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第一章 ヨミ、失恋中の大学生に出会う
(四)
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「荷物はまた片づけに来るから置いといてって、そのまま出て行っちゃったんです。だけど彼女が置いていった図書館の本は今日が返却日だったみたいなんで、俺が代わりに返しに来たんだけど」
「ああ、女性向けの本ばっかりだなあとは思いました」
「そうなんですよ。彼女がね、もうすぐ誕生日だったからどうやってお祝いしようかなーとかいろいろ考えてたのに、全部無駄になっちゃいました。もう、やんなっちゃいます」
千田はサラダをつつきながらずっとしゃべっている。ヨミは適度にうなずきながら、サラダをいただいた。豆腐、美味しい。
「あーあ、誕生日、祝わせてほしかったなあ」
特大のため息をつく千田を見て、ヨミはむずむずっとしてフォークの動きを止めた。目の前に落ち込んでいる人がいると、なにかしなくてはと思ってしまう。このまま放置というのも、冷たいだろうし。ほらやっぱりそこは、姉属性の性だ。うーむ、と考えて言ってみる。
「千田さんは、ちゃんと彼女にプレゼントをあげられたんじゃないですか?」
「千田でいいですよ。お姉さんのが年上だし」
「じゃあ千田くん」
「はい。で、どういうことですか?」
こてんと首をかしげられる。てきぱきした女性店員が空いたサラダの皿を片づけていった。
「彼女さんは、千田くんと別れて爽やか気分で誕生日を迎えることができるのかもしれません。別れたかった彼氏から解放された誕生日、それって素敵な日になるんじゃないでしょうか。いいプレゼントですね」
「ええ、なんですかそれ……!」
「あ、泣かないでください。なぐさめてますから」
「うそ、どこが」
「最高の誕生日プレゼントをあげられた千田くんは、すごい、素敵、いい子です」
「ありがとうございます……、じゃないですよー。つらいです、それ」
千田がぐすんと鼻を鳴らす。あれ、おかしいな。こんなはずでは。
ポジティブが一番だ、とヨミは思っている。妹いわく「お姉ちゃんのポジティブは謎の方向に向かってるから常人にはついていけないよ」ということらしいけれど、謎でも強引でも悩むよりいいと思うのだ。
――やっぱり変人なのか、わたし。
女性店員が「焼き立てパンです」とバスケットに入ったパンを持って来た。ぐすんぐすんしている男と、料理に舌鼓を打っている女というちょっと特殊な空間だけれど、店員はヨミたちの会話を一切気にしない様子。クールだ。そう思って、気づく。
ネクタイが青色だ。赤じゃなかった?
「さっきとは別の店員さんですよ」
こそっと千田がささやいた。
「双子さんなんです。そっくりで、俺もよくどっちがどっちだかわからなくなります」
「ああ、そうなんですね」
奥に戻っていく店員を見ていると、赤いネクタイの店員も出てきて、ふたりでなにか話しはじめた。鏡写しみたいだ。ここの双子は顔も性格も瓜二つらしい。
香ばしい小麦の香りがふわっと漂う。手にとってみると、なるほど温かい。焼き立てだ。
「俺、なんでフラれたのかわかんないんですよね」
まあ、わかっていたら別れてないだろうなあ。そう思うけれど、千田の傷を抉ってしまいそうだから、別の言葉を送った。
「パン美味しいですよ」
「いただきます」
千田は白くて丸いパンをがぶりとかじった。うま、とパンを平らげて、ため息をつく。
「ごめんね、って謝られたんですよ、彼女に」
「はあ」
ごめんね。
「すごく申し訳なさそうに謝られちゃって。だから俺も、いいよいいよって言うしかなかったんです。ぜんぜんよくないんですけどね」
ごめんね、とは。なんの謝罪だろう。
ヨミの頭にぱっと浮かんだのは、
