あやかし古民家暮らし-ゆるっとカップル、田舎で生きなおしてみる-

橘花やよい

文字の大きさ
上 下
5 / 83
星見酒と月の蝶

(五)

しおりを挟む
 数日経ってもまだ未開封の段ボールが残っている居間に座って、ご飯を食べる。そろそろ本格的に荷解きしなければと思うが、どうにも面倒で、ダラダラと数日を過ごしてしまった。今日こそはと思うけれど、また先延ばしにしてしまうような気もする。いやでも今日こそは本当に……。

「うん、おいしい。寝坊しちゃうのは申し訳ないけど、穂乃花さんのご飯が食べられるのは嬉しいなあ」

 雪斗は玉子焼きを口に放って、満足そうに頷いた。幸せそうだ。こっちの気も知らないで。

「そんなこと言っても、布団と恋人になるのは許しませんよ」
「だってこの家の布団って、本当にあったかいんだ。もしかして俺の布団になにかいるの?」

 雌狐に添い寝を許していた雪斗を思うと、ずん、と急に気分が重くなる。素直に教えるのもなんだかいやだった。

「べつに。明日こそ、ちゃんと起きてくださいね」

 つっけんどんに言う。しかし、

「ごめん、頑張ります……」

 しゅんとする雪斗に、穂乃花は笑ってしまうのだ。我ながら甘いと思うけれど、たれ目の彼が落ち込むと情けなさは人一倍で怒る気が失せてしまう。頑張ってとエールを送って、卵焼きの最後の一つを頬張った。

*****

「お供えしてきますね」
「行ってらっしゃい」

 食事が終われば洗い物は雪斗に任せて、小皿に取り分けていた卵焼きを持ち、家の裏手に回る。秋のきらきらした木漏れ日の中を進めば、小さな社があった。電話ボックスくらいの社の前には、昨日置いた皿がある。きんぴらごぼうが乗っていたのだが、中身は空になっていた。その皿と持っている卵焼きの皿を交換して、手を合わる。

 山には滝があるそうだ。そこでは龍神を祀っているようで、このかわいらしい社も龍神のためのものだった。

 ――家の裏手にある社には、毎日お供えしてあげてちょうだいね。

 そんな千代の言いつけは、しっかり守っている。

 前日の供え物はいつもきれいになくなっていた。動物が食べたものか、神様が食べたものか。どっちもありそう……。

「あ、親指ちゃんー! おはよ。あとでお菓子あげるから、うちに寄ってね」

 立ち上がったとき、小さな籠を背負って小さな赤い実を運ぶいつもの小さな少女を見つけて手を振った。彼女にお菓子をあげるのが引っ越してからの日課になっている。ぺこりと頭を下げる少女のかわいらしい姿に、気分よく家にもどった。

 だが、昼にはまた穂乃花の気分は急降下することになる。

「こら、洗濯物で遊ばないで! せっかくきれいにしたのに汚れるでしょ」

 庭で、視界に入った隣人たちに声を上げる。いつの間にか洗濯物で戯れていた三本足の鳥たちは、慌てて飛び去った。その拍子に、シャツがハンガーから地面に落ちる。

「もう……。千代さん、来るもの拒まずすぎるなあ」

 穂乃花はぶつぶつ言いながら洗濯物を拾ったあと、ふっと息をついて庭から町を見下ろした。ここからの景色は開けていて、遠くまで見渡すことができる。麓は田んぼが続いて、ずっと先にはとなりの県である愛知のビルまで見えた。

「田舎だな」

 気の抜けるような景色だった。
 まあ、もう一回洗濯すればいいだけだし。いっか。
 気分を入れ直して、シャツについた羽と土を払っていると、

「うわっ!」

 足元をすごい勢いでなにかが駆け抜けて行った。どてん、とお尻を地面にぶつける。握っていたシャツは再び落ちた。振り向くと白くてふわふわななにかが、家の角を曲がっていくところだった。ふつうの動物ではなさそうだ。ちょっと振り向いたポメラニアンみたいな顔が、にんまり笑った気がした。

 朝から泥棒狐に雪斗のとなりを取られ、洗濯物を二度も汚され、お尻は痛いし、隣人は小憎らしい……、ぷちんと穂乃花の中でなにかが切れる音がした。

「……もうーっ! 隣人多すぎ! なんなのこの家! 千代さんのばかー!」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 令和のはじめ。  めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。  同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。  酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。  休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。  職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。  おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。  庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。

たおやめ荘のダメ男

しゃけ式
キャラ文芸
春から女子高生の音坂実瑠は、両親の転勤を機にたおやめ荘へ下宿することになる。そこで出会ったのはとんでもない美形の男子大学生だった。 だけど彼は朝は起きられない講義は飛ぶパジャマの浴衣に羽織を着ただけで大学に行くなど、無類のダメ男でかつかなりの甘え上手だった。 普通ならば距離を置かなければならない相手だが、しかし。 (やばっ……好みドンピシャ……!) 実瑠は極度のダメ男好きであり、一瞬で恋に落ちてしまった。 ダメ男製造機の実瑠が彼と相性が悪いわけもなく、一緒に暮らすにつれて二人は徐々に関係が深まっていく。 これはダメ男好きの実瑠が、大家さんであるお姉さん(実は天然)や高校の先輩の完璧男子(実は腹黒関西人)、美人のモデル(実は男)といった個性豊かな同居人に振り回されながら、それでもイケメンダメ男に好かれようと頑張る物語である。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

マンドラゴラの王様

ミドリ
キャラ文芸
覇気のない若者、秋野美空(23)は、人付き合いが苦手。 再婚した母が出ていった実家(ど田舎)でひとり暮らしをしていた。 そんなある日、裏山を散策中に見慣れぬ植物を踏んづけてしまい、葉をめくるとそこにあったのは人間の頭。驚いた美空だったが、どうやらそれが人間ではなく根っこで出来た植物だと気付き、観察日記をつけることに。 日々成長していく植物は、やがてエキゾチックな若い男性に育っていく。無垢な子供の様な彼を庇護しようと、日々奮闘する美空。 とうとう地面から解放された彼と共に暮らし始めた美空に、事件が次々と襲いかかる。 何故彼はこの場所に生えてきたのか。 何故美空はこの場所から離れたくないのか。 この地に古くから伝わる伝承と、海外から尋ねてきた怪しげな祈祷師ウドさんと関わることで、次第に全ての謎が解き明かされていく。 完結済作品です。 気弱だった美空が段々と成長していく姿を是非応援していただければと思います。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

誰も知らない幽霊カフェで、癒しのティータイムを。【完結】

双葉
キャラ文芸
【本作のキーワード】 ・幽霊カフェでお仕事 ・イケメン店主に翻弄される恋 ・岐阜県~愛知県が舞台 ・数々の人間ドラマ ・紅茶/除霊/西洋絵画 +++  人生に疲れ果てた璃乃が辿り着いたのは、幽霊の浄化を目的としたカフェだった。  カフェを運営するのは(見た目だけなら王子様の)蒼唯&(不器用だけど優しい)朔也。そんな特殊カフェで、璃乃のアルバイト生活が始まる――。  舞台は岐阜県の田舎町。  様々な出会いと別れを描くヒューマンドラマ。 ※実在の地名・施設などが登場しますが、本作の内容はフィクションです。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

処理中です...