魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい

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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ

22.種明かしはドーナツとともに1

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「まさか、ぼくの記憶も消されてたなんてねえ」
「八尋くんも事実を知ったのだから、そのうち思い出すはずですよ。もともと、あなたは妖術や魔法の類が効きにくい子のようです。だから幼いころにひなたを連れてトロッコ列車に乗ったことも、おぼろげながら覚えていたのでしょうし」
「ああ、あれね。快さんはまったく覚えてへんかったなあ。ぼく、優秀や」
「うるさいぞ」

 開店前、快は店のキッチンで作業しながら、売り場にいる八尋に視線を送る。

 八尋は折りたたみの椅子に座り、その横には黒猫のルナを抱きかかえたひなたも並んで座っている。キッチンに動物を入れるわけにはいかないから、こういう配置になった。

 彼らは、キッチンを眺めながらこれまでのことを話していた。すべての事情を知っているルナが、もっぱらの話し手だ。ちなみにひなたは眠いらしく、目をすぼめて時おり船も漕いでいる。

「ひなたの願いで、クロエはみなさんの記憶を消しました。クロエや快の両親、それからわたしなんかは覚えたままですけど。それから、怜さんが店と快さん自身に小鬼除けの魔法をかけました。心配性なんですよね、あの子は。小鬼を避けるために、わざわざイギリスにまで引っ越したくらいで」
「え。父さんがイギリス行きを決めたのって、俺のせいなのか」

 つい快の手が止まる。イギリスに渡った理由を、快の父は「本場で魔法を学びたい」と話していた。それも嘘だったのか。

 そういえば、快が日本に帰りたいと言ったときも、父が必死に止めてきたからうっとうしかった覚えがある。いま思うと、あれも小鬼のいる日本に帰らせたくなかったからだったのだろう。

 過保護だ。でもそれだけ心配させてしまったことは申し訳ない。両親にも今度謝ろうと思いながらリングドーナツを揚げ、快はホイップクリームの用意をはじめる。泡立てつつ聞いた。

「俺がイギリスにいた間、ひなたは?」
「クロエとわたしと過ごしていましたよ。クロエが魔力を与えていましたから、発育は遅いですが、きちんと成長しています。こうしてひとに化けるまでになりました」
「そっか……、俺が子どものときは化けられなかったもんな。ばあちゃんに感謝しないと」
「ええ。ただ快さんが帰国してからは、野良猫暮らしになりましたけど。そこは、わたしがそばにいて支えましたから、安心してください」

 たしかに快が祖母と暮らすようになってから、ルナは家を留守にしがちだった。あれは、ひなたのそばにいるためだったのか。本当に、祖母にもルナにも迷惑をかけとおしだったらしい。

「悪いな、ルナ」
「いえいえ。クロエが亡くなって、わたしも使い魔契約が切れましたから、いまや気ままな化け猫暮らし。孫の世話ができるのは楽しいものですよ」

 黒猫はちゃめっ気たっぷりに片目を閉じた。

 祖母が亡くなって、快が店を継いだとき、ルナとひなたは予想どおりだなと思ったらしい。快の魔法嫌いが治るようにそばにいてあげて、という祖母の言いつけを守ることにした。

 店を継いだ夏にすぐ行動しなかったのは、快が店の営業に慣れるまではそっとしておこうというルナの配慮だ。

 なにからなにまで頭が上がらない。自分は守られてばかりだ。

 今度は俺が、彼らを守れるようになろう。そう心に決めて、出来上がったばかりのリングドーナツに飾りを施していった。ホイップクリームに、チョコチップに、いちごに、粉砂糖……と、これでもかというくらいトッピングをしていく。

 その様子を見ていた八尋は「うわ」と苦笑した。甘党の八尋といえど、盛りすぎだと思ったのだろう。だがとなりにいるひなたは眠気も吹き飛んだ様子で、顔を輝かせた。

 椅子から立ち上がり、抱えていたルナを八尋に託すと、ととと、と快のもとに駆け寄ってくる。ぴん、と猫の耳としっぽが出てきていた。勢いのままに快の足に抱きつく。

「どーなつ!」
「ああ。ひなたのためのドーナツだ」

 かつて快がつくった甘すぎるレシピ。ひなたの要望を詰め込んでつくったものだ。やっと、食べさせてあげられる。

 トッピングが落ちないよう慎重にひなたの口もとに持っていくと、ひなたはすぐさま、かじりついた。口のまわりをクリームで汚しながら、それでも満面の笑みを見せる。

「おいしいっ!」
「そうか」

 言葉もそうだが、一番感情を伝えてくるのはその表情だ。ここまでうれしそうにドーナツを食べてくれるのは、ひなたくらいだろう。

「落とさないように気をつけて食べろよ。ああほら、口のまわりすごいことになってる」
「んー」

 ドーナツをひなたに手渡し、ティッシュで顔を拭いてやる。ひなたは甘えるようにしっぽを絡めてくるから、さらに笑ってしまった。わしゃわしゃと頭をなでてやる。

 そんな快たちを、ルナは目を細めて見つめていた。やがて、音もたてずに八尋の腕から床におり立つ。

「それでは、わたしは帰るとしましょう」
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