「絶対違います」
「まだなにも言ってないですよ、千田くん」
「浮気とか、できる子じゃなかったので」
なにも言っていないけど、ちゃんと考えていることは伝わっていたらしい。
「ああ、女性向けの本ばっかりだなあとは思いました」
「そうなんですよ。彼女がね、もうすぐ誕生日だったからどうやってお祝いしようかなーとかいろいろ考えてたのに、全部無駄になっちゃいました。もう、やんなっちゃいます」
千田はサラダをつつきながらずっとしゃべっている。ヨミは適度にうなずきながら、サラダをいただいた。豆腐、美味しい。
「あーあ、誕生日、祝わせてほしかったなあ」
特大のため息をつく千田を見て、ヨミはむずむずっとしてフォークの動きを止めた。目の前に落ち込んでいる人がいると、なにかしなくてはと思ってしまう。このまま放置というのも、冷たいだろうし。ほらやっぱりそこは、姉属性の性だ。うーむ、と考えて言ってみる。
「千田さんは、ちゃんと彼女にプレゼントをあげられたんじゃないですか?」
「千田でいいですよ。お姉さんのが年上だし」
「じゃあ千田くん」
「はい。で、どういうことですか?」
こてんと首をかしげられる。てきぱきした女性店員が空いたサラダの皿を片づけていった。
「彼女さんは、千田くんと別れて爽やか気分で誕生日を迎えることができるのかもしれません。別れたかった彼氏から解放された誕生日、それって素敵な日になるんじゃないでしょうか。いいプレゼントですね」
「ええ、なんですかそれ……!」
「あ、泣かないでください。なぐさめてますから」
「うそ、どこが」
「最高の誕生日プレゼントをあげられた千田くんは、すごい、素敵、いい子です」
「ありがとうございます……、じゃないですよー。つらいです、それ」
千田がぐすんと鼻を鳴らす。あれ、おかしいな。こんなはずでは。
ポジティブが一番だ、とヨミは思っている。妹いわく「お姉ちゃんのポジティブは謎の方向に向かってるから常人にはついていけないよ」ということらしいけれど、謎でも強引でも悩むよりいいと思うのだ。
――やっぱり変人なのか、わたし。
女性店員が「焼き立てパンです」とバスケットに入ったパンを持って来た。ぐすんぐすんしている男と、料理に舌鼓を打っている女というちょっと特殊な空間だけれど、店員はヨミたちの会話を一切気にしない様子。クールだ。そう思って、気づく。
ネクタイが青色だ。赤じゃなかった?
「さっきとは別の店員さんですよ」
こそっと千田がささやいた。
「双子さんなんです。そっくりで、俺もよくどっちがどっちだかわからなくなります」
「ああ、そうなんですね」
奥に戻っていく店員を見ていると、赤いネクタイの店員も出てきて、ふたりでなにか話しはじめた。鏡写しみたいだ。ここの双子は顔も性格も瓜二つらしい。
香ばしい小麦の香りがふわっと漂う。手にとってみると、なるほど温かい。焼き立てだ。
「俺、なんでフラれたのかわかんないんですよね」
まあ、わかっていたら別れてないだろうなあ。そう思うけれど、千田の傷を抉ってしまいそうだから、別の言葉を送った。
「パン美味しいですよ」
「いただきます」
千田は白くて丸いパンをがぶりとかじった。うま、とパンを平らげて、ため息をつく。
「ごめんね、って謝られたんですよ、彼女に」
「はあ」
ごめんね。
「すごく申し訳なさそうに謝られちゃって。だから俺も、いいよいいよって言うしかなかったんです。ぜんぜんよくないんですけどね」
ごめんね、とは。なんの謝罪だろう。
ヨミの頭にぱっと浮かんだのは、
「絶対違います」
「まだなにも言ってないですよ、千田くん」
「浮気とか、できる子じゃなかったので」
なにも言っていないけど、ちゃんと考えていることは伝わっていたらしい。
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