13 / 53
第二章 ヨミ、偏屈な女店主とお茶を飲む
(三)
しおりを挟む
さして広くもない小屋の中にはところ狭しと雑貨が並ぶ。ドライフラワーが天井から垂れさがり、木彫りの人形が置かれ、鳥かごだったり、はたまた謎の糸車だったりもある。一見バラバラなものが、どこか秩序を持って存在する不思議な空間だ。
「水樹さーん、いませんかー。水樹さんー」
「……聞こえてる」
「あ、いたんですね。おはようございます」
のそっと、雑貨の影から長身の女性が出てきた。くわあとあくびをしながら、眠そうな目でこちらを見る。かすれた声で、
「なにしに来たの」
「コーヒーを飲みに」
「あっそ。豆は?」
「お任せで」
水樹はうなずくと、奥の机でガタゴトと準備をはじめた。
「突っ立ってないで。気が散る」
「はーい」
窓の下、ひとつしかないカウンター席に腰を落ち着ける。
ここは一応雑貨屋兼コーヒー屋で、短くて無愛想な言葉を放る水樹は店主なのだけど、彼女に客をもてなそうとする意志はあまりない。
――水樹さん、相変わらずかっこいいまあ。
高い身長のために男性にも見えそうな容姿の水樹は、声も低くかすれている。それがまたかっこいい。髪も適当にくくっていることが多いし、基本的に無地のシャツと黒いスキニー。これがまたよく似合う。
が、かっこいいより先に、怖いと思わせてしまうのが彼女だ。
「また雑貨増えましたね」
作業している水樹の耳には声が届かなかったのか、とくに返事はない。
ヨミがここに来るたび、前までになかったものが増えている。けれど物があふれることはない。うまく売っているのだろうか。この店で雑貨を買っていく客を見たことはないから、もしかしたら水樹なりの独自売却ルートがあるのかもしれない。よくわからないけれど。
カウンターにグラスが置かれた。並々とアイスコーヒーが注がれていて、からんと涼しげな氷の音が鳴る。
「ありがとうございます」
水樹は背を向けて奥の作業台に行き、本を読み始めた。ヨミはストローでアイスコーヒーを吸い上げる。今日はフルーティーな味わいだ、生き返る。店には水樹お気に入りの豆が数種あるが、ヨミには違いがよくわからない。でも全部美味しい。
「あげる」
なにかを投げつけられて、あわててキャッチした。ひと粒チョコだ。市販の。
「ありがとうございます。うん、安くて美味しいお味ですね」
「安いから」
「でも美味しい」
幸せー、とチョコを噛み砕く。デパートで売っている五粒で一五〇〇円のチョコレートも美味しいが、スーパーで売っている大容量チョコレートもじゅうぶん美味しい。安くて美味しい、最高ではないか。
水樹が本をめくる音がする。ヨミは目を閉じた。一定のリズムで時計の針が動く。眠くなる。コーヒーを吸い上げる音と水樹の読書の音が、しばらく続いた。
「人、来ませんね」
この店は、いつもこうだ。ヨミがいるときに他の客が来た試しがない。
「稼ぐためにやってないから、いい」
客商売をしている人に言えば怒られてしまいそうな発言も、水樹はまったく気にしないで本のページをめくり続けている。なんの本だろうと見れば、海外のミステリー小説だった。水樹が視線に気づいてうっとうしそうに顔を歪めたから、ヨミは素知らぬふりをしてコーヒーを飲む。
この店はどちらかといえば水樹のための居心地のいい空間で、客は二の次。商売らしい商売はしていない。それなのに彼女の生活に不便はなさそうだから不思議。
いろいろと謎の多いひとなのだ。
「水樹さん、最近東京からのお客さんが来ませんでした?」
読書中に声をかけたら怒られるだろうかと思いながら訊ねたヨミに、水樹は案外素直に応えた。
「水樹さーん、いませんかー。水樹さんー」
「……聞こえてる」
「あ、いたんですね。おはようございます」
のそっと、雑貨の影から長身の女性が出てきた。くわあとあくびをしながら、眠そうな目でこちらを見る。かすれた声で、
「なにしに来たの」
「コーヒーを飲みに」
「あっそ。豆は?」
「お任せで」
水樹はうなずくと、奥の机でガタゴトと準備をはじめた。
「突っ立ってないで。気が散る」
「はーい」
窓の下、ひとつしかないカウンター席に腰を落ち着ける。
ここは一応雑貨屋兼コーヒー屋で、短くて無愛想な言葉を放る水樹は店主なのだけど、彼女に客をもてなそうとする意志はあまりない。
――水樹さん、相変わらずかっこいいまあ。
高い身長のために男性にも見えそうな容姿の水樹は、声も低くかすれている。それがまたかっこいい。髪も適当にくくっていることが多いし、基本的に無地のシャツと黒いスキニー。これがまたよく似合う。
が、かっこいいより先に、怖いと思わせてしまうのが彼女だ。
「また雑貨増えましたね」
作業している水樹の耳には声が届かなかったのか、とくに返事はない。
ヨミがここに来るたび、前までになかったものが増えている。けれど物があふれることはない。うまく売っているのだろうか。この店で雑貨を買っていく客を見たことはないから、もしかしたら水樹なりの独自売却ルートがあるのかもしれない。よくわからないけれど。
カウンターにグラスが置かれた。並々とアイスコーヒーが注がれていて、からんと涼しげな氷の音が鳴る。
「ありがとうございます」
水樹は背を向けて奥の作業台に行き、本を読み始めた。ヨミはストローでアイスコーヒーを吸い上げる。今日はフルーティーな味わいだ、生き返る。店には水樹お気に入りの豆が数種あるが、ヨミには違いがよくわからない。でも全部美味しい。
「あげる」
なにかを投げつけられて、あわててキャッチした。ひと粒チョコだ。市販の。
「ありがとうございます。うん、安くて美味しいお味ですね」
「安いから」
「でも美味しい」
幸せー、とチョコを噛み砕く。デパートで売っている五粒で一五〇〇円のチョコレートも美味しいが、スーパーで売っている大容量チョコレートもじゅうぶん美味しい。安くて美味しい、最高ではないか。
水樹が本をめくる音がする。ヨミは目を閉じた。一定のリズムで時計の針が動く。眠くなる。コーヒーを吸い上げる音と水樹の読書の音が、しばらく続いた。
「人、来ませんね」
この店は、いつもこうだ。ヨミがいるときに他の客が来た試しがない。
「稼ぐためにやってないから、いい」
客商売をしている人に言えば怒られてしまいそうな発言も、水樹はまったく気にしないで本のページをめくり続けている。なんの本だろうと見れば、海外のミステリー小説だった。水樹が視線に気づいてうっとうしそうに顔を歪めたから、ヨミは素知らぬふりをしてコーヒーを飲む。
この店はどちらかといえば水樹のための居心地のいい空間で、客は二の次。商売らしい商売はしていない。それなのに彼女の生活に不便はなさそうだから不思議。
いろいろと謎の多いひとなのだ。
「水樹さん、最近東京からのお客さんが来ませんでした?」
読書中に声をかけたら怒られるだろうかと思いながら訊ねたヨミに、水樹は案外素直に応えた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。

お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
君に望むは僕の弔辞
爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。
全9話
匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意
表紙はあいえだ様!!
小説家になろうにも投稿

立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる