42 / 53
閑話 二十四時間営業って、すごい
二十四時間営業って、すごい
しおりを挟む
なんでもかんでも二十四時間営業にしなくていいんですよ、とヨミは思う。そんなに働かなくてもいいよ。夜くらいゆっくり休んでください。と、思っていたのだが、夜に働いてくれる人に大感謝を覚えた、とある夜のこと。
「アイスが食べたいんだ」
夜中に突然、体調不良で寝ていた父がヨミの部屋に来た。
父は朝から微熱があった。たいしたことはない。それでも本人がしんどそうだったから、ヨミも母もよしよしと世話を焼いた。それが夜中に突然、アイスが食べたいと。
「冷凍庫にない?」
「なかった」
「じゃあ諦めて」
「ひどい」
「今からアイスなんて買いに行けません。頼むんだったら、母さんに頼んでください」
「無理だよ。母さん、もう寝てるし。起こしたら怒るから。頼むよ、ヨミ」
こんなことなら、ボトルシップ作りに精を出さずにヨミも寝ればよかった。まったくもう。
「わかったから、父さんは寝てて。とりあえず努力はしてみる」
「いつものバニラアイスがいい」
「はい、わかりました」
とはいえスーパーは閉まっているし、アイスを売っていそうなコンビニは、ここから徒歩一時間。
ヨミは車の免許を持っていない。自分の身体より何倍も大きな車という物体を扱うなんて、恐ろしくてできる自信がなかった。が、この状況下、車がないとどうにもできない。田舎はこういうとき不便だ。
悩んだヨミは、妹の旦那である愁に「父がアイスを所望しているのですが……」とメッセージを送ってみた。
これで返事がなければ父に「ごめん、無理だった」と言って諦めてもらうだけだ。というか諦めてもらう気満々だった。ひとまず頑張ったという痕跡だけは残しておこうと思っただけのことで。
しかし意外なことに、愁からの返事がすぐに来た。
『アイスはないですが、よければ車を出しましょうか』
神様か。
ヨミはすっぴんにマスクをして、愁の家に走った。
「愁くん、夜中にごめんなさい」
「いえいえ、ちょうど本を読んでいて起きていたから、大丈夫ですよ。乗ってください」
黄色いころっとした車に乗って、ふたりで隣街のコンビニに向かう。やがて見えてきたコンビニの光に、ヨミは感動した。本当に夜でも営業している。
「コンビニ二十四時間営業、助かるね……!」
夜中まで働いてくれる人がいるありがたさが身にしみた。なんて素晴らしい人たち。大感謝。
父が所望していたバニラアイスを入手し、ついでにアイスの中では一番リッチなアイスをヨミと愁のために買って、コンビニを出た。
車は道を引き返す。ヨミの家は、愁の家より奥にある。家まで送りますよと言われたけれど、さすがに申し訳なくて愁の家でおろしてもらった。
「愁くん本当にありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。僕までアイスを買ってもらいましたし。このアイス高いから、なかなか自分では買わないので嬉しいです。では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
深いお辞儀をして、ヨミは歩き出す。愁の優しい微笑みと声に、心がほっとした。安眠できそう。妹が愁と暮らすようになってから睡眠の質が上がった、と言っていたのがよくわかった。
コンビニの二十四時間営業も、隣人の優しさも。普段気にしていないけれどありがたいことって、きっとたくさんあるのだ。
ヨミは夜空を見上げて、深呼吸した。とても、星が綺麗だった。昼の間は存在を忘れてしまう街灯が、夜の道を歩くときは心強いんだなとか。いつもは見ない星が、こんなに綺麗だったんだなとか。気づいていないだけで、この世界には素敵なものがあふれている。
そんな世界が愛おしい――、なんて、恥ずかしい台詞だ。夜空の輝きに促されてロマンチックなことを考えてしまった。やれやれ。
「父さん、アイス買ってきたよー。父さんー?」
父はすっかり寝ていた。あまりにもぐっすり寝ているから、起こすのはやめた。
だけど、せっかく買ってきたのになんなんですか……! とは思ったから、父の分のアイスは居間に飾ってある妹の写真にお供えし、ヨミは自分用のリッチなアイスを食べた。さすが、リッチな味だった。
妹にあげたアイスも、もちろん妹が食べるなんてことはしてくれないから、そのあと自分で食べた。お腹が冷えた。でもなんだか満足して、よく眠れた。
そんな夏の夜。
「アイスが食べたいんだ」
夜中に突然、体調不良で寝ていた父がヨミの部屋に来た。
父は朝から微熱があった。たいしたことはない。それでも本人がしんどそうだったから、ヨミも母もよしよしと世話を焼いた。それが夜中に突然、アイスが食べたいと。
