長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

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第二章 ヨミ、偏屈な女店主とお茶を飲む

(三)

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 さして広くもない小屋の中にはところ狭しと雑貨が並ぶ。ドライフラワーが天井から垂れさがり、木彫りの人形が置かれ、鳥かごだったり、はたまた謎の糸車だったりもある。一見バラバラなものが、どこか秩序を持って存在する不思議な空間だ。

「水樹さーん、いませんかー。水樹さんー」
「……聞こえてる」
「あ、いたんですね。おはようございます」

 のそっと、雑貨の影から長身の女性が出てきた。くわあとあくびをしながら、眠そうな目でこちらを見る。かすれた声で、

「なにしに来たの」
「コーヒーを飲みに」
「あっそ。豆は?」
「お任せで」

 水樹はうなずくと、奥の机でガタゴトと準備をはじめた。

「突っ立ってないで。気が散る」
「はーい」

 窓の下、ひとつしかないカウンター席に腰を落ち着ける。

 ここは一応雑貨屋兼コーヒー屋で、短くて無愛想な言葉を放る水樹は店主なのだけど、彼女に客をもてなそうとする意志はあまりない。

 ――水樹さん、相変わらずかっこいいまあ。

 高い身長のために男性にも見えそうな容姿の水樹は、声も低くかすれている。それがまたかっこいい。髪も適当にくくっていることが多いし、基本的に無地のシャツと黒いスキニー。これがまたよく似合う。

 が、かっこいいより先に、怖いと思わせてしまうのが彼女だ。

「また雑貨増えましたね」

 作業している水樹の耳には声が届かなかったのか、とくに返事はない。

 ヨミがここに来るたび、前までになかったものが増えている。けれど物があふれることはない。うまく売っているのだろうか。この店で雑貨を買っていく客を見たことはないから、もしかしたら水樹なりの独自売却ルートがあるのかもしれない。よくわからないけれど。

 カウンターにグラスが置かれた。並々とアイスコーヒーが注がれていて、からんと涼しげな氷の音が鳴る。

「ありがとうございます」

 水樹は背を向けて奥の作業台に行き、本を読み始めた。ヨミはストローでアイスコーヒーを吸い上げる。今日はフルーティーな味わいだ、生き返る。店には水樹お気に入りの豆が数種あるが、ヨミには違いがよくわからない。でも全部美味しい。

「あげる」

 なにかを投げつけられて、あわててキャッチした。ひと粒チョコだ。市販の。

「ありがとうございます。うん、安くて美味しいお味ですね」
「安いから」
「でも美味しい」

 幸せー、とチョコを噛み砕く。デパートで売っている五粒で一五〇〇円のチョコレートも美味しいが、スーパーで売っている大容量チョコレートもじゅうぶん美味しい。安くて美味しい、最高ではないか。

 水樹が本をめくる音がする。ヨミは目を閉じた。一定のリズムで時計の針が動く。眠くなる。コーヒーを吸い上げる音と水樹の読書の音が、しばらく続いた。

「人、来ませんね」

 この店は、いつもこうだ。ヨミがいるときに他の客が来た試しがない。

「稼ぐためにやってないから、いい」

 客商売をしている人に言えば怒られてしまいそうな発言も、水樹はまったく気にしないで本のページをめくり続けている。なんの本だろうと見れば、海外のミステリー小説だった。水樹が視線に気づいてうっとうしそうに顔を歪めたから、ヨミは素知らぬふりをしてコーヒーを飲む。

 この店はどちらかといえば水樹のための居心地のいい空間で、客は二の次。商売らしい商売はしていない。それなのに彼女の生活に不便はなさそうだから不思議。

 いろいろと謎の多いひとなのだ。

「水樹さん、最近東京からのお客さんが来ませんでした?」

 読書中に声をかけたら怒られるだろうかと思いながら訊ねたヨミに、水樹は案外素直に応えた。
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