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星見酒と月の蝶
(五)
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数日経ってもまだ未開封の段ボールが残っている居間に座って、ご飯を食べる。そろそろ本格的に荷解きしなければと思うが、どうにも面倒で、ダラダラと数日を過ごしてしまった。今日こそはと思うけれど、また先延ばしにしてしまうような気もする。いやでも今日こそは本当に……。
「うん、おいしい。寝坊しちゃうのは申し訳ないけど、穂乃花さんのご飯が食べられるのは嬉しいなあ」
雪斗は玉子焼きを口に放って、満足そうに頷いた。幸せそうだ。こっちの気も知らないで。
「そんなこと言っても、布団と恋人になるのは許しませんよ」
「だってこの家の布団って、本当にあったかいんだ。もしかして俺の布団になにかいるの?」
雌狐に添い寝を許していた雪斗を思うと、ずん、と急に気分が重くなる。素直に教えるのもなんだかいやだった。
「べつに。明日こそ、ちゃんと起きてくださいね」
つっけんどんに言う。しかし、
「ごめん、頑張ります……」
しゅんとする雪斗に、穂乃花は笑ってしまうのだ。我ながら甘いと思うけれど、たれ目の彼が落ち込むと情けなさは人一倍で怒る気が失せてしまう。頑張ってとエールを送って、卵焼きの最後の一つを頬張った。
*****
「お供えしてきますね」
「行ってらっしゃい」
食事が終われば洗い物は雪斗に任せて、小皿に取り分けていた卵焼きを持ち、家の裏手に回る。秋のきらきらした木漏れ日の中を進めば、小さな社があった。電話ボックスくらいの社の前には、昨日置いた皿がある。きんぴらごぼうが乗っていたのだが、中身は空になっていた。その皿と持っている卵焼きの皿を交換して、手を合わる。
山には滝があるそうだ。そこでは龍神を祀っているようで、このかわいらしい社も龍神のためのものだった。
――家の裏手にある社には、毎日お供えしてあげてちょうだいね。
そんな千代の言いつけは、しっかり守っている。
前日の供え物はいつもきれいになくなっていた。動物が食べたものか、神様が食べたものか。どっちもありそう……。
「あ、親指ちゃんー! おはよ。あとでお菓子あげるから、うちに寄ってね」
立ち上がったとき、小さな籠を背負って小さな赤い実を運ぶいつもの小さな少女を見つけて手を振った。彼女にお菓子をあげるのが引っ越してからの日課になっている。ぺこりと頭を下げる少女のかわいらしい姿に、気分よく家にもどった。
だが、昼にはまた穂乃花の気分は急降下することになる。
「こら、洗濯物で遊ばないで! せっかくきれいにしたのに汚れるでしょ」
庭で、視界に入った隣人たちに声を上げる。いつの間にか洗濯物で戯れていた三本足の鳥たちは、慌てて飛び去った。その拍子に、シャツがハンガーから地面に落ちる。
「もう……。千代さん、来るもの拒まずすぎるなあ」
穂乃花はぶつぶつ言いながら洗濯物を拾ったあと、ふっと息をついて庭から町を見下ろした。ここからの景色は開けていて、遠くまで見渡すことができる。麓は田んぼが続いて、ずっと先にはとなりの県である愛知のビルまで見えた。
「田舎だな」
気の抜けるような景色だった。
まあ、もう一回洗濯すればいいだけだし。いっか。
気分を入れ直して、シャツについた羽と土を払っていると、
「うわっ!」
足元をすごい勢いでなにかが駆け抜けて行った。どてん、とお尻を地面にぶつける。握っていたシャツは再び落ちた。振り向くと白くてふわふわななにかが、家の角を曲がっていくところだった。ふつうの動物ではなさそうだ。ちょっと振り向いたポメラニアンみたいな顔が、にんまり笑った気がした。