「冷凍庫にない?」
「なかった」
「じゃあ諦めて」
「ひどい」
「今からアイスなんて買いに行けません。頼むんだったら、母さんに頼んでください」
「無理だよ。母さん、もう寝てるし。起こしたら怒るから。頼むよ、ヨミ」
こんなことなら、ボトルシップ作りに精を出さずにヨミも寝ればよかった。まったくもう。
「わかったから、父さんは寝てて。とりあえず努力はしてみる」
「いつものバニラアイスがいい」
「はい、わかりました」
とはいえスーパーは閉まっているし、アイスを売っていそうなコンビニは、ここから徒歩一時間。
ヨミは車の免許を持っていない。自分の身体より何倍も大きな車という物体を扱うなんて、恐ろしくてできる自信がなかった。が、この状況下、車がないとどうにもできない。田舎はこういうとき不便だ。
悩んだヨミは、妹の旦那である愁に「父がアイスを所望しているのですが……」とメッセージを送ってみた。
これで返事がなければ父に「ごめん、無理だった」と言って諦めてもらうだけだ。というか諦めてもらう気満々だった。ひとまず頑張ったという痕跡だけは残しておこうと思っただけのことで。
しかし意外なことに、愁からの返事がすぐに来た。
『アイスはないですが、よければ車を出しましょうか』
神様か。
ヨミはすっぴんにマスクをして、愁の家に走った。
「愁くん、夜中にごめんなさい」
「いえいえ、ちょうど本を読んでいて起きていたから、大丈夫ですよ。乗ってください」
黄色いころっとした車に乗って、ふたりで隣街のコンビニに向かう。やがて見えてきたコンビニの光に、ヨミは感動した。本当に夜でも営業している。
「コンビニ二十四時間営業、助かるね……!」
夜中まで働いてくれる人がいるありがたさが身にしみた。なんて素晴らしい人たち。大感謝。
父が所望していたバニラアイスを入手し、ついでにアイスの中では一番リッチなアイスをヨミと愁のために買って、コンビニを出た。
車は道を引き返す。ヨミの家は、愁の家より奥にある。家まで送りますよと言われたけれど、さすがに申し訳なくて愁の家でおろしてもらった。
「愁くん本当にありがとうございます。助かりました」
「いえいえ。僕までアイスを買ってもらいましたし。このアイス高いから、なかなか自分では買わないので嬉しいです。では、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
深いお辞儀をして、ヨミは歩き出す。愁の優しい微笑みと声に、心がほっとした。安眠できそう。妹が愁と暮らすようになってから睡眠の質が上がった、と言っていたのがよくわかった。
コンビニの二十四時間営業も、隣人の優しさも。普段気にしていないけれどありがたいことって、きっとたくさんあるのだ。
ヨミは夜空を見上げて、深呼吸した。とても、星が綺麗だった。昼の間は存在を忘れてしまう街灯が、夜の道を歩くときは心強いんだなとか。いつもは見ない星が、こんなに綺麗だったんだなとか。気づいていないだけで、この世界には素敵なものがあふれている。
そんな世界が愛おしい――、なんて、恥ずかしい台詞だ。夜空の輝きに促されてロマンチックなことを考えてしまった。やれやれ。
「父さん、アイス買ってきたよー。父さんー?」
父はすっかり寝ていた。あまりにもぐっすり寝ているから、起こすのはやめた。
だけど、せっかく買ってきたのになんなんですか……! とは思ったから、父の分のアイスは居間に飾ってある妹の写真にお供えし、ヨミは自分用のリッチなアイスを食べた。さすが、リッチな味だった。
妹にあげたアイスも、もちろん妹が食べるなんてことはしてくれないから、そのあと自分で食べた。お腹が冷えた。でもなんだか満足して、よく眠れた。
そんな夏の夜。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
呪配
真霜ナオ
ホラー
ある晩。いつものように夕食のデリバリーを利用した比嘉慧斗は、初めての誤配を経験する。
デリバリー専用アプリは、続けてある通知を送り付けてきた。
『比嘉慧斗様、死をお届けに向かっています』
その日から不可解な出来事に見舞われ始める慧斗は、高野來という美しい青年と衝撃的な出会い方をする。
不思議な力を持った來と共に死の呪いを解く方法を探す慧斗だが、周囲では連続怪死事件も起こっていて……?
「第7回ホラー・ミステリー小説大賞」オカルト賞を受賞しました!
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる