長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

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第三章 ヨミ、天然記念物級の天然と庭いじりをする

(一)

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 事件に遭ったとき、テレビに取り上げられるのは嫌だなあ、とヨミは思う。

 ヨミは探偵ではないから、人生の中で事件らしい事件に出逢うことはそんなにないだろう。ミステリー小説じゃないのだから。というかミステリー小説の探偵のまわり、ひとが死に過ぎだ。物騒。治安悪い。

 と、事件に遭遇した人はみんな思っていたのかもしれない。

『このとき、魔の手は忍び寄っていた――』

 居間のテレビで犯罪ドキュメンタリーが放送されているのを、ヨミはぼーっと畳に寝そべって眺めていた。

『えー、怖い!』
『どうなるの!』

 すごいなあ。

 芸能人のリアクションはみんな大げさ。彼らは間違いなく聞き上手だろう。あれだけ合いの手を入れてくれたら、話している人もノリノリになると思う。

 それはともかく、こういう番組はある種、事件を面白がっていると言っていいと思うのだ。怖いもの見たさとも言うから、興味を持つことは普通の心理だとも思うけれど。それでも自分だったら嫌だなあと思う。

 自分の不幸をネタに使ってほしくない。そんなことされたなら、そしてもし幽霊になれたなら、面白がった人間全員に取り憑いて、棚の角に小指をぶつけて、なおかつその衝撃でぼたもちが落ちてきて顔がべとべとになる呪いをかけてやる、と決めている。ぼたもちはあとで美味しくいただいてください。

 ……でも、そうしたら今度は世にも不思議な話として取り上げられるのかもしれないな。どうやっても面白がられる運命か。人間ってやつは。

「あー、ひま」

 クッションに顔をうずめる。なにもしない休日は落ち着かない。無為に時間を過ごしていいのだろうかと焦る。せっかくの休日なんだ、なにかしなければ。でもボトルシップの制作は、もうできないし。

 瓶の中にピンセットと小さく分解した船の部品を入れて、接着剤で部品同士をくっつけていく。その接着剤が固まるまで待っていないと、せっかく作った模型が崩れる可能性がある。だから、ボトルシップの作成はちまちま、のろのろ。待っている時間は退屈だしそわそわするが仕方ない。

 結果、やることがなくなったわけで。

 図書館に行こうか。ふと思い立つ。

 図書館は涼しいし、家で冷房をつけるよりよほど経済的で地球にも優しいはず。主に経済的な部分の理由が大きい。夏の電気代は極力抑えたい、と母が嘆いていた。財布にも優しく、地球にも優しい。いいことだらけだ。

 そうと決まればさっそく出発。地面から湯気が出てきそうな田んぼ道を、停留所に向かって歩く。ゆらゆら熱気が立ち昇っている。この熱エネルギー、なにかに利用できないものか。

「あ、ヨミさん」

 停留所とヨミの実家の間にある一軒家、その庭に立っている男性と目が合った。ヨミはひとより深いと評判のお辞儀をする。

「こんにちは。しゅうくん」
「はい、こんにちは。ヨミさんはお出かけですか?」
「図書館に行こうかと」
「そうですか。いいですね」

 愁は柔らかく微笑む。相変わらずの柔らかさ。ここまで笑顔がふにゃりとしている人を、ヨミはほかに知らない。

 愁という男は、線の細さと柔らかさが印象的だ。ヨミよりふたつ年下で、色白のほっそりした顔はあどけない。そしてなにを隠そう、まあ隠すつもりもないけれど、ヨミの双子の妹ナミの旦那である。

 この真新しい一軒家は、妹夫婦の新居だった。

 にこにこと笑みを浮かべている彼はどう考えてもインドア派なのだが、今日はその頭に麦わら帽子が乗っている。それから手には軍手。実に似合わない。

「愁くんは、庭いじりですか?」
「そうです。ずいぶん荒れてしまったので、このままなのもどうかなあと思いまして。そろそろ手を入れないとって、思い立ちました。なにか植えてみようかなって」

 愁は目を細めて庭を見渡す。ヨミもそれにならった。

 小さな庭だ。

 去年までは四季折々の花が咲いていた。この庭を眺めるのが、停留所に向かうまでのヨミの楽しみだったのだ。しかしいまは雑草が我が物顔でのけぞっている。雑草のたくましさに荒々しい元気をもらえるような気はするけれど、この庭に雑草かあ、と残念に思っていたヨミは庭いじりに大賛成だ。

「でも愁くん、庭いじりできましたっけ?」
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