朝から泥棒狐に雪斗のとなりを取られ、洗濯物を二度も汚され、お尻は痛いし、隣人は小憎らしい……、ぷちんと穂乃花の中でなにかが切れる音がした。
「……もうーっ! 隣人多すぎ! なんなのこの家! 千代さんのばかー!」
「うん、おいしい。寝坊しちゃうのは申し訳ないけど、穂乃花さんのご飯が食べられるのは嬉しいなあ」
雪斗は玉子焼きを口に放って、満足そうに頷いた。幸せそうだ。こっちの気も知らないで。
「そんなこと言っても、布団と恋人になるのは許しませんよ」
「だってこの家の布団って、本当にあったかいんだ。もしかして俺の布団になにかいるの?」
雌狐に添い寝を許していた雪斗を思うと、ずん、と急に気分が重くなる。素直に教えるのもなんだかいやだった。
「べつに。明日こそ、ちゃんと起きてくださいね」
つっけんどんに言う。しかし、
「ごめん、頑張ります……」
しゅんとする雪斗に、穂乃花は笑ってしまうのだ。我ながら甘いと思うけれど、たれ目の彼が落ち込むと情けなさは人一倍で怒る気が失せてしまう。頑張ってとエールを送って、卵焼きの最後の一つを頬張った。
*****
「お供えしてきますね」
「行ってらっしゃい」
食事が終われば洗い物は雪斗に任せて、小皿に取り分けていた卵焼きを持ち、家の裏手に回る。秋のきらきらした木漏れ日の中を進めば、小さな社があった。電話ボックスくらいの社の前には、昨日置いた皿がある。きんぴらごぼうが乗っていたのだが、中身は空になっていた。その皿と持っている卵焼きの皿を交換して、手を合わる。
山には滝があるそうだ。そこでは龍神を祀っているようで、このかわいらしい社も龍神のためのものだった。
――家の裏手にある社には、毎日お供えしてあげてちょうだいね。
そんな千代の言いつけは、しっかり守っている。
前日の供え物はいつもきれいになくなっていた。動物が食べたものか、神様が食べたものか。どっちもありそう……。
「あ、親指ちゃんー! おはよ。あとでお菓子あげるから、うちに寄ってね」
立ち上がったとき、小さな籠を背負って小さな赤い実を運ぶいつもの小さな少女を見つけて手を振った。彼女にお菓子をあげるのが引っ越してからの日課になっている。ぺこりと頭を下げる少女のかわいらしい姿に、気分よく家にもどった。
だが、昼にはまた穂乃花の気分は急降下することになる。
「こら、洗濯物で遊ばないで! せっかくきれいにしたのに汚れるでしょ」
庭で、視界に入った隣人たちに声を上げる。いつの間にか洗濯物で戯れていた三本足の鳥たちは、慌てて飛び去った。その拍子に、シャツがハンガーから地面に落ちる。
「もう……。千代さん、来るもの拒まずすぎるなあ」
穂乃花はぶつぶつ言いながら洗濯物を拾ったあと、ふっと息をついて庭から町を見下ろした。ここからの景色は開けていて、遠くまで見渡すことができる。麓は田んぼが続いて、ずっと先にはとなりの県である愛知のビルまで見えた。
「田舎だな」
気の抜けるような景色だった。
まあ、もう一回洗濯すればいいだけだし。いっか。
気分を入れ直して、シャツについた羽と土を払っていると、
「うわっ!」
足元をすごい勢いでなにかが駆け抜けて行った。どてん、とお尻を地面にぶつける。握っていたシャツは再び落ちた。振り向くと白くてふわふわななにかが、家の角を曲がっていくところだった。ふつうの動物ではなさそうだ。ちょっと振り向いたポメラニアンみたいな顔が、にんまり笑った気がした。
朝から泥棒狐に雪斗のとなりを取られ、洗濯物を二度も汚され、お尻は痛いし、隣人は小憎らしい……、ぷちんと穂乃花の中でなにかが切れる音がした。
「……もうーっ! 隣人多すぎ! なんなのこの家! 千代さんのばかー!」
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