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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ

27.仲直りにドーナツをどうぞ2

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 その週の土曜日のことだ。勇樹はまた店に訪れてくれた。今度は、恋人も伴って。
 
 快が彼女を見たのは一度だけ。そのとき彼女は、店の前で勇樹と口喧嘩をして帰ってしまったから、まともに会うのは今日がはじめてだ。以前勇樹の頬を打った話を聞いたことがあったが、なるほど、気の強そうな女子高生だった。

「うっわ。お兄さん、めっちゃイケメンですね。イケメン見られるだけで、ええ店って感じやわあ」
「どうも」

 ひなたが、すこしおびえたように快の足にへばりつく。すると彼女は苦笑した。

「ごめんな。うち、目つき悪いってよう言われるんよ」
「こちらこそ、すみません。ひなたは人見知りなので、あまり気にしないでもらえると」
「……快さん、この間の試作品のことなんやけど」

 話に置いていかれた勇樹が、こほんと咳払いする。そっと身を乗り出して、快に小声で問いかけた。

「あのメッセージカード、もとから入ってたっけ?」
「ああ。入ってたぞ」
「……おせっかい」
「なんとでも」

 勇樹に渡した試作品のドーナツを入れた紙袋には、快がメッセージカードをあとから入れた。もちろん魔法で。内容は「いろいろな意見がほしいから。彼女にも食べてもらってくれ。質問もしたいから、感想は店で聞かせてほしい」というもの。

 中に入れたドーナツは二種類。それをふたつずつ。

 たぶん、ぶっきらぼうな勇樹に直接カードを渡しても、受け取ってもらうのはむずかしいと考えて、あとから忍ばせる形にしたのだ。根がやさしい勇樹なら、頼まれれば断らない。これが恋人と話すきっかけになればいい。あわよくば、ふたりそろって店に来てくれればいい。そう思ってのことだ。

「はい! いちごのドーナツ、おいしかったです。なんやろ、素朴な味っていうんかな? いつも食べてるいちごとはちがう感じで」

 早速感想を教えてくれる恋人に、快はうなずく。勇樹を見て「おまえは?」と訊くと、勇樹もしぶしぶ答えてくれる。

「おいしかった。甘さもちょうどええし。ふつうのいちごとは味がちがってて」
「それ、さっきうちが言った」
「う、うるさいな、いいやろべつに!」
「勇樹はすーぐ怒る。お兄さん、あのいちごのドーナツあったら、うち絶対買いますよ」

 軽やかに応酬する高校生たちに、快は微笑んだ。

「あれは冬いちごっていう、山で採れるいちごを使ったものなんです。今回たまたま手に入ったからつくってみただけなので、メニューに入れるかどうかは、なんとも言えないんですけど。でも口に合ったみたいでよかった」

 小鬼からもらった冬いちごを使ったドーナツをつくって渡したのだ。あれは小鬼から勇樹への詫びでもあったのだし、どうにか勇樹にも食べさせたいと思って、こういう形にした。おいしく食べてもらえたことは、手紙に書いて小鬼に送ってやろう。

「あ、もう一種類のほうも、特別感あってよかったです。あれは商品にするつもりなんですか?」
「ふたりからの評価がよければ、メニューに入れようと思ってます」
「絶対、入れてください! めっちゃおいしかったんで」

 恋人がぐっとこぶしをにぎって言ってくれる。となりでは勇樹もこくこくとうなずいている。

「ひなも、あれ、すき」

 ひなたまで、熱心に言ってくれる。快が考案した初メニューはウケがいいようだ。安心した。

「じゃあ、あのドーナツは商品化決定で」
「おー、おめでとうございます! ほら勇樹も」
「ちょ、痛いわ。……おめでとうございます」

 恋人に背中をたたかれながら、勇樹は口をとがらせて言った。

 その姿は、喧嘩をしているようにはとても見えない。恋人のほうは元気がありあまって勇樹の扱いが雑にも見えるし、勇樹はつっけんどんな態度にも見えるけれど、彼らはこれが自然体なのだろう。

 ドーナツをともに食べることで、仲直りができたのだろうか。だとしたら、快もうれしい。
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