33 / 83
あったかシチューと龍神さま
(十一)
しおりを挟む
「え、龍神さま、大丈夫で――、いたっ……、ちょっと、落ち着いて、能面さん!」
能面女性がはっとするやいなや、息遣いも荒く穂乃花の肩を掴んで揺さぶった。だから食後はやめてってば、と思うが口からは「ああああ」とか「うううう」という情けない声しか出せなくなった。気持ち悪い。
そのうち解放されるにはされたが、能面女性は龍神と穂乃花の間をうろうろとさまよって落ち着かない。龍神には気遣うように、穂乃花には責めるように。能面の微笑が怖かった。
龍神は無表情で泣き続けたまま。
親指少女はといえば、関わらない方が吉と判断したのか、卓上のお皿の影に身を潜めていた。助けてくれたっていいのに。薄情な。
んんん、と穂乃花はうなる。迷った末に、部屋を抜け出すことにした。能面女性が龍神の方を気にしている間に、すすす……っと。
「まさか、神さまに求婚されるとはなあ」
襖絵の紅葉が映りこんだ廊下を進む。足裏がひやりと冷たい。着物は歩きにくかった。
布団にくるまれていた雪斗を思い出し、目を閉じる。いつだって帰りたいと願えば、雪斗に預けている鈴の音が、ちりりん、と聞こえるはずだった。が、なにも聞こえない。さすがに神様の領域は勝手がちがうのかもしれない。
今ごろ、雪斗はどうしているだろう。
「あ、親指ちゃん」
ふと振り向くと、小さな身体で走ってくる親指少女がいた。
「隠れてやり過ごそうなんてずるいよ。あのふたり、大丈夫そう?」
少女は困った顔で首を傾げている。大丈夫ではなさそうだ。
「私、帰れるかな。今日中に帰してもらえそうになかったら、親指ちゃん、私の味方してくれる?」
少女は縦にも横にも首を振らない。穂乃花を帰してあげたいとは思うが、龍神が帰すなと言うなら逆らうことはできない。そんなところだろう。親指少女をこれ以上困らせるのも気が引けて、穂乃花はその話題をやめた。
龍神たちが落ち着くまで待って、もう一度話をしてみよう。ふたりとも悪い隣人ではないだろうし、話せば分かるはずだ。
「ね、このお屋敷案内してくれない? 時間潰さなきゃだし。駄目?」
少女はそれくらいなら、という顔で頷いた。
*****
肩に乗った少女の案内で、穂乃花は近くにあった襖を開けた。
「うわ、海だあ……!」
歓声を上げる。襖の先にあるのは、座敷ではなかった。夏のうだるような暑さの中、白い砂浜が続いている。ざあああっという波の音とともに、潮の香りが鼻を刺激した。顔を突っ込んで左右を見渡すと、夏の海辺がどこまでも広がっている。
能面女性がはっとするやいなや、息遣いも荒く穂乃花の肩を掴んで揺さぶった。だから食後はやめてってば、と思うが口からは「ああああ」とか「うううう」という情けない声しか出せなくなった。気持ち悪い。
そのうち解放されるにはされたが、能面女性は龍神と穂乃花の間をうろうろとさまよって落ち着かない。龍神には気遣うように、穂乃花には責めるように。能面の微笑が怖かった。
龍神は無表情で泣き続けたまま。
親指少女はといえば、関わらない方が吉と判断したのか、卓上のお皿の影に身を潜めていた。助けてくれたっていいのに。薄情な。
んんん、と穂乃花はうなる。迷った末に、部屋を抜け出すことにした。能面女性が龍神の方を気にしている間に、すすす……っと。
「まさか、神さまに求婚されるとはなあ」
襖絵の紅葉が映りこんだ廊下を進む。足裏がひやりと冷たい。着物は歩きにくかった。
布団にくるまれていた雪斗を思い出し、目を閉じる。いつだって帰りたいと願えば、雪斗に預けている鈴の音が、ちりりん、と聞こえるはずだった。が、なにも聞こえない。さすがに神様の領域は勝手がちがうのかもしれない。
今ごろ、雪斗はどうしているだろう。
「あ、親指ちゃん」
ふと振り向くと、小さな身体で走ってくる親指少女がいた。
「隠れてやり過ごそうなんてずるいよ。あのふたり、大丈夫そう?」
少女は困った顔で首を傾げている。大丈夫ではなさそうだ。
「私、帰れるかな。今日中に帰してもらえそうになかったら、親指ちゃん、私の味方してくれる?」
少女は縦にも横にも首を振らない。穂乃花を帰してあげたいとは思うが、龍神が帰すなと言うなら逆らうことはできない。そんなところだろう。親指少女をこれ以上困らせるのも気が引けて、穂乃花はその話題をやめた。
龍神たちが落ち着くまで待って、もう一度話をしてみよう。ふたりとも悪い隣人ではないだろうし、話せば分かるはずだ。
「ね、このお屋敷案内してくれない? 時間潰さなきゃだし。駄目?」
少女はそれくらいなら、という顔で頷いた。
*****
肩に乗った少女の案内で、穂乃花は近くにあった襖を開けた。
「うわ、海だあ……!」
歓声を上げる。襖の先にあるのは、座敷ではなかった。夏のうだるような暑さの中、白い砂浜が続いている。ざあああっという波の音とともに、潮の香りが鼻を刺激した。顔を突っ込んで左右を見渡すと、夏の海辺がどこまでも広がっている。
10
お気に入りに追加
35
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
里帰りした猫又は錬金術師の弟子になる。
音喜多子平
キャラ文芸
【第六回キャラ文芸大賞 奨励賞】
人の世とは異なる妖怪の世界で生まれた猫又・鍋島環は、幼い頃に家庭の事情で人間の世界へと送られてきていた。
それから十余年。心優しい主人に拾われ、平穏無事な飼い猫ライフを送っていた環であったが突然、本家がある異世界「天獄屋(てんごくや)」に呼び戻されることになる。
主人との別れを惜しみつつ、環はしぶしぶ実家へと里帰りをする...しかし、待ち受けていたのは今までの暮らしが極楽に思えるほどの怒涛の日々であった。
本家の勝手な指図に翻弄されるまま、まともな記憶さえたどたどしい異世界で丁稚奉公をさせられる羽目に…その上ひょんなことから錬金術師に拾われ、錬金術の手習いまですることになってしまう。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚
ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】
「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たちのことである。
しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、なんとサボりの常習犯だった!?
京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する!
これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。
エブリスタにも掲載しています。

裏切りの先にあるもの
マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。
結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる