長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

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第三章 ヨミ、天然記念物級の天然と庭いじりをする

(九)

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「早く立ち直らないとって思ったけど、でも、やっぱり、駄目みたいです」

 愁の目から、また涙がこぼれる。男の人は泣くのを見られたくないかもしれない、とヨミは庭の雑草に目を向けた。けっこう抜いたのに、まだたくさん生えている。一年で、綺麗だった庭がこんなに荒れるんだ。

 立ち直るのは、悪いことじゃない。愁が忘れたいなら、それでもいい。でも。

「無理する必要は、ないんじゃないかな」

 返事はない。だからヨミも勝手に話し続ける。

「だって、つらいだけですよ。自分をごまかして立ち直ったように見せても、またふとしたときに、ぽきっと折れてしまうと思います。悲しいときは悲しめばいいんだと思う。傷がちゃんと癒えたら、そのときは自然と立ち直るものだと思います。それまで待つのは、悪いことじゃない」

 悲しむのも、泣くのも、大切なことだ。いい歳した大人が泣くな、なんて言うひともいるけれど、泣いたっていいじゃないか。楽しいとか悲しいとか、そういう感情を持つことが、生きている証だと思うから。

 死んだら、なにもなくなる。なら、生きているうちにたくさん泣いてたくさん笑えばいい。

「無理しなくてもいいんですよ」

 愁はうつむいた。しばらくふたりともなにも言わなかった。ただ愁は泣いて、ヨミは空を見上げていた。天国があるなら、この空のもっと上だろうか。そこが素敵な場所であればいい。

「帰っておいでって、親に言われたんです」

 愁がつぶやく声に、ヨミは目を下げた。

「ひとりでいるなんて寂しいでしょうって。たぶん、父さんも母さんも心配してくれているんです」
「うん」
「でも、簡単には忘れられないし、忘れたくないんです。僕はまだ、ナミさんと一緒にいたい。でも、そんな風に言われたら、早く前を向かないといけないような気がしてきて。でも、やっぱり、無理で」

 無理なんです。
 愁の声が震えた。ヨミの脳も震わせる声だった。

「僕は、まだ、忘れたくないんです」

 ヨミは目頭が熱くなるのを感じて、ぐっと唇を噛んでこらえた。駄目だ。拳を握って、衝動を抑える。ここで泣いては駄目だ。愁はうつむいて、もうほとんど涙に溺れたような声でささやく。

「僕はまだ――、ここで立ち止まっていて、いいでしょうか」

 ヨミは息をついた。

 となりにいるのに、愁がずっと遠くにいるような気がして心細くなった。人に言葉を届けることは、こんなにも難しい。愁の心に届けるためには、ヨミの心をどれだけ言葉に乗せたらいいんだろう。慎重に、深く、ヨミはゆっくりとうなずいた。

「いいんですよ。だって愁くんの感情なんだから。愁くんのしたいようにすればいいんです」

 愁は苦しそうに息を吸って、笑顔を見せた。

「そうですね」

 庭に、愁の涙が落ちる。プランター栽培にしてよかった。庭に種をまいていたら、きっとしょっぱい野菜ができただろう。これなら愁も、気にせず泣けるはずだ。

 ヨミは胸に手を当てて深呼吸した。揺さぶられた脳を落ち着かせるには時間がかかりそうだった。幸い愁は泣いているから、その時間を手に入れることができそうだ。

 よかった。

 愁が泣いてくれたことに、ほっとした。だって愁が無理をしていることなんて、すぐにわかった。だから、よかった。それから――、自嘲した。

 なにを偉そうに語っているんだろう、わたし。
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