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第五章 ヨミ、大喧嘩?する
(一)
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人の恋には口出しできない、とヨミは思う。
恋愛は一対一で行う真剣勝負だ。相手の心をつかむ心理戦、ダイエットを頑張る肉体戦、相手の好みを探る情報戦――。総合勝負。それを行うのは、自分と相手。第三者が介入する余地はない。燃え上がっている本人たちになにを言ったって、虫の羽音程度の扱いをされること請け合いだ。だからヨミは口を挟まない。というか挟めない。
『熱愛発覚!』
テレビに大きく映し出された文字。一部の人の土曜日の朝という平穏を脅かしているであろう四文字だ。SNSでもトレンド入りしていた。女子ウケ抜群のアイドルが、人知れず既婚者になっていたらしい。大変だなあと、ヨミはなんとなしにため息をつく。
芸能人の熱愛報道、はたまた不倫報道、その他もろもろ。いったいなんのために一般人に知らされるのだろう。
スキャンダルが出たら、ファンは悲しむ。人を悲しませる情報なら、そっと隠してあげればいいのではないか。もっと楽しい話題を提供してほしい。それに芸能人といえども、彼らは人間だ。熱愛も不倫も、プライベートなことなのだから好き勝手にやらせてあげればいいのに――、いや不倫は好き勝手にされては困るけれど、まあ困るのはヨミではなくて当人たちなのだから、やっぱり当人たちだけで解決すればいい。第三者が口出ししてどうなるものでもない。
「よっこいしょ。お母さん出かけてくるー」
「はいはい。ミイラにならないように気をつけて」
「なったらピラミッド建ててください」
「庭サイズの小さいやつならね」
「それでいいよ」
鞄を持って庭に出ると、自転車にまたがった。納屋から数年ぶりに引っ張り出して、自転車屋に預けていたものだ。つい先日、修理が終わってヨミのもとに帰ってきた。懐かしの相棒。
「よいしょ」
ペダルを踏み込む。
――なんか、かけ声多いな。
暑いからだろう。気合いを入れないと動けないのだ。歳をとるとかけ声が増えるらしいが、これは暑いからなのであって、それ以上の意味はない。そういうことにしておく。
自転車は滑らかに走り出す。修理が完璧だ。さすが自転車屋さん。
楽しくなってきたヨミは夏の青春ソングを口ずさむ。風がすばやく駆け抜ける。田んぼ道をずーっと走る。空は青い。雲は白い。相棒(自転車)も絶好調。そりゃあ楽しいに決まっている。いつもより楽々と雑貨屋兼コーヒー屋にたどり着いた。
「水樹さん、こんにちは。生きてますか……あ、死んでますね」
ヨミがプレハブ小屋に入ると、カウンターに突っ伏している女性の姿があった。もちろん、ここの店主である水樹だ。ヨミが近づいても、ぴくりとも動かない。ちょっと心配になる。
「水樹さん? 大丈夫ですか」
とんとんと肩を叩けば、水樹はやっと首を動かして、突っ伏したままヨミを見上げた。ヨミは驚いて目を瞬く。
「わあ、すごい顔ですよ。ゾンビみたいです」
「――入水してくる」
「へ」
「川に、入水してくる」
「待て待て」
思わず敬語が抜けてしまったじゃないか。
水樹はふらりと亡霊のように立ち上がって外に出ていく。いつもとは違う水樹の姿にあっけにとられたヨミは動けなかった。だっていつもの水樹は傍若無人で、ゴーイングマイウェイで、一本のたしかな芯を持つ人だ。今は水に浸したトイレットペーパーの芯くらいのへろへろ加減。
はっとして追いかける。
「ちょっと水樹さん!」
水樹はヨミの声なんて聞こえていないように、山に向かう。ヨミもため息をこぼしてから、その後ろを歩き始めた。
やっぱり熱愛報道なんてするものじゃない。入水しようとするファンが生まれてしまったじゃないか。どう責任を取ってくれるんだ、報道陣。
そう。なにを隠そう、世間の注目を浴びている熱愛報道のアイドルが、水樹の愛する推しなのである。
以前水樹に教えてもらった彼女の推しだと気付いたから、心配になって来てみたのだった。案の定、水樹は平常心を欠いている。
水樹はふらふらと山をのぼっていく。月見神社のある小さな山だ。ヨミは徒歩でのぼるのが数年ぶりで、わあ、懐かしいと周囲を見渡した。この前は沙希さんの車で月見神社まで行ったが、車と徒歩では雰囲気が変わる。徒歩だと山の空気が直接伝わるのだ。
緑色の空気が濃い。そして、蝉の声も大きい。ヨミは懐かしさと恐怖の二つの感情で過食気味だ。
