長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

文字の大きさ
上 下
45 / 53
第五章 ヨミ、大喧嘩?する

(三)

しおりを挟む
「み、水樹さん、離して」
「あんた、いつも自分だけ綺麗な顔してる。苦手とか嫌いとかムカつくとか、ぜんぜん言わないし。優等生の発言しかしない。なんなの、いい子ちゃんぶって」
「それは」

 ……まあ、いい子ちゃんぶっているのは、間違ってないか。

 そう思って、ヨミは口をつぐむ。

 苦手とか嫌いとか言わないのは、ただ口にすることが苦手だから。心の中ではたくさん抱えているけれど、それを言ってしまえば誰かを傷つけるかもしれない。それが嫌で言わないだけ。ヨミの苦手なものを避けて生きているだけだ。

 ――と、ヨミは思うのだけど、他人には違う見方をされるらしいことも、知っている。

 八方美人だとか、優等生気取りだとか、ときどき言われてきた。悲しくはなるが、間違ってはいないと思う。間違ってないから、なにも言い返せない。だから、どうするかというと、苦笑を浮かべてみる。

「そうですね。ごめんなさい」

 世渡りが下手な自分で申し訳ない。
 水樹は一瞬目を見開いて、唇を噛んだ。掴まれていた服が離されて、ヨミはやっとゆっくり息をつけた。

「そういうのが、優等生だって言ってるの」

 ぼそりと落とす声は、やっぱりまだ怒っている。

「えっと、ごめんなさい」
「うざい」
「はい、すみません」

 本当のことを言っている水樹を、責める気はない。でもさすがに――、ヨミだって傷つかないわけじゃない。

 うっとうしいとか、うざいとか、今日の水樹はけっこうきつい。悪口のオンパレードだ。きっとそれだけ水樹の気が立っているのだし、推しの熱愛発覚に悲しんでいるのだろうけれど。ヨミは優しく受け止めてあげるべきだと思う。が、ヨミも今、傷ついている。それもまた事実で。

 ――来なきゃよかったかな。

 ヨミがいることで水樹の苛立ちが増えるなら、来ない方がよかったのかもしれない。

「お節介、いい子ぶりっこ、猫かぶり」
「はい」
「家で瓶と遊んでればよかったのに」
「そうですね、今日はまだ作っていませんでした」

 作成中のボトルシップは、あともうすこしで完成する。でも今日は、その作業より水樹に会うことを優先させた。それなのに水樹にここまで言われて、やっぱり、来たことをちょっとだけ後悔した。

「頼んでないのにこんなとこまでついてきて、馬鹿なの?」
「……そこまで言わなくてもいいじゃないですか。せっかく心配して来たのに」

 ついつぶやくと、水樹の顔が一段階、鬼に近づいた。あ、ちょっとまずいかもしれない。

 後悔はいつだって遅れてやってくる。だって、後から悔いると書いて「後悔」なのだから。

「頼んでないって言ってるでしょ。恩着せがましい。あんたが勝手にやってるだけのくせに。なんなわけ?」
「それは、そうなんですけど。でもわたしは」
「うるさい」
「ちょっと、水樹さん」

 聞く耳持たず。ただひたすら鋭い目に射抜かれる。込められたのは、不快とか嫌悪と呼ぶべき感情。

 どうしてこんなことになっているんだろう。ただ、心配しただけなのに。わたし、悪いことしたっけ。……いや、勝手に来て勝手に後悔しているのだから、水樹からしたら「なんなの、おまえ」という感じなのだろうけれど。

 それはわかる。わかるけど、悪気はないし、どちらかといえば善意で動いていたはずなのだ。なんでこうなっちゃったのか。

 もやもやして、気持ちがくすぶって。
 それから、つい、すこしだけ。

「ちょっとはこっちの話も聞いてくださいよ! なんでそんなにつんけんするんですか!」

 ほんのすこしだけ、ヨミも気が立ったのだと思う。

 水樹は頑固だし、彼女の力になれたらと思ったはずの自分の行動が空回りしていることももどかしいし、暑いし、蝉はうるさいし――。

 ぐるっと状況を見渡してみると、たしかに自分はお節介なのだと思う。でも、水樹だってもうちょっとヨミの優しさに気づいてくれてもいいんじゃないか。思考がぐるぐると回る。自分も悪い。水樹も大人げない。でも、だって……。

 考えが落ち着かない。それで勢い余って、考えより言葉が先走ってしまう。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

カフェの住人あるいは代弁者

大西啓太
ライト文芸
大仰なあらすじやストーリーは全く必要ない。ただ詩を書いていくだけ。

やりチンシリーズ

田中葵
ライト文芸
貧富の差に関わりなくアホは生息している。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

(完結)貴方から解放してくださいー私はもう疲れました(全4話)

青空一夏
恋愛
私はローワン伯爵家の一人娘クララ。私には大好きな男性がいるの。それはイーサン・ドミニク。侯爵家の子息である彼と私は相思相愛だと信じていた。 だって、私のお誕生日には私の瞳色のジャボ(今のネクタイのようなもの)をして参加してくれて、別れ際にキスまでしてくれたから。 けれど、翌日「僕の手紙を君の親友ダーシィに渡してくれないか?」と、唐突に言われた。意味がわからない。愛されていると信じていたからだ。 「なぜですか?」 「うん、実のところ私が本当に愛しているのはダーシィなんだ」 イーサン様は私の心をかき乱す。なぜ、私はこれほどにふりまわすの? これは大好きな男性に心をかき乱された女性が悩んで・・・・・・結果、幸せになったお話しです。(元さやではない) 因果応報的ざまぁ。主人公がなにかを仕掛けるわけではありません。中世ヨーロッパ風世界で、現代的表現や機器がでてくるかもしれない異世界のお話しです。ご都合主義です。タグ修正、追加の可能性あり。

処理中です...