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第一章 ヨミ、失恋中の大学生に出会う
(七)
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「はあ、そうなんですか?」
千田にはわからないかもしれない。きっと彼の器はとても大きいのだ。幸せもたくさん受け止められる。でもヨミの器は小さくて、すぐいっぱいになる。
――お姉ちゃんは難しいことを考えすぎだよ。
妹に言われたことがあった。そうかもしれない。考えすぎて、疑り深くなるのだ。この幸せはいつまで続くのだろう。突然幸せがなくなってしまったら、どうすればいいのだろう。自分がこんなに幸せでいいのだろうか……なんて。
それから。
自分はもらってばかりで、返せていないのではないか、とも思うかもしれない。そうなるともう、バランスは崩れてしまう。こぼれた水はもちろん盆にもどることがない。
「よくわからないけど、彼女は、俺のせいで不安だったってことですか」
千田がつぶやいて目を伏せる。ヨミは苦笑した。
「もしかしたら、の話ですけどね。わたしは部外者ですから、ただの想像です」
「ん……でも、そうだとしたら、すごく申し訳ないです」
ふいに目を上げた千田とヨミの視線が交差する。千田の顔に自嘲の笑みが浮かんだ。かわいらしい顔には、似合わない表情だ。
「わからないんですよね、俺。昔から」
その言葉が指すものがなんなのか、ヨミにはわからず「なにがですか」と問う。
「人の悩みごととか、よくわからなくて。周りにも、どうせ千田にはわかんないよな、とか言われるし。――人と違うみたいなんですよね、俺。明るすぎて怖い、とか言われるんです」
「ああ……」
それはわかるかもしれない。こんなきらきらしている千田に、ヨミの考えていることはわからないかもなあ、と思ってしまうのは、たしかにある。陰キャと陽キャは、いろいろ違うのだ。まぶしい人は、時々ちょーっとだけ、遠ざけたくなる。と、隠キャなヨミは思う。
「彼女が別れたいって思うほど悩んでいることも、俺は気づけなかったし。なんでかなぁ」
「それが普通ですよ」
「え?」
「人の考えていることなんて、誰にもわかりません。言葉にしないけど察してね、っていうのは他人任せです。そんなの、わかるわけない」
きょとんとする千田に、ヨミは微笑んだ。
「彼女さんが幸せでいっぱいいっぱいなことが別れた原因なら、よかったじゃないですか」
だって最終的な結果がどうであれ、それはまぎれもなく、彼女は幸せだったということだ。
「あふれてしまうくらいに、たくさんの幸せをあげられた千田くんは、きっと、とても、すごいんですよ」
それにヨミの勝手な仮説が合っていようと間違っていようと、幸せだった日々があったことは事実だと思う。じゃなきゃ元カノさんだって、千田と付き合っていないだろう。
「千田くんは、すごいんです」
真っ直ぐ千田の瞳を見て、彼の心に届くように言った。
とはいえ。
本当のところはヨミにわかるはずもないのだけど。もしかしたら彼女さんの「嫌いになったわけじゃない」というのも嘘かもしれないし。けれどどうせ別れてしまえば、千田と恋人が会うことはなくなるのだ。それなら自分のいいように解釈してしまった方がいい。世の中を生きていくには、そういう都合のよさが必要になるときもある。大人は時にずるいのだ。
「すごい、ですか」
「はい。すごいです。素敵ですよ、千田くんは」
「フラれたのに?」
「それでもすごい」
千田はぽかんとして、ヨミを見つめた。
「――お姉さん、なんか特殊ですね。考え方が」
「妙な方向に向かうポジティブシンキング女王と言われます」
「ああ、うん、そんな感じです。えげつないポジティブ。びっくりするくらい」
「変ですか?」
千田はいいえ、と首を振る。
「いいと思います」
それからまた目を伏せて、すこしの間黙っていた。
千田にはわからないかもしれない。きっと彼の器はとても大きいのだ。幸せもたくさん受け止められる。でもヨミの器は小さくて、すぐいっぱいになる。
――お姉ちゃんは難しいことを考えすぎだよ。
妹に言われたことがあった。そうかもしれない。考えすぎて、疑り深くなるのだ。この幸せはいつまで続くのだろう。突然幸せがなくなってしまったら、どうすればいいのだろう。自分がこんなに幸せでいいのだろうか……なんて。
それから。
自分はもらってばかりで、返せていないのではないか、とも思うかもしれない。そうなるともう、バランスは崩れてしまう。こぼれた水はもちろん盆にもどることがない。
「よくわからないけど、彼女は、俺のせいで不安だったってことですか」
千田がつぶやいて目を伏せる。ヨミは苦笑した。
「もしかしたら、の話ですけどね。わたしは部外者ですから、ただの想像です」
「ん……でも、そうだとしたら、すごく申し訳ないです」
ふいに目を上げた千田とヨミの視線が交差する。千田の顔に自嘲の笑みが浮かんだ。かわいらしい顔には、似合わない表情だ。
「わからないんですよね、俺。昔から」
その言葉が指すものがなんなのか、ヨミにはわからず「なにがですか」と問う。
「人の悩みごととか、よくわからなくて。周りにも、どうせ千田にはわかんないよな、とか言われるし。――人と違うみたいなんですよね、俺。明るすぎて怖い、とか言われるんです」
「ああ……」
それはわかるかもしれない。こんなきらきらしている千田に、ヨミの考えていることはわからないかもなあ、と思ってしまうのは、たしかにある。陰キャと陽キャは、いろいろ違うのだ。まぶしい人は、時々ちょーっとだけ、遠ざけたくなる。と、隠キャなヨミは思う。
「彼女が別れたいって思うほど悩んでいることも、俺は気づけなかったし。なんでかなぁ」
「それが普通ですよ」
「え?」
「人の考えていることなんて、誰にもわかりません。言葉にしないけど察してね、っていうのは他人任せです。そんなの、わかるわけない」
きょとんとする千田に、ヨミは微笑んだ。
「彼女さんが幸せでいっぱいいっぱいなことが別れた原因なら、よかったじゃないですか」
だって最終的な結果がどうであれ、それはまぎれもなく、彼女は幸せだったということだ。
「あふれてしまうくらいに、たくさんの幸せをあげられた千田くんは、きっと、とても、すごいんですよ」
それにヨミの勝手な仮説が合っていようと間違っていようと、幸せだった日々があったことは事実だと思う。じゃなきゃ元カノさんだって、千田と付き合っていないだろう。
「千田くんは、すごいんです」
真っ直ぐ千田の瞳を見て、彼の心に届くように言った。
とはいえ。
本当のところはヨミにわかるはずもないのだけど。もしかしたら彼女さんの「嫌いになったわけじゃない」というのも嘘かもしれないし。けれどどうせ別れてしまえば、千田と恋人が会うことはなくなるのだ。それなら自分のいいように解釈してしまった方がいい。世の中を生きていくには、そういう都合のよさが必要になるときもある。大人は時にずるいのだ。
「すごい、ですか」
「はい。すごいです。素敵ですよ、千田くんは」
「フラれたのに?」
「それでもすごい」
千田はぽかんとして、ヨミを見つめた。
「――お姉さん、なんか特殊ですね。考え方が」
「妙な方向に向かうポジティブシンキング女王と言われます」
「ああ、うん、そんな感じです。えげつないポジティブ。びっくりするくらい」
「変ですか?」
千田はいいえ、と首を振る。
「いいと思います」
それからまた目を伏せて、すこしの間黙っていた。
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