上 下
74 / 83
第三章 仲直りの、ドーナツケーキ

22.種明かしはドーナツとともに1

しおりを挟む
「まさか、ぼくの記憶も消されてたなんてねえ」
「八尋くんも事実を知ったのだから、そのうち思い出すはずですよ。もともと、あなたは妖術や魔法の類が効きにくい子のようです。だから幼いころにひなたを連れてトロッコ列車に乗ったことも、おぼろげながら覚えていたのでしょうし」
「ああ、あれね。快さんはまったく覚えてへんかったなあ。ぼく、優秀や」
「うるさいぞ」

 開店前、快は店のキッチンで作業しながら、売り場にいる八尋に視線を送る。

 八尋は折りたたみの椅子に座り、その横には黒猫のルナを抱きかかえたひなたも並んで座っている。キッチンに動物を入れるわけにはいかないから、こういう配置になった。

 彼らは、キッチンを眺めながらこれまでのことを話していた。すべての事情を知っているルナが、もっぱらの話し手だ。ちなみにひなたは眠いらしく、目をすぼめて時おり船も漕いでいる。

「ひなたの願いで、クロエはみなさんの記憶を消しました。クロエや快の両親、それからわたしなんかは覚えたままですけど。それから、怜さんが店と快さん自身に小鬼除けの魔法をかけました。心配性なんですよね、あの子は。小鬼を避けるために、わざわざイギリスにまで引っ越したくらいで」
「え。父さんがイギリス行きを決めたのって、俺のせいなのか」

 つい快の手が止まる。イギリスに渡った理由を、快の父は「本場で魔法を学びたい」と話していた。それも嘘だったのか。

 そういえば、快が日本に帰りたいと言ったときも、父が必死に止めてきたからうっとうしかった覚えがある。いま思うと、あれも小鬼のいる日本に帰らせたくなかったからだったのだろう。

 過保護だ。でもそれだけ心配させてしまったことは申し訳ない。両親にも今度謝ろうと思いながらリングドーナツを揚げ、快はホイップクリームの用意をはじめる。泡立てつつ聞いた。

「俺がイギリスにいた間、ひなたは?」
「クロエとわたしと過ごしていましたよ。クロエが魔力を与えていましたから、発育は遅いですが、きちんと成長しています。こうしてひとに化けるまでになりました」
「そっか……、俺が子どものときは化けられなかったもんな。ばあちゃんに感謝しないと」
「ええ。ただ快さんが帰国してからは、野良猫暮らしになりましたけど。そこは、わたしがそばにいて支えましたから、安心してください」

 たしかに快が祖母と暮らすようになってから、ルナは家を留守にしがちだった。あれは、ひなたのそばにいるためだったのか。本当に、祖母にもルナにも迷惑をかけとおしだったらしい。

「悪いな、ルナ」
「いえいえ。クロエが亡くなって、わたしも使い魔契約が切れましたから、いまや気ままな化け猫暮らし。孫の世話ができるのは楽しいものですよ」

 黒猫はちゃめっ気たっぷりに片目を閉じた。

 祖母が亡くなって、快が店を継いだとき、ルナとひなたは予想どおりだなと思ったらしい。快の魔法嫌いが治るようにそばにいてあげて、という祖母の言いつけを守ることにした。

 店を継いだ夏にすぐ行動しなかったのは、快が店の営業に慣れるまではそっとしておこうというルナの配慮だ。

 なにからなにまで頭が上がらない。自分は守られてばかりだ。

 今度は俺が、彼らを守れるようになろう。そう心に決めて、出来上がったばかりのリングドーナツに飾りを施していった。ホイップクリームに、チョコチップに、いちごに、粉砂糖……と、これでもかというくらいトッピングをしていく。

 その様子を見ていた八尋は「うわ」と苦笑した。甘党の八尋といえど、盛りすぎだと思ったのだろう。だがとなりにいるひなたは眠気も吹き飛んだ様子で、顔を輝かせた。

 椅子から立ち上がり、抱えていたルナを八尋に託すと、ととと、と快のもとに駆け寄ってくる。ぴん、と猫の耳としっぽが出てきていた。勢いのままに快の足に抱きつく。

「どーなつ!」
「ああ。ひなたのためのドーナツだ」

 かつて快がつくった甘すぎるレシピ。ひなたの要望を詰め込んでつくったものだ。やっと、食べさせてあげられる。

 トッピングが落ちないよう慎重にひなたの口もとに持っていくと、ひなたはすぐさま、かじりついた。口のまわりをクリームで汚しながら、それでも満面の笑みを見せる。

「おいしいっ!」
「そうか」

 言葉もそうだが、一番感情を伝えてくるのはその表情だ。ここまでうれしそうにドーナツを食べてくれるのは、ひなたくらいだろう。

「落とさないように気をつけて食べろよ。ああほら、口のまわりすごいことになってる」
「んー」

 ドーナツをひなたに手渡し、ティッシュで顔を拭いてやる。ひなたは甘えるようにしっぽを絡めてくるから、さらに笑ってしまった。わしゃわしゃと頭をなでてやる。

 そんな快たちを、ルナは目を細めて見つめていた。やがて、音もたてずに八尋の腕から床におり立つ。

「それでは、わたしは帰るとしましょう」
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴
キャラ文芸
高校一年生のカズキは、ある日突然現れた“黒い虎のような猫”ハヤキに連れられて 長崎の佐世保にかつて存在した、駅前地下商店街を模倣した異空間 【佐世保地下異界商店街】へと迷い込んでしまった。 ――神・妖怪・人外が交流や買い物を行ない、浮世の肩身の狭さを忘れ楽しむ街。 そんな場所で、カズキは元の世界に戻るために、種族不明の店主が営むジャズ喫茶 (もちろんお客は人外のみ)でバイトをする事になり、様々な騒動に巻き込まれる事に。 かつての時代に囚われた世界で、かつて存在したもの達が生きる。そんな物語。 -------------- 主人公:和祁(カズキ)。高校一年生。なんか人外に好かれる。 相棒 :速来(ハヤキ)。長毛種で白い虎模様の黒猫。人型は浅黒い肌に金髪のイケメン。 店主 :丈牙(ジョウガ)。人外ジャズ喫茶の店主。人当たりが良いが中身は腹黒い。   ※字数少な目で、更新時は一日に数回更新の時もアリ。  1月からは更新のんびりになります。  

ようこそ猫カフェ『ネコまっしぐランド』〜我々はネコ娘である〜

根上真気
キャラ文芸
日常系ドタバタ☆ネコ娘コメディ!!猫好きの大学二年生=猫実好和は、ひょんなことから猫カフェでバイトすることに。しかしそこは...ネコ娘達が働く猫カフェだった!猫カフェを舞台に可愛いネコ娘達が大活躍する?プロットなし!一体物語はどうなるのか?作者もわからない!!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

鬼の閻火とおんぼろ喫茶

碧野葉菜
キャラ文芸
ほっこりじんわり大賞にて奨励賞を受賞しました!ありがとうございます♪ 高校を卒業してすぐ、急逝した祖母の喫茶店を継いだ萌香(もか)。 気合いだけは十分だったが現実はそう甘くない。 奮闘すれど客足は遠のくばかりで毎日が空回り。 そんなある日突然現れた閻魔大王の閻火(えんび)に結婚を迫られる。 嘘をつけない鬼のさだめを利用し、萌香はある提案を持ちかける。 「おいしいと言わせることができたらこの話はなかったことに」 激辛採点の閻火に揉まれ、幼なじみの藍之介(あいのすけ)に癒され、周囲を巻き込みつつおばあちゃんが言い残した「大切なこと」を探す。 果たして萌香は約束の期限までに閻火に「おいしい」と言わせ喫茶店を守ることができるのだろうか? ヒューマンドラマ要素強めのほっこりファンタジー風味なラブコメグルメ奮闘記。

処理中です...