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野原のマフィンと親指少女
(三)
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そのとき玄関に、いつもの親指少女が現れた。今では一番仲のいい隣人の彼女は、今日は人が多いな、と言いたそうに目を瞬いてから穂乃花を見上げた。ここを通るたびにお菓子をあげているから、今日もなにかがもらえると期待しているのだろう。三つ編み少女の目も、小さな親指少女をとらえた、ように見えた。
「――優ちゃん、だっけ。よくここに遊びに来てたの?」
穂乃花はしゃがんで優に声をかけた。大きな瞳が穂乃花に向く。穂乃花は少女ののど元あたりを見ながら、唇の端を持ち上げた。
「……その子、小さくて、かわいい」
「小さい?」
たどたどしい娘の言葉が指すものを、和真に知る術はない。首を傾げる角度が大きくなった。優はこくりと頷く。
「うん。これくらいのね、小人みたいな女の子が――」
「なにもいないと思うよ」
気づいたときには、穂乃花は少女の言葉を遮っていた。そうして、「あ、失敗した」と思う。子どものかわいらしい言葉だと、笑って聞き流せばよかったのに。案の定、変な空気が流れた。
「あー、えっと、ごめんなさい。私、怖い話とか妖怪とか、苦手で……」
頬をかきながら言うと、和真がさほど表情を変えずに言った。
「ああ、こちらこそすみません。この子、夢見がちなところがあって。気にしないでください」
そう言って娘を抱きかかえる。優は「いたのに」とぷくりと頬を膨らませた。
「優、お姉さんのこと怖がらせちゃダメよ。あ、お姉さんお名前は? まだ聞いてなかった! あたしはさっきも紹介ありましたけど、朱里って言いまーす」
「穂乃花です。こっちは雪斗さん」
穂乃花が立ち上がって紹介すると、ぺこりと雪斗がお辞儀する。
「ふんふん、穂乃花さんと雪斗さん。よし、覚えました!」
朱里はにこっと、それこそ太陽のような笑顔を浮かべた。そのおかげで玄関の空気もいくらか温まったように思える。
「雪斗さんの雰囲気も千代さんに似てる。ほんわか似た者夫婦だ、いいなあ。あたしと和真はぜんぜん似てないって言われるんですよー。ほら、ギャルと優等生って感じで正反対って。夫婦は似るって言うのに……、おふたりがうらやましいです」
「ああ、いえ、違いますよ」
穂乃花は首を振る。
「私たち夫婦じゃないです。私は水瀬穂乃花で、雪斗さんは月坂雪斗」
朱里が下の名前だけ名乗ったから、つい名字を省略してしまった。まさか夫婦と思われるなんて。
「……え! 嘘! 結婚してないんですか、なんで!」
朱里は大げさにおどろいた。そのオーバーリアクションに穂乃花の方でも目を丸める。
「なんでもなにも……」
となりでは「夫婦に見えますか?」「見えますね」「そっかあ」と雪斗と和真が話している。なんとなく相性のよさそうなふたりだった。
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「うん。これくらいのね、小人みたいな女の子が――」
「なにもいないと思うよ」
気づいたときには、穂乃花は少女の言葉を遮っていた。そうして、「あ、失敗した」と思う。子どものかわいらしい言葉だと、笑って聞き流せばよかったのに。案の定、変な空気が流れた。
「あー、えっと、ごめんなさい。私、怖い話とか妖怪とか、苦手で……」
頬をかきながら言うと、和真がさほど表情を変えずに言った。
「ああ、こちらこそすみません。この子、夢見がちなところがあって。気にしないでください」
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「優、お姉さんのこと怖がらせちゃダメよ。あ、お姉さんお名前は? まだ聞いてなかった! あたしはさっきも紹介ありましたけど、朱里って言いまーす」
「穂乃花です。こっちは雪斗さん」
穂乃花が立ち上がって紹介すると、ぺこりと雪斗がお辞儀する。
「ふんふん、穂乃花さんと雪斗さん。よし、覚えました!」
朱里はにこっと、それこそ太陽のような笑顔を浮かべた。そのおかげで玄関の空気もいくらか温まったように思える。
「雪斗さんの雰囲気も千代さんに似てる。ほんわか似た者夫婦だ、いいなあ。あたしと和真はぜんぜん似てないって言われるんですよー。ほら、ギャルと優等生って感じで正反対って。夫婦は似るって言うのに……、おふたりがうらやましいです」
「ああ、いえ、違いますよ」
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「……え! 嘘! 結婚してないんですか、なんで!」
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「なんでもなにも……」
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