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第四章 ヨミ、癒しの姉を抱きしめたい
(九)
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ヨミは、双子の姉として生まれた。姉だけど、「双子の姉」だ。妹とそんなに違いはないと思う。生まれた時間の差なんてすこししかない。それでもヨミは姉だった。
妹はかわいかったし、姉という立場が嫌いなわけじゃない。
それでも、「ヨミちゃんは、お姉ちゃんだからね」と言われて妹の方が甘やかされていると感じるときが、ときどきあった。ずるいなと思った。でもヨミは姉だから、我慢しなければ、とも。
――ヨミちゃん。おいで。
沙希さんの笑っている顔が好きだった。ふわっとあたたかくて、優しい。沙希さんはいつだってヨミの「お姉さん」でいてくれた。沙希さんの前でなら、ヨミも妹になれた。だからとても嬉しかったのだ。
「わたし、すごく沙希さんのことが大好きです」
「……ありがとう。なんか、照れるね。告白されるなんて、何年ぶりかな」
沙希さんは笑った。ヨミもすこしだけ笑った。それからもう一度息を吸い込む。口を開きかけて、やっぱり閉じた。ああ、難しい。考えて考えて、そっと口を開く。
「あの、沙希さんはもしかしたら、こんなこと言われたら怒るかもしれないですけど」
「うん」
「失礼なこと言うかもしれないんですけど」
「うん」
「わたしは――、沙希さんが帰ってきてくれて、よかったです」
数年ぶりに沙希さんに会えて。こうして話ができて。
よかった。ヨミはそう思う。
「沙希さんにまた会えて、よかった」
それだけは、嘘でもお世辞でもないと自信を持って言える。ヨミの素直な気持ちだ。だからヨミは、真っ直ぐ沙希さんに届ける。
「おかえりなさい、沙希さん」
生活に疲れてしまった沙希さんが、逃げ場所としてこの田舎を選んでくれて、その先でたまたま再会したヨミをお茶に誘ってくれた。本当はそんな理由で帰ってきたくはなかったのだろうけれど、それでも、ここに帰ってきた沙希さんをヨミは精一杯に迎えたい。
ここに、あなたのことが大好きな妹がいるんですよ、と伝えたい。
「おかえりなさい」
ここが、沙希さんの安らげる場所でありますように。
「おかえりなさい、沙希さん」
沙希さんの顔に、影が落ちる。日もどんどん落ちていく。茜色が強く、濃く、暗くなる。
すっと、息を吸う音がした。やがて、沙希さんの震えた声がした。
「――ただいま、ヨミちゃん」
夜が町を覆うまで、ふたり並んで時間を過ごした。そろそろ帰ろうかと車に戻れば、遅くまで付き合わせてごめんねと沙希さんは謝った。ヨミはいいえと首を振る。
ヨミの家の近くに来たとき、沙希さんが思い出したように言った。
「ナミちゃん、元気?」
数年帰ってこなかった沙希さんは、知らないみたいだった。
「死んじゃいました」
「え」
「去年の夏、事故で」
沙希さんはなにも言わなかった。この数年間、ヨミにもいろいろあったのだ。それを自分があれこれ言うのはおこがましい、と沙希さんも思ったのかもしれなかった。
それでも、ヨミが車をおりたとき。
「ナミちゃんがいないと、寂しいね」
沙希さんがつぶやいた。きっとそれは、沙希さんの心からの言葉だった。
「はい。寂しいです」
それじゃあまた。
沙希さんと別れる。夕暮れ時のさようならは、やっぱり寂しい。でもきっと、沙希さんには明日も会える。だからいいか、と思うことにした。
妹はかわいかったし、姉という立場が嫌いなわけじゃない。
それでも、「ヨミちゃんは、お姉ちゃんだからね」と言われて妹の方が甘やかされていると感じるときが、ときどきあった。ずるいなと思った。でもヨミは姉だから、我慢しなければ、とも。
――ヨミちゃん。おいで。
沙希さんの笑っている顔が好きだった。ふわっとあたたかくて、優しい。沙希さんはいつだってヨミの「お姉さん」でいてくれた。沙希さんの前でなら、ヨミも妹になれた。だからとても嬉しかったのだ。
「わたし、すごく沙希さんのことが大好きです」
「……ありがとう。なんか、照れるね。告白されるなんて、何年ぶりかな」
沙希さんは笑った。ヨミもすこしだけ笑った。それからもう一度息を吸い込む。口を開きかけて、やっぱり閉じた。ああ、難しい。考えて考えて、そっと口を開く。
「あの、沙希さんはもしかしたら、こんなこと言われたら怒るかもしれないですけど」
「うん」
「失礼なこと言うかもしれないんですけど」
「うん」
「わたしは――、沙希さんが帰ってきてくれて、よかったです」
数年ぶりに沙希さんに会えて。こうして話ができて。
よかった。ヨミはそう思う。
「沙希さんにまた会えて、よかった」
それだけは、嘘でもお世辞でもないと自信を持って言える。ヨミの素直な気持ちだ。だからヨミは、真っ直ぐ沙希さんに届ける。
「おかえりなさい、沙希さん」
生活に疲れてしまった沙希さんが、逃げ場所としてこの田舎を選んでくれて、その先でたまたま再会したヨミをお茶に誘ってくれた。本当はそんな理由で帰ってきたくはなかったのだろうけれど、それでも、ここに帰ってきた沙希さんをヨミは精一杯に迎えたい。
ここに、あなたのことが大好きな妹がいるんですよ、と伝えたい。
「おかえりなさい」
ここが、沙希さんの安らげる場所でありますように。
「おかえりなさい、沙希さん」
沙希さんの顔に、影が落ちる。日もどんどん落ちていく。茜色が強く、濃く、暗くなる。
すっと、息を吸う音がした。やがて、沙希さんの震えた声がした。
「――ただいま、ヨミちゃん」
夜が町を覆うまで、ふたり並んで時間を過ごした。そろそろ帰ろうかと車に戻れば、遅くまで付き合わせてごめんねと沙希さんは謝った。ヨミはいいえと首を振る。
ヨミの家の近くに来たとき、沙希さんが思い出したように言った。
「ナミちゃん、元気?」
数年帰ってこなかった沙希さんは、知らないみたいだった。
「死んじゃいました」
「え」
「去年の夏、事故で」
沙希さんはなにも言わなかった。この数年間、ヨミにもいろいろあったのだ。それを自分があれこれ言うのはおこがましい、と沙希さんも思ったのかもしれなかった。
それでも、ヨミが車をおりたとき。
「ナミちゃんがいないと、寂しいね」
沙希さんがつぶやいた。きっとそれは、沙希さんの心からの言葉だった。
「はい。寂しいです」
それじゃあまた。
沙希さんと別れる。夕暮れ時のさようならは、やっぱり寂しい。でもきっと、沙希さんには明日も会える。だからいいか、と思うことにした。
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