長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

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第三章 ヨミ、天然記念物級の天然と庭いじりをする

(八)

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「ごめんなさい」
「ううん」

 愁は泣いていた。
 グラスの乗った盆を両手で持っているから涙を拭くことができないようで、困った顔でうつむいてしまう。

「ごめんなさい、ヨミさんが、とても、ナミさんに似ていたので、つい」
「うん。よく言われます。双子ですからね」

 すこしして、目線を上げた愁と目が合う。でも彼は、ヨミのことを見てくれない。あ、久しぶりだなこの目、と思った。こういう目に出会ったとき、ヨミは居心地が悪くなる。目を逸らして逃げ出したくなる。妹が死んでからしばらくは、父や母からも同じ目を向けられた。

「ごめんね、わたしはナミになれないの」

 歩み寄って、愁の手からお盆を受け取った。去年の花壇の名残である赤茶けたレンガの上に置いて、ヨミもそこに腰かける。愁は空いた手で涙を拭った。

「ごめんなさい。ひまわりと一緒にいると、すごくナミさんに見えて」
「うん、わかってます。愁くん、座りましょう。おいで」

 愁はおずおずとヨミのとなりに腰かけた。空気を読まない蝉が、また屋根の上で事故を起こしたらしい音がした。

「わたしとナミはね、似ているけどぜんぜん違うんですよ」

 怒られた学生のように、愁は身を小さくさせる。そんな顔をさせたかったわけではない。ただやっぱり、自分たちを重ねてほしくない。

「たしかにわたしたちは顔が似ているんでしょうけど。父さんも母さんも、ときどきわたしを見ながら、ナミを見てるんだろうなあって思うときがあるんです。仕方ないことだとは思うんですけどね」

 去年の夏に死んでしまった妹の面影を、その姉であるヨミに探す。彼らの気持ちがわからないわけではない。ヨミも鏡に映る自分を見ながら、妹を思い出すときがある。でも、嫌だ。

「わたしはヨミです。ナミの代わりは務まりません。わたしの代わりも、ナミには務まらない。誰かの代わりになんて、なれるわけないんです」

 自分に妹を重ねられても、困る。ヨミは、活発で明るかった妹にはなれない。

 ときどき、どうして自分が生きているんだろうかと思う。みんなが妹を望むなら、妹が生きてヨミが死んだ方がよかったんじゃないかと。まあ、そう考えるのは相当ヨミのストレスがたまっていて気分が鬱々としているときだけなのだけど。普段からそんなこと考えるほど、病んではいませんよ。ヨミだって、死にたくないし。

「みんな、寂しいんでしょうね。いやー、ナミは愛されてるなあ」

 妹は、去年死んだ。
 事故死だった。

 家で観ていたテレビを思い出す。事件には知らないうちに巻き込まれる。事故も同じだろう。

 妹の死は、ニュースで小さく取り上げられた。聞きたくなくて、ヨミはすぐにテレビを消した。でも一般人が巻き込まれた事故なんて、世間のひとはそんなに気に留めないのだ。それが悔しいような、面白がられず済んだことが嬉しいような。

 一年はあっというまだった。いつのまにか、次の夏が巡ってきた。あまり記憶がない。妹が死んだ。それくらいでしか、ヨミにはまだ表現できそうになかった。

「庭を」

 愁がうつむいてつぶやく。

「新しくしたかったんです。ナミさんが作っていた庭のままだと、いつまでも僕はナミさんのこと忘れられない気がしたから」
「うん」
「そうじゃなきゃ、ナミさんに、いつまでうじうじしてるのって怒られそうだったから」
「うん。そうなんだろうなあと思ってました」
「ナミさんがいないと、この家、すごく広いんです」
「ああ、わかる気がします」

 もともと愁は別の街で暮らしていたが、妹と結婚してこの町に越してきた。妹がいなくなって、愁はひとりになった。
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