水樹の歩みは頼りないながらも、迷うことなく進んでいく。
恋愛は一対一で行う真剣勝負だ。相手の心をつかむ心理戦、ダイエットを頑張る肉体戦、相手の好みを探る情報戦――。総合勝負。それを行うのは、自分と相手。第三者が介入する余地はない。燃え上がっている本人たちになにを言ったって、虫の羽音程度の扱いをされること請け合いだ。だからヨミは口を挟まない。というか挟めない。
『熱愛発覚!』
テレビに大きく映し出された文字。一部の人の土曜日の朝という平穏を脅かしているであろう四文字だ。SNSでもトレンド入りしていた。女子ウケ抜群のアイドルが、人知れず既婚者になっていたらしい。大変だなあと、ヨミはなんとなしにため息をつく。
芸能人の熱愛報道、はたまた不倫報道、その他もろもろ。いったいなんのために一般人に知らされるのだろう。
スキャンダルが出たら、ファンは悲しむ。人を悲しませる情報なら、そっと隠してあげればいいのではないか。もっと楽しい話題を提供してほしい。それに芸能人といえども、彼らは人間だ。熱愛も不倫も、プライベートなことなのだから好き勝手にやらせてあげればいいのに――、いや不倫は好き勝手にされては困るけれど、まあ困るのはヨミではなくて当人たちなのだから、やっぱり当人たちだけで解決すればいい。第三者が口出ししてどうなるものでもない。
「よっこいしょ。お母さん出かけてくるー」
「はいはい。ミイラにならないように気をつけて」
「なったらピラミッド建ててください」
「庭サイズの小さいやつならね」
「それでいいよ」
鞄を持って庭に出ると、自転車にまたがった。納屋から数年ぶりに引っ張り出して、自転車屋に預けていたものだ。つい先日、修理が終わってヨミのもとに帰ってきた。懐かしの相棒。
「よいしょ」
ペダルを踏み込む。
――なんか、かけ声多いな。
暑いからだろう。気合いを入れないと動けないのだ。歳をとるとかけ声が増えるらしいが、これは暑いからなのであって、それ以上の意味はない。そういうことにしておく。
自転車は滑らかに走り出す。修理が完璧だ。さすが自転車屋さん。
楽しくなってきたヨミは夏の青春ソングを口ずさむ。風がすばやく駆け抜ける。田んぼ道をずーっと走る。空は青い。雲は白い。相棒(自転車)も絶好調。そりゃあ楽しいに決まっている。いつもより楽々と雑貨屋兼コーヒー屋にたどり着いた。
「水樹さん、こんにちは。生きてますか……あ、死んでますね」
ヨミがプレハブ小屋に入ると、カウンターに突っ伏している女性の姿があった。もちろん、ここの店主である水樹だ。ヨミが近づいても、ぴくりとも動かない。ちょっと心配になる。
「水樹さん? 大丈夫ですか」
とんとんと肩を叩けば、水樹はやっと首を動かして、突っ伏したままヨミを見上げた。ヨミは驚いて目を瞬く。
「わあ、すごい顔ですよ。ゾンビみたいです」
「――入水してくる」
「へ」
「川に、入水してくる」
「待て待て」
思わず敬語が抜けてしまったじゃないか。
水樹はふらりと亡霊のように立ち上がって外に出ていく。いつもとは違う水樹の姿にあっけにとられたヨミは動けなかった。だっていつもの水樹は傍若無人で、ゴーイングマイウェイで、一本のたしかな芯を持つ人だ。今は水に浸したトイレットペーパーの芯くらいのへろへろ加減。
はっとして追いかける。
「ちょっと水樹さん!」
水樹はヨミの声なんて聞こえていないように、山に向かう。ヨミもため息をこぼしてから、その後ろを歩き始めた。
やっぱり熱愛報道なんてするものじゃない。入水しようとするファンが生まれてしまったじゃないか。どう責任を取ってくれるんだ、報道陣。
そう。なにを隠そう、世間の注目を浴びている熱愛報道のアイドルが、水樹の愛する推しなのである。
以前水樹に教えてもらった彼女の推しだと気付いたから、心配になって来てみたのだった。案の定、水樹は平常心を欠いている。
水樹はふらふらと山をのぼっていく。月見神社のある小さな山だ。ヨミは徒歩でのぼるのが数年ぶりで、わあ、懐かしいと周囲を見渡した。この前は沙希さんの車で月見神社まで行ったが、車と徒歩では雰囲気が変わる。徒歩だと山の空気が直接伝わるのだ。
緑色の空気が濃い。そして、蝉の声も大きい。ヨミは懐かしさと恐怖の二つの感情で過食気味だ。
水樹の歩みは頼りないながらも、迷うことなく進んでいく。
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