長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

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第二章 ヨミ、偏屈な女店主とお茶を飲む

(四)

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「いたかもね」
「曖昧ですね」
「いちいち覚えてない。なに?」
「いえ、たいしたことではないんです」
「はっきり言って」

 ぴしゃりと言われて、肩をすくめた。鋭い目線にも促され内心ひえっとうなる。

「えっと、実はですね――」

 ヨミが家でスマホを見ていたとき、水樹の店に低評価がついているのを見つけた。

 水樹が趣味の片手間でやっているこの店は、意外や意外、辺鄙な田舎にある幻のコーヒー屋として一部の界隈で有名になっているらしい。まあたしかにコーヒーは美味しいから、有名になってもいいだろう。雑貨に囲まれた空間というのも素敵だ。

 けれど店主がこの水樹である。

 コーヒーは美味しいが、店主の態度がよろしくない。こんにゃろー、せっかく東京から来たのに……と、そんな旨のレビューがつけられていた。

「そのヒト、暇人だね」

 手短に説明したヨミの言葉を、水樹はばっさりと切り捨てた。

「忙しい中、休息を求めてはるばるやってきたのかもしれませんよ。遠いところから、すごいじゃないですか」
「だから暇なんでしょ。勝手に来て勝手に怒ってるんだから、ほんと暇人。意味不明」

 容赦ない。

「まあまあ、そこまで言わなくても」
「――あんたさ」

 水樹がじっと視線を送ってきた。な、なんだろう。変なことを言っただろうか。

「知らない人間庇って楽しい?」
「え?」

 ヨミは目を瞬く。
 庇う、とは?

「べつに庇ってないですよ」
「庇ってた」
「あれは軽いフォローです」
「一緒でしょ」

 ひとが悪く言われているのを聞くと、むずむずする。たとえ悪く言われているのが顔の知らないひとでも、かわいそうだなあと思う。だからちょっとしたフォローはするが、庇うというほど大げさでもない、はずなのだけど。

 庇うとなると、水樹を敵に回すような感じがある。そこまでしたいわけじゃない。ただ双方角を立てずに、平和でいてほしいだけだ。

「あんた、優等生って言われるでしょ」
「まあ、それなりに」
「だろうね」

 鼻で笑われた。

「八方美人とも言われますけどね」
「ああ、だろうね」

 水樹は立ち上がって、ガタゴトと音を鳴らす。

「あたしはよく問題児って言われた」

 自分のコーヒーを淹れるべく手を動かす彼女は、もう会話への興味が失せたようだ。ヨミなんて見えていないような顔をしている。アイスコーヒーを吸い上げながら、彼女の手元を見つめた。

「水樹さんって、不思議ですよね。雰囲気が独特」
「あんたの思考も独特でしょ」
「そうかもしれません」

 水樹というのが名前なのか名字なのか、ヨミは知らない。突然この町にやってきて、いつのまにか居ついていたひと、という印象。プレハブ小屋で雑貨屋兼コーヒー屋を営み、そのとなりの建物で寝起きしている。年齢も不詳。

「でも東京かあ、いいな。遊びに行きたいなあ」
「人が多くて狭苦しいだけでしょ」

 妙に実感のこもった声だった。

「もしかして水樹さん、引っ越す前は東京にいたんですか?」
「そうだけど」

 初耳だ。
 前に住んでいた場所は東京、と心の中でメモしておく。

「なんでわざわざ、こんな田舎に」
「都会が苦手だから。こういう時代から取り残された田舎にいる方が性に合う」
「わあ、ひどい言われよう」
「否定したかったらどうぞ」
「できませんねえ。田舎は流行が都会に追いつくのに時間がかかるし、電車もバスも便が少ないし、ライブやイベントもないし。不便のオンパレード」
「そう、ライブがない」

 ヨミが故郷の残念なところを指折り数えていると、突然水樹が言い放った。

「まあ、田舎ですからね。水樹さん、好きな芸能人いるんですか」
「……べつに」

 いるな。

「誰ですか? 気になります」

 水樹はうっとうしそうな顔をして、でもさっさと話した方が面倒はないと判断したのか、雑誌を放り投げてきた。

「表紙」

 言われて、表紙を見る。最近話題のアイドルが完璧なアイドルスマイルを浮かべていた。え、ちょっと意外だ。水樹さん、こういうきらきら系が好きなのか。

「文句ある?」
「いえいえ、全然」

 そうなんだ、とうなずいて、丁寧に雑誌を返す。水樹は無造作に受け取った。照れ隠しかもしれない。きっとその照れ隠しの延長でコーヒーをゆっくり飲んだ水樹が言った。

「レビューって、なんなの」
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