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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ

23.種明かしはドーナツとともに2

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「え。もう行くのか? ルナも家にいればいいだろう。そのほうがひなたも喜ぶだろうし」
「いえいえ。気ままな生活が結構気に入っているんです。やはり猫はこうでなくてはね。ですが、またドーナツを買うついでに見守りに来ますよ」
「ああ……、って、また?」

 首をかしげた快に、黒猫は喉を鳴らして、ふいに煙に包まれた。やがて煙の中から聞き知った婦人の声がする。煙が晴れるごとに、その姿も現れた。

 おだやかな笑みを浮かべる婦人は、常連の――。

「つ、月子さん……?」

 快は目をまたたいた。またたいてみても、見えるものはなにも変わらない。ふふふ、と月子が口に手をそろえて笑う。口調を軽やかなものに変えた。

「わたしも化け猫だから、ひとにくらい化けるわよ。快さんったら、名前で気づいてくれるかと思ったのに、その様子じゃひとかけらも疑ってなかったみたいね」

 あまりにも驚いてしまって、快はつぎの言葉がなかなか出てこなかった。

「ルナが月子さんだったのか……。ひとに化けられるって知らなかった」
「クロエが猫の姿のほうが好きだって言うから、めったに家では化けなかったのよ」

 月子はいたずらが成功したような顔をした。

 顔見知りがいつの間にか客として来ていたなんて、恥ずかしいにもほどがある。つい頬が赤くなって、八尋が、おお、と感心した声をあげた。まるで「今度ぼくも変化して驚かせに来ようかなあ」などと考えていそうな表情までしている。やめてほしい。

 しかし、人見知りのひなたが月子になついていたことも、これで納得できた。それと同時に、だまされてばかりだなと頭が痛くなってくる。

 月子は愉快そうに目を細め、ひなたに手をふった。

「じゃあ、ひなた。また会いに来ますからね」
「うん」
「快さんも、ときどき様子を見に来ますから、しっかりね」
「……はい。まいどです」

 月子は優雅に店を出て行く。快は苦笑してそれを見送る。なにはともあれ、子育てにもくわしい祖母猫が近くにいてくれるというのは、快としてもありがたい。

 だが、彼女の歩みが一度止まった。どうしたのかと月子の先を見てみると、赤い衣をまとった童がいた。月子は振り返り、快を見る。ふたりは示し合わせたかのように、うなずきあった。

 月子は微笑み、今度こそ去っていく。残された快もつづけて店を出ると、小鬼に向かっていった。びくっと跳ねた小鬼が逃げる前に先手を打つ。

「もう俺にかかっている魔法は解いたから、近づいても平気だぞ」
「……といた、といた?」
「ああ」

 父が快にかけたという、魔除けはすでに解いた。店のものはまだ残ったままだが、快に近づくぶんには支障がない。小鬼もそれがわかったのか、走り出そうとした足を止めて快を見上げる。

「手、怪我しただろう。悪かったな」

 先日、快をつかんだ小鬼の右手。そこに視線を向けると、ばっと小鬼は手を背中にまわして隠してしまった。たぶん、そこにはひなたと同じように雷が走ったような傷があるはずだ。

 小鬼は、快が記憶を取りもどすためのきっかけになってくれた。あの一件がなければ、快はなにも知らないまま、ひなたと離れ離れになっていただろう。そう思うと、小鬼は功労者のようにも見えてくる。

 だが、どうしてそんなことをしたのか、わからない。

 小鬼のせいでぶっきらぼう高校生の勇樹が迷惑しているのも事実だし、快としては複雑な気持ちだ。礼を述べるべきか、責めるべきか。

「おまえ、なにがしたかったんだ?」
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