魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい

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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ

21.きみといっしょに3

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 かぼそい声で紡がれるのは、小さな願い。

「ずっと……、まってた。ひなは、ひとりでずっと、かいがかえってくるの、まってた」

 快がなにもかもを忘れてイギリスで過ごしている間、ずっとずっと。再会してからも、快に忘れ去られながら、ひとりですべてを抱えて。ひなただって平気なわけがない。寂しくないわけがない。苦しくないわけがない。

 それを示すように、ひなたの涙は止まらない。

「ひな、は……、かいのそばに、いても、いい?」

 泣きじゃくるひなたの頬をなでる。

「ああ。そばにいてくれ」

 ひなたは顔をくしゃくしゃにして、きつく目を閉じた。小刻みにふるえる肩を抱き寄せようと、快は手を伸ばす。だがそれより先に、とすん、と衝撃が快の胸に飛び込んだ。

「ひなは、ここにいたい……!」

 ひなたは快の胸に顔をうずめて、小さな手で必死に抱きついてくる。苦しいくらいに抱きついて、嗚咽を上げた。快の魔法でぬくもりを取りもどしつつある小さな身体が、快には熱いくらいだった。

「もう、わすれないで。ひなのこと、ちゃんと、おぼえてて」
「ああ。待たせてごめん」

 快もひなたをきつく抱きしめる。嗚咽とともに上下する小さな身体を、力いっぱいに抱きしめる。

 本当に、何年も待たせてしまった。だけどもう、忘れるなんてしないから。ずっとずっと覚えているから。快のたったひとりの使い魔で、大切な家族のことを。

「忘れない、絶対に」

 今度はともに笑い合おう。心の底から、笑顔になろう。

 ドーナツをともに食べよう。いっしょに昼寝をしよう。散歩も配達も、ともに行こう。

 今度は寂しい思いなんてさせないから。

*****

 あれほど降っていた雨なのに、いつのまにか雨足は弱まりつつあった。それを示すように、さきほどよりも周囲がほのかな明るさを取りもどしていく。空を覆っていた雲が払われ、星や月が顔を出す。

 快の魔法で生み出された地上の灯りたちは、やがて幻であったかのように、夜の闇に溶けて消えていく。そのころには、夜空の星たちが地上までをも明るく照らそうとしていた。

 魔法の光は消えた。

 けれど抱きしめるぬくもりは、そこにありつづけた。
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