長野ヨミは、瓶の中で息をする

橘花やよい

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第二章 ヨミ、偏屈な女店主とお茶を飲む

(二)

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 見ていたのはグルメレビューサイトだ。

 ヨミはレビューで低評価をつけられない人間だった。たとえ微妙な商品やお店に出会ったとしても。

 たとえばヨミの好きなものに低評価をつけられているのを見ると、どよんと落ち込んでしまう。人間千差万別、自分の好きなものをみんなが好きなんてことはない。それはわかっている。でも、わたしは好きだと思ったんですけどねえ、だめですかあ……、と思考が底辺をさまよい始めてしまうのが止められない。

 そんなわけで、ひとにされて嫌なことをしてはいけません、という小学校からの教えのもと、ヨミは低評価をつけないようにしている。ヨミの中での評価は五段階評価なら三から五までしかない。

 だが、決してその信条を口に出しはしない。

 だって「低評価が苦手です」と言えば、低評価をつける人たちに「わたしは低評価つけるの好きなんだけどなあ、だめですかあ……」と思わせてしまうかもしれない。それは申し訳ない。だからしない。

 ――こういうこと考えてると、自分の本心がどこにあるんだかわからなくなる。

 八方美人。たまには自分の気持ちを出せる場所があればいいと思うけれど、なかなか難しい。ひとを傷つけずに生きていけるなら、多少は自分が我慢することも必要だと思ってしまう。

「ま、わたしは優しいってことで褒めておこうかな」

 そういうことにしておこう。なんていろいろ思ってみるけれど、やっぱり低評価は苦手なヨミだった。

 ケーキの最後の一口、それからポテトチップスの最後のいち枚を食べて、階段をおりた。

「お母さーん、ちょっと出かけてくるね」
「はいはい、いってらっしゃい。道端で倒れないでね。今日暑いから。すぐ干物になっちゃうわよ」
「干物というか、ミイラじゃない? 人間の場合」
「えー、一緒でしょ」
「たしかに同じ乾物だけど。まあいいや、いってきまー……、あー……」

 玄関を一歩踏み出し、くるりと戻る。母と目が合う。

 暑いっす。

 目で訴えると母が言った。

「行くんでしょ。行きなさい。一度決めたことは貫くものよ!」
「突然の熱血……。はい。いってきます」

 暑い。自室のエアコンの効いた部屋でじっとしていたい衝動に襲われたが、ふんっと気合いを入れて歩き出した。

 田んぼがずーっと続く道。今日も素晴らしい田舎具合。すなわち空と山と田んぼ。緑の空気。いつもの停留所に続く道をすこし歩くと一軒家がある。真新しい家の庭は、去年まで花がいっぱい咲いていたが、いまは雑草がはびこっていた。

 ――荒れてるなあ。

 なんとも言えない気持ちになって、ヨミは前だけ見ることにした。

 と、数人の子どもたちが釣りざおを持ったまま自転車で駆け抜けていくのが見えた。彼らが目指すのは渓流だろう。ヨミも昔はよく行った。子どもたちの笑い声が聞こえてしみじみ思う。

「夏だなあ」

 この道を自転車で全力疾走するのが好きだった。ただ走るだけなのに楽しい。信号もないから止まらなくていいし、スピードが出せる。「今ならわたし、風になれる気がする!」と子どものころは駆け抜けていた。だからきっと釣りざおを持った彼らも「俺は風だぜ、ひゃっはー!」とか思っているのだろう。

 いやどうかな、思ってないかも。ひゃっはーとか言う子ども、嫌だな。

 ――自転車かあ、あったら便利かな。

 大学生のとき都会に引っ越してからはヨミの自転車は納屋に押し込められ、いまも埃をかぶっている。綺麗にすれば使えるかもしれないが、面倒で放置していた。自転車さん、すねていないだろうか。出せば動くかなあ。

 それにしても。

「あづい」

 目的地までが、遠い。田舎は民家もお店もバラバラな場所にぽつぽつあるのだから、移動も大変だ。やはり徒歩はやめたほうがいいかもしれない。まあ、さっきケーキとポテトチップスを食べてしまったし、食後の運動だと思うことにしてどうにか歩くことにした。

 ひいひい言いながらたどり着いたのは、ログハウス風の小さな建物。その横にプレハブ小屋がある。こちらもブラウンと白の色合いをしたおしゃれな小屋。田舎の光景には馴染まないが、堂々とした佇まいは店主の雰囲気に似ている。

「おはようございます、水樹みずきさん」

 ヨミは遠慮なくプレハブ小屋のドアを開ける。ぶわっとコーヒーの香りがした。
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