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第五章 ヨミ、大喧嘩?する
(三)
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「み、水樹さん、離して」
「あんた、いつも自分だけ綺麗な顔してる。苦手とか嫌いとかムカつくとか、ぜんぜん言わないし。優等生の発言しかしない。なんなの、いい子ちゃんぶって」
「それは」
……まあ、いい子ちゃんぶっているのは、間違ってないか。
そう思って、ヨミは口をつぐむ。
苦手とか嫌いとか言わないのは、ただ口にすることが苦手だから。心の中ではたくさん抱えているけれど、それを言ってしまえば誰かを傷つけるかもしれない。それが嫌で言わないだけ。ヨミの苦手なものを避けて生きているだけだ。
――と、ヨミは思うのだけど、他人には違う見方をされるらしいことも、知っている。
八方美人だとか、優等生気取りだとか、ときどき言われてきた。悲しくはなるが、間違ってはいないと思う。間違ってないから、なにも言い返せない。だから、どうするかというと、苦笑を浮かべてみる。
「そうですね。ごめんなさい」
世渡りが下手な自分で申し訳ない。
水樹は一瞬目を見開いて、唇を噛んだ。掴まれていた服が離されて、ヨミはやっとゆっくり息をつけた。
「そういうのが、優等生だって言ってるの」
ぼそりと落とす声は、やっぱりまだ怒っている。
「えっと、ごめんなさい」
「うざい」
「はい、すみません」
本当のことを言っている水樹を、責める気はない。でもさすがに――、ヨミだって傷つかないわけじゃない。
うっとうしいとか、うざいとか、今日の水樹はけっこうきつい。悪口のオンパレードだ。きっとそれだけ水樹の気が立っているのだし、推しの熱愛発覚に悲しんでいるのだろうけれど。ヨミは優しく受け止めてあげるべきだと思う。が、ヨミも今、傷ついている。それもまた事実で。
――来なきゃよかったかな。
ヨミがいることで水樹の苛立ちが増えるなら、来ない方がよかったのかもしれない。
「お節介、いい子ぶりっこ、猫かぶり」
「はい」
「家で瓶と遊んでればよかったのに」
「そうですね、今日はまだ作っていませんでした」
作成中のボトルシップは、あともうすこしで完成する。でも今日は、その作業より水樹に会うことを優先させた。それなのに水樹にここまで言われて、やっぱり、来たことをちょっとだけ後悔した。
「頼んでないのにこんなとこまでついてきて、馬鹿なの?」
「……そこまで言わなくてもいいじゃないですか。せっかく心配して来たのに」
ついつぶやくと、水樹の顔が一段階、鬼に近づいた。あ、ちょっとまずいかもしれない。
後悔はいつだって遅れてやってくる。だって、後から悔いると書いて「後悔」なのだから。
「頼んでないって言ってるでしょ。恩着せがましい。あんたが勝手にやってるだけのくせに。なんなわけ?」
「それは、そうなんですけど。でもわたしは」
「うるさい」
「ちょっと、水樹さん」
聞く耳持たず。ただひたすら鋭い目に射抜かれる。込められたのは、不快とか嫌悪と呼ぶべき感情。
どうしてこんなことになっているんだろう。ただ、心配しただけなのに。わたし、悪いことしたっけ。……いや、勝手に来て勝手に後悔しているのだから、水樹からしたら「なんなの、おまえ」という感じなのだろうけれど。
それはわかる。わかるけど、悪気はないし、どちらかといえば善意で動いていたはずなのだ。なんでこうなっちゃったのか。
もやもやして、気持ちがくすぶって。
それから、つい、すこしだけ。
「ちょっとはこっちの話も聞いてくださいよ! なんでそんなにつんけんするんですか!」
ほんのすこしだけ、ヨミも気が立ったのだと思う。
水樹は頑固だし、彼女の力になれたらと思ったはずの自分の行動が空回りしていることももどかしいし、暑いし、蝉はうるさいし――。
ぐるっと状況を見渡してみると、たしかに自分はお節介なのだと思う。でも、水樹だってもうちょっとヨミの優しさに気づいてくれてもいいんじゃないか。思考がぐるぐると回る。自分も悪い。水樹も大人げない。でも、だって……。
考えが落ち着かない。それで勢い余って、考えより言葉が先走ってしまう。
「あんた、いつも自分だけ綺麗な顔してる。苦手とか嫌いとかムカつくとか、ぜんぜん言わないし。優等生の発言しかしない。なんなの、いい子ちゃんぶって」
「それは」
……まあ、いい子ちゃんぶっているのは、間違ってないか。
そう思って、ヨミは口をつぐむ。
苦手とか嫌いとか言わないのは、ただ口にすることが苦手だから。心の中ではたくさん抱えているけれど、それを言ってしまえば誰かを傷つけるかもしれない。それが嫌で言わないだけ。ヨミの苦手なものを避けて生きているだけだ。
――と、ヨミは思うのだけど、他人には違う見方をされるらしいことも、知っている。
八方美人だとか、優等生気取りだとか、ときどき言われてきた。悲しくはなるが、間違ってはいないと思う。間違ってないから、なにも言い返せない。だから、どうするかというと、苦笑を浮かべてみる。
「そうですね。ごめんなさい」
世渡りが下手な自分で申し訳ない。
水樹は一瞬目を見開いて、唇を噛んだ。掴まれていた服が離されて、ヨミはやっとゆっくり息をつけた。
「そういうのが、優等生だって言ってるの」
ぼそりと落とす声は、やっぱりまだ怒っている。
「えっと、ごめんなさい」
「うざい」
「はい、すみません」
本当のことを言っている水樹を、責める気はない。でもさすがに――、ヨミだって傷つかないわけじゃない。
うっとうしいとか、うざいとか、今日の水樹はけっこうきつい。悪口のオンパレードだ。きっとそれだけ水樹の気が立っているのだし、推しの熱愛発覚に悲しんでいるのだろうけれど。ヨミは優しく受け止めてあげるべきだと思う。が、ヨミも今、傷ついている。それもまた事実で。
――来なきゃよかったかな。
ヨミがいることで水樹の苛立ちが増えるなら、来ない方がよかったのかもしれない。
「お節介、いい子ぶりっこ、猫かぶり」
「はい」
「家で瓶と遊んでればよかったのに」
「そうですね、今日はまだ作っていませんでした」
作成中のボトルシップは、あともうすこしで完成する。でも今日は、その作業より水樹に会うことを優先させた。それなのに水樹にここまで言われて、やっぱり、来たことをちょっとだけ後悔した。
「頼んでないのにこんなとこまでついてきて、馬鹿なの?」
「……そこまで言わなくてもいいじゃないですか。せっかく心配して来たのに」
ついつぶやくと、水樹の顔が一段階、鬼に近づいた。あ、ちょっとまずいかもしれない。
後悔はいつだって遅れてやってくる。だって、後から悔いると書いて「後悔」なのだから。
「頼んでないって言ってるでしょ。恩着せがましい。あんたが勝手にやってるだけのくせに。なんなわけ?」
「それは、そうなんですけど。でもわたしは」
「うるさい」
「ちょっと、水樹さん」
聞く耳持たず。ただひたすら鋭い目に射抜かれる。込められたのは、不快とか嫌悪と呼ぶべき感情。
どうしてこんなことになっているんだろう。ただ、心配しただけなのに。わたし、悪いことしたっけ。……いや、勝手に来て勝手に後悔しているのだから、水樹からしたら「なんなの、おまえ」という感じなのだろうけれど。
それはわかる。わかるけど、悪気はないし、どちらかといえば善意で動いていたはずなのだ。なんでこうなっちゃったのか。
もやもやして、気持ちがくすぶって。
それから、つい、すこしだけ。
「ちょっとはこっちの話も聞いてくださいよ! なんでそんなにつんけんするんですか!」
ほんのすこしだけ、ヨミも気が立ったのだと思う。
水樹は頑固だし、彼女の力になれたらと思ったはずの自分の行動が空回りしていることももどかしいし、暑いし、蝉はうるさいし――。
ぐるっと状況を見渡してみると、たしかに自分はお節介なのだと思う。でも、水樹だってもうちょっとヨミの優しさに気づいてくれてもいいんじゃないか。思考がぐるぐると回る。自分も悪い。水樹も大人げない。でも、だって……。
考えが落ち着かない。それで勢い余って、考えより言葉が先走ってしまう。
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