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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ
18.追いかけて3
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「ひなた!」
快はとっさに腕を伸ばした。これ以上ないという速さを出した。ひなたの身体は川の上に放り出される。手を伸ばす。届け。あともうすこし。届け。
手にたしかな感触があって、すぐさま胸に抱きしめる。
だが、スピードを止めきれなかった。快は勢いのまま河川敷に突っ込んだ。ひなたを抱えたまま身体の向きを変え、背中から地面にぶつかる。衝撃に息が止まり、一瞬意識も飛びかける。
ようやくこぼしたうめき声に、胸の上に乗っているひなたが目を丸めた。心配そうな声で鳴いたが、それはわずかなことで、すぐに身体を暴れさせて快の腕から逃げようとした。快も負けじとひなたを抱く手に力を込める。
子猫の姿では敵わないと判断したのか、ひなたは少年の姿になった。
「はなして!」
「だめだ。頼むから、話を聞いてくれ!」
「やだ!」
「ひなた、お願いだ」
「やっ!」
じたばたと暴れるひなたと、押さえつける快の攻防がつづく。ふたりとも雨に濡れていたから、河川敷の砂や泥にまみれた。でも快はそんなこと気にしなかった。
「もう全部思い出したから、ひなたのこと疑わないから。だから逃げないでくれ」
「だめ!」
ひなたは首をふって、いっそう手足をばたつかせる。
「かいは、ひなをわすれてないとだめ! ひながそばにいたら、かいがなくから!」
暴れるひなたの袖がめくれた。その腕に、雷が走ったような傷痕が見えた。はっとして、快の手から力が抜ける。そのすきに、ひなたは腕から抜け出した。あの傷は、自分がつけたものだ。
「……ひなた」
走り去ろうとしたひなただったが、快の弱々しい声にぴたりと足を止める。その声はさきほど叫んでいたときよりも小さいはずなのに、不思議と雨音にも負けずによく響いた。
ひなたを傷つけたのは自分だ。それなのに、ひなたは快のために自身の存在すら消してみせた。ひなたが弱っていく