あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

文字の大きさ
上 下
26 / 83
あったかシチューと龍神さま

(四)

しおりを挟む
 ひとりになって、穂乃花は滝の下、とぐろを巻いている龍神に近づいた。

 龍神がいるのは滝壺を挟んで向こう側の平たい岩の上。穂乃花は靴と靴下を脱いで踏み出した。足先が水に触れた瞬間、冷たさにびくりとしたが、太ももまで突っ込み水底を掴んで歩き出す。ごつごつした岩の上を歩くと足裏が痛いが、自然の足つぼマッサージだと思うことにした。よいしょ、と岩に上る。

 美しい龍だった。

 鱗が一枚一枚、艶を放って輝いている。紅葉に囲まれたここでは、滝の水と同じように鱗もその色に染まっていた。でもよくよく見れば、元は透明に近い薄水色なのだろうと分かる。ぴんと龍神の身体を伸ばせば、滝と同じくらいの長さになるかもしれないくらい大きい。

「あのー、大丈夫ですか」

 穂乃花はひょっこりと龍神の顔を覗き込んだ。目が合う。その瞳は瑠璃色で、穂乃花はほうっと息をつく。宝石をはめ込んだみたいに澄んだ色だ。

「尻尾、怪我してますよね?」

 龍神の尾の一部が、赤く汚れているのだ。きょろきょろと辺りを見渡すと、すこし離れたところに穂乃花の顔くらいもある岩が落ちていて、そこにも血がついている。

 ――あれ、なにかある。

 龍神の尻尾の下、穂乃花がかがんでのぞくと花のツルで作られた巣があって、中に薄黄色の卵が三つあるようだ。

「この巣、神さまの?」

 龍神はふるふると首を振る。

「だれかの巣を、落ちてきた岩から守ろうとしたんですか?」

 応える代わりに、龍神の尻尾がすっぽりと巣を覆った。卵を守るように。

 ときどき、神さまの中にも横暴な者はいる。龍神もそういう神さまだったらお供え物をやめてやろうかと思ったが、どうやらいらない心配だったようだ。穂乃花は微笑んで、よし、と気合を入れた。

「神さま、手当しますね。まずは水で洗いますから、ちょっとしみますけど、我慢ですよ」

 龍神が穂乃花を見つめる。感情の読み取りづらい澄みきった瞳。

「手当です、手当! 怪我したまま放置はよくないですよ」

 しばらく穂乃花を見つめてから、ふいっと龍神の目が逸らされた。嫌がる様子ではないと思う。好きにしろという意思表示だと捉えて、穂乃花は滝壺の水をすくった。

 冷たいのか、しみたのか。水がかかった瞬間、龍神が身をよじって尻尾がびしゃっと滝を叩いた。

「うわっ! つめたっ!」

 軌道のそれた滝が、うまい具合に穂乃花に襲い掛かって悲鳴を上げた。髪からぽたぽたと水が滴り、あまりの冷たさに身震いする。寒い秋空の日に水を被るなんて、どんな罰ゲームだ。

 龍神はゆっくり瞬きして、穂乃花を見る。首をもたげた龍神の頬と、穂乃花の頬が合わさった。すまない、と言われているような気がして、穂乃花は震えながらも笑みを浮かべる。

「だ、だいじょーぶ。もう一回いきますよ。次は我慢してくださいね、尻尾ぶつけたら痛いでしょうし……っくしゅん! さっむ!」

 龍神がじっと見つめてくるから、穂乃花はなんとか笑顔を貼り付けて、もう一度水を尻尾にかけた。今度は抵抗されなかった。何度か続けて、血や土を流していく。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

裏吉原あやかし語り

石田空
キャラ文芸
「堀の向こうには裏吉原があり、そこでは苦界の苦しみはないよ」 吉原に売られ、顔の火傷が原因で年季が明けるまで下働きとしてこき使われている音羽は、火事の日、遊女たちの噂になっている裏吉原に行けると信じて、堀に飛び込んだ。 そこで待っていたのは、人間のいない裏吉原。ここを出るためにはどのみち徳を積まないと出られないというあやかしだけの街だった。 「極楽浄土にそんな簡単に行けたら苦労はしないさね。あたしたちができるのは、ひとの苦しみを分かつことだけさ」 自称魔女の柊野に拾われた音羽は、裏吉原のひとびとの悩みを分かつ手伝いをはじめることになる。 *カクヨム、エブリスタ、pixivにも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

裏切りの先にあるもの

マツユキ
恋愛
侯爵令嬢のセシルには幼い頃に王家が決めた婚約者がいた。 結婚式の日取りも決まり数か月後の挙式を楽しみにしていたセシル。ある日姉の部屋を訪ねると婚約者であるはずの人が姉と口づけをかわしている所に遭遇する。傷つくセシルだったが新たな出会いがセシルを幸せへと導いていく。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

マンドラゴラの王様

ミドリ
キャラ文芸
覇気のない若者、秋野美空(23)は、人付き合いが苦手。 再婚した母が出ていった実家(ど田舎)でひとり暮らしをしていた。 そんなある日、裏山を散策中に見慣れぬ植物を踏んづけてしまい、葉をめくるとそこにあったのは人間の頭。驚いた美空だったが、どうやらそれが人間ではなく根っこで出来た植物だと気付き、観察日記をつけることに。 日々成長していく植物は、やがてエキゾチックな若い男性に育っていく。無垢な子供の様な彼を庇護しようと、日々奮闘する美空。 とうとう地面から解放された彼と共に暮らし始めた美空に、事件が次々と襲いかかる。 何故彼はこの場所に生えてきたのか。 何故美空はこの場所から離れたくないのか。 この地に古くから伝わる伝承と、海外から尋ねてきた怪しげな祈祷師ウドさんと関わることで、次第に全ての謎が解き明かされていく。 完結済作品です。 気弱だった美空が段々と成長していく姿を是非応援していただければと思います。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...