長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

文字の大きさ
上 下
40 / 53
第四章 ヨミ、癒しの姉を抱きしめたい

(九)

しおりを挟む
 ヨミは、双子の姉として生まれた。姉だけど、「双子の姉」だ。妹とそんなに違いはないと思う。生まれた時間の差なんてすこししかない。それでもヨミは姉だった。

 妹はかわいかったし、姉という立場が嫌いなわけじゃない。

 それでも、「ヨミちゃんは、お姉ちゃんだからね」と言われて妹の方が甘やかされていると感じるときが、ときどきあった。ずるいなと思った。でもヨミは姉だから、我慢しなければ、とも。

 ――ヨミちゃん。おいで。

 沙希さんの笑っている顔が好きだった。ふわっとあたたかくて、優しい。沙希さんはいつだってヨミの「お姉さん」でいてくれた。沙希さんの前でなら、ヨミも妹になれた。だからとても嬉しかったのだ。

「わたし、すごく沙希さんのことが大好きです」
「……ありがとう。なんか、照れるね。告白されるなんて、何年ぶりかな」

 沙希さんは笑った。ヨミもすこしだけ笑った。それからもう一度息を吸い込む。口を開きかけて、やっぱり閉じた。ああ、難しい。考えて考えて、そっと口を開く。

「あの、沙希さんはもしかしたら、こんなこと言われたら怒るかもしれないですけど」
「うん」
「失礼なこと言うかもしれないんですけど」
「うん」
「わたしは――、沙希さんが帰ってきてくれて、よかったです」

 数年ぶりに沙希さんに会えて。こうして話ができて。
 よかった。ヨミはそう思う。

「沙希さんにまた会えて、よかった」

 それだけは、嘘でもお世辞でもないと自信を持って言える。ヨミの素直な気持ちだ。だからヨミは、真っ直ぐ沙希さんに届ける。

「おかえりなさい、沙希さん」

 生活に疲れてしまった沙希さんが、逃げ場所としてこの田舎を選んでくれて、その先でたまたま再会したヨミをお茶に誘ってくれた。本当はそんな理由で帰ってきたくはなかったのだろうけれど、それでも、ここに帰ってきた沙希さんをヨミは精一杯に迎えたい。

 ここに、あなたのことが大好きな妹がいるんですよ、と伝えたい。

「おかえりなさい」

 ここが、沙希さんの安らげる場所でありますように。

「おかえりなさい、沙希さん」

 沙希さんの顔に、影が落ちる。日もどんどん落ちていく。茜色が強く、濃く、暗くなる。

 すっと、息を吸う音がした。やがて、沙希さんの震えた声がした。

「――ただいま、ヨミちゃん」

 夜が町を覆うまで、ふたり並んで時間を過ごした。そろそろ帰ろうかと車に戻れば、遅くまで付き合わせてごめんねと沙希さんは謝った。ヨミはいいえと首を振る。

 ヨミの家の近くに来たとき、沙希さんが思い出したように言った。

「ナミちゃん、元気?」

 数年帰ってこなかった沙希さんは、知らないみたいだった。

「死んじゃいました」
「え」
「去年の夏、事故で」

 沙希さんはなにも言わなかった。この数年間、ヨミにもいろいろあったのだ。それを自分があれこれ言うのはおこがましい、と沙希さんも思ったのかもしれなかった。
 それでも、ヨミが車をおりたとき。

「ナミちゃんがいないと、寂しいね」

 沙希さんがつぶやいた。きっとそれは、沙希さんの心からの言葉だった。

「はい。寂しいです」

 それじゃあまた。

 沙希さんと別れる。夕暮れ時のさようならは、やっぱり寂しい。でもきっと、沙希さんには明日も会える。だからいいか、と思うことにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

旦那様には愛人がいますが気にしません。

りつ
恋愛
 イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

心の落とし物

緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも ・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ ) 〈本作の楽しみ方〉  本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。  知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。 〈あらすじ〉  〈心の落とし物〉はありませんか?  どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。  あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。  喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。  ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。  懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。 〈主人公と作中用語〉 ・添野由良(そえのゆら)  洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。 ・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉  人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。 ・〈探し人(さがしびと)〉  〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。 ・〈未練溜まり(みれんだまり)〉  忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。 ・〈分け御霊(わけみたま)〉  生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~

矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。 隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。 周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。 ※設定はゆるいです。

処理中です...