長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

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第四章 ヨミ、癒しの姉を抱きしめたい

(十)

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 内心、あんなことを言って沙希さんに嫌われたのではないかと思った。

 だって帰りたかったわけじゃないはずの沙希さんに「帰ってきて嬉しい」なんて、彼女の不幸を喜んでいるようにも思える言葉だったと思う。優しい沙希さんはあのとき怒らなかったけれど、もしかしたら彼女の胸の中は冷え切っていたかもしれない。

 だから、ヨミは怖かった。一週間、沙希さんとは会わなかった。もう駄目かなと思った。

 突然、沙希さんはヨミの家にやってきた。

「これ、食べて。ヨミちゃんのおばさんには、うちのお母さんがお世話になったし、わたしもヨミちゃんに面倒かけちゃったから、いろいろのお礼に」

 東京で有名なお菓子だった。ヨミはおそるおそる受け取った。沙希さんは続けた。

「旦那にね、送ってもらったの」

 ……うん?
 ヨミは首をかしげる。

「旦那さんに?」
「うん。ごめんって謝られた。戻ってきてくれないかって」

 沙希さんはちょっとだけ笑った。

「あの人、すごく焦ったみたいで。泣きそうな声だった」

 ほう……? それは、つまり?

「一応ね、仲直りは、できたみたい」

 沙希さんは困ったように、でも嬉しそうに笑った。

「――な」

 なんですかそれ、という言葉をヨミは必死に飲み込んで、代わりに、

「なんて美味しそうなものを! ありがとうございます!」

 深々と頭を下げた。でもやっぱり、内心では「なんですかそれ!」と叫んだ。

 別れるしかないかもなんて沙希さんが言ったから、夫婦の間には修復できないくらいの亀裂が生まれたのだと思っていた。でも、そんなことはなかったようだ。いや、なによりではあるのですが。心配して損しましたよ、沙希さん。笑顔、笑顔とヨミは自分に念じる。

「えっと、これ、お母さんも食べたがっていたので喜びます」
「ヨミちゃんも食べてね。わたしからヨミちゃんへのお礼も含まれてるから」
「わたしはお礼言われるようなことはなにも」
「ううん、話を聞いてくれて、わたしのこと好きだって言ってくれて、嬉しかったから。ありがとう」

 ヨミはぼっと身体が熱くなった。あんなに好きだと伝えたのは、かつていた恋人たちにもなかったかもしれない。頭を振って、恥ずかしさをまぎらわせる。

「さ、沙希さんは、じゃあ、もうお帰りになるんですか?」
「うーん、それもいいかなあとは思ったんだけど。実家でごろごろしたり、ヨミちゃんとも話したりしたいから、もうちょっと待っててって旦那に言っちゃった」
「え、いいんですか?」
「いいの」

 だからまたお茶しよう、と沙希さんは微笑む。いつもの優しくてあたたかい、沙希さんの笑顔だった。

「今度は、もっと楽しい話をしようね」
「……沙希さんと話すなら、なんでもいいですよ、わたしは」
「あらもう、かわいい!」

 きゃーっと頭を撫でられる。ヨミもきゃーっと笑った。

 偶然でも必然でも運命でも奇跡でも、沙希さんに再会できたことが嬉しい。沙希さんにとっても、そうであってほしい。ヨミが沙希さんにできることは些細なことかもしれないけれど、沙希さんが「ヨミちゃんに会えてよかった」と思ってくれたらいい。

 沙希さんの悩みは、たぶんまだ消えない。

 旦那さんと仲直りをしても、妊娠できるかどうかは別の話だ。これからも、沙希さんは寂しくなってつらくなるかもしれない。そんなときに、この田舎を思い出してくれればいいなと思う。だって、ヨミは沙希さんのことが大好きなのだ。

 夕暮れ、部屋で沙希さんからもらったお菓子を食べながら、ヨミは目を閉じる。

 偶然でも必然でも運命でも奇跡でも、なんでもいいから、沙希さんが笑顔になれる未来が来てほしい。

 そう思った。
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