あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

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野原のマフィンと親指少女

(六)

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 そうして三日後、好機が来た。

「親指ちゃん!」

 洗濯物の最中、庭で見かけた姿に声をかけると、親指少女はその小さな身体でびくっと跳ねた。穂乃花を見るや逃げていこうとする少女を「ああ、待って!」とあわてて呼び止める。少女の露骨な反応に心が折れそうだ。しかしここであきらめるわけにはいかない。

「待ってってば!」

 それでも走っていこうとする少女に、穂乃花はぐっと腹に力を込めた。ここは雪斗の助けを借りよう。今日用意してあったのは、たしか……。

「――プリンっ!」

 力の限り叫ぶと、親指少女の動きがやっと止まった。ゆっくり振り向いて、穂乃花を見上げる目は、半分くらいすぼめられている。「とつぜん、なに」という気持ちがありありと見て取れて、さっきとは違う意味で心が折れそうになった。

「……プリン、があるの。だから待って」

 ぼそぼそ言うと、こてんと、首を傾げられる。

「えっと、プリンって食べたことない? 持ってくるから、そこで待ってて」

 穂乃花は物干し竿にかけようとしていた洗濯物を放り投げて、内縁から台所に向かった。ガラスの器に入った雪斗特製プリン二つと、ふつうのスプーン、それからおもちゃの小さなスプーンを持っていく。いなくなっていたらどうしようかと思ったが、親指少女はきちんと待っていた。穂乃花の持つプリンを興味深そうに見ている。

「どうぞ」

 となりに座って差し出す。小さな少女に、小さなスプーンはぴったりサイズだ。ぷるんと光沢あるプリンが揺れて、ひとすくい。おそるおそる食べた瞬間、少女の目が輝いた。

「おいしいでしょ」

 こくこくと頷いて、二口、三口、と続けていく。ほっとして、穂乃花もプリンを口に運んだ。

 滑らかなプリンが舌の上に乗ると、卵の味が濃い。濃厚な味だからそれだけでいくらでも食べられそうだが、底にあるカラメルを掘り出して一緒に食べると、ほろ苦さがアクセントになって、またおいしい。

 心をほぐすのは、おいしいもの。雪斗はそう言って、穂乃花と親指少女が仲直りするためにお菓子を用意してくれたのだった。一日目はバタークッキー、二日目はドーナツ、三日目がプリン。毎日毎日、つくってくれていたのだ。お菓子づくりは彼の趣味でもあるのだけど、今回はひとえに穂乃花のために。

 ありがとう、雪斗さん。お菓子、役に立ちました。

 心の中でお礼を言って――もちろんあとで直接言おうと決めて、穂乃花は親指少女に向き直った。

「私、親指ちゃんに避けられてるよね?」

 聞けば、ふんっと顔を背けられる。ご立腹な様子も愛らしいが、そんなことを思っている場合ではなくて。

「もしかして、この前、お菓子をあげなかったから?」
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