ふたりとも悪い隣人ではないだろうし、話せば分かるはずだ。

「ね、このお屋敷案内してくれない? 時間潰さなきゃだし。駄目?」

 少女はそれくらいなら、という顔で頷いた。

*****

 肩に乗った少女の案内で、穂乃花は近くにあった襖を開けた。

「うわ、海だあ……!」

 歓声を上げる。襖の先にあるのは、座敷ではなかった。夏のうだるような暑さの中、白い砂浜が続いている。ざあああっという波の音とともに、潮の香りが鼻を刺激した。顔を突っ込んで左右を見渡すと、夏の海辺がどこまでも広がっている。
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