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第二章 ヨミ、偏屈な女店主とお茶を飲む
(五)
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「なにとは」
「不特定多数に見えるように評価する意図がわからない。なにがしたいわけ?」
ヨミもコーヒーを飲みながら考える。窓の外を小さな鳥が飛んで行った。
「そうですねえ……、いいお店があったら、店員さんありがとうーって気持ちを評価として表したくなるんじゃないですか。あとはほら、レビューつけたら割引してくれるところあるから、それ目当てとか。でもあれ、お主も悪よのうって感じしません?」
「は?」
「いい評価つけたら色つけてあげますぜ、へへへ、って感じ」
まあお得にしてくれるなら、文句はないのだけど。水樹は変なものを見る目でヨミを見て、やっぱり変なものを見たときのようにため息をついた。
「じゃあ低評価は?」
「んー……」
今度はさっきの倍の時間考える。ヨミはそもそも低評価をつけないから、わからないというのが本音だ。
「なんだろうなあ、ここを改善してくださいってお店への意思表示とか。あとは、このお店はよろしくないから注意しておきなさい、ってみんなに呼びかけるためとか?」
水樹はひと粒チョコの包装をはがして口に放り込む。ヨミの方にもひと粒飛んできた。取り落とした。慌てて拾う。
「どんくさい」
「急だったから、びっくりしただけです」
「あっそ」
三秒ルール適用だ。包装してあるし、大丈夫。
水樹はやっぱりさ、と頬杖をついた。
「暇なんでしょ、評価つけるヒトたち。もしくはストレス発散。悪口を全世界に発信するなんて、相当趣味悪い」
ひどい言い草だ。
「そこまで言わなくても」
「ほらまた庇ってる」
「庇ってませんよ。でもわざわざ、角が立つ言い方しなくてもいいじゃないですか」
――東京から来たお客さん、かわいそうに。
水樹はこんな性格だから、例のお客さんもカチンときたのかもしれない。店員の態度が悪いというのも、的を射ている。
そもそも水樹がもっと愛想がよければよかっただけの話ではあるのだ。なんだかんだ言ってもお店を開いているのだから、それ相応の態度はできてしかるべきだろう。どうして波風立てるようなことを言うんだろう。あれ、やっぱり水樹が悪いんじゃ……。
ちくっ、と。
心に刺さる痛みに気づいて、はっとする。
ああ、だめだ。違う違う。そうじゃない。思考が底辺をはっている気がする。ヨミが言いたいのは、そういうことではなかったはずなのに。
「言いたいことがあるなら、直接言えばいい」
水樹がグラスの中でコーヒーを回した。からん、と氷の音。
「改善してほしいなら、あたしに直接言った方が確実なんだから」
「それはまあ……、そうなんでしょうけど、水樹さんみたいに強い人ばかりじゃないんですよ。なかなか面と向かって言えませんって」
「あんたもそっち側の人間だもんね」
そっち側、直接言えない側。そうだろうなあ、とうなずく。
「でもほら、言っても改善されないかもしれないし、それなら他のお客さんに注意を呼びかけた方が早いってことも、あるかもしれませんよ」
「へえ」
「……水樹さん、低評価に実は怒ってますか?」
いつもより、まとう空気がとげとげしい気がした。水樹は「べつに」と切り捨てる。
「言いたいなら、言わせておけばいいし」
「じゃあなにを怒ってるんです?」
水樹は棚から煙草のケースを取り出した。
「陰口言う人間が嫌いだから」
紙も切れてしまいそうな鋭い調子だった。ヨミはびくりと縮こまる。水樹は相変わらず鼻で笑いとばした。
「不特定多数に見えるように評価する意図がわからない。なにがしたいわけ?」
ヨミもコーヒーを飲みながら考える。窓の外を小さな鳥が飛んで行った。
「そうですねえ……、いいお店があったら、店員さんありがとうーって気持ちを評価として表したくなるんじゃないですか。あとはほら、レビューつけたら割引してくれるところあるから、それ目当てとか。でもあれ、お主も悪よのうって感じしません?」
「は?」
「いい評価つけたら色つけてあげますぜ、へへへ、って感じ」
まあお得にしてくれるなら、文句はないのだけど。水樹は変なものを見る目でヨミを見て、やっぱり変なものを見たときのようにため息をついた。
「じゃあ低評価は?」
「んー……」
今度はさっきの倍の時間考える。ヨミはそもそも低評価をつけないから、わからないというのが本音だ。
「なんだろうなあ、ここを改善してくださいってお店への意思表示とか。あとは、このお店はよろしくないから注意しておきなさい、ってみんなに呼びかけるためとか?」
水樹はひと粒チョコの包装をはがして口に放り込む。ヨミの方にもひと粒飛んできた。取り落とした。慌てて拾う。
「どんくさい」
「急だったから、びっくりしただけです」
「あっそ」
三秒ルール適用だ。包装してあるし、大丈夫。
水樹はやっぱりさ、と頬杖をついた。
「暇なんでしょ、評価つけるヒトたち。もしくはストレス発散。悪口を全世界に発信するなんて、相当趣味悪い」
ひどい言い草だ。
「そこまで言わなくても」
「ほらまた庇ってる」
「庇ってませんよ。でもわざわざ、角が立つ言い方しなくてもいいじゃないですか」
――東京から来たお客さん、かわいそうに。
水樹はこんな性格だから、例のお客さんもカチンときたのかもしれない。店員の態度が悪いというのも、的を射ている。
そもそも水樹がもっと愛想がよければよかっただけの話ではあるのだ。なんだかんだ言ってもお店を開いているのだから、それ相応の態度はできてしかるべきだろう。どうして波風立てるようなことを言うんだろう。あれ、やっぱり水樹が悪いんじゃ……。
ちくっ、と。
心に刺さる痛みに気づいて、はっとする。
ああ、だめだ。違う違う。そうじゃない。思考が底辺をはっている気がする。ヨミが言いたいのは、そういうことではなかったはずなのに。
「言いたいことがあるなら、直接言えばいい」
水樹がグラスの中でコーヒーを回した。からん、と氷の音。
「改善してほしいなら、あたしに直接言った方が確実なんだから」
「それはまあ……、そうなんでしょうけど、水樹さんみたいに強い人ばかりじゃないんですよ。なかなか面と向かって言えませんって」
「あんたもそっち側の人間だもんね」
そっち側、直接言えない側。そうだろうなあ、とうなずく。
「でもほら、言っても改善されないかもしれないし、それなら他のお客さんに注意を呼びかけた方が早いってことも、あるかもしれませんよ」
「へえ」
「……水樹さん、低評価に実は怒ってますか?」
いつもより、まとう空気がとげとげしい気がした。水樹は「べつに」と切り捨てる。
「言いたいなら、言わせておけばいいし」
「じゃあなにを怒ってるんです?」
水樹は棚から煙草のケースを取り出した。
「陰口言う人間が嫌いだから」
紙も切れてしまいそうな鋭い調子だった。ヨミはびくりと縮こまる。水樹は相変わらず鼻で笑いとばした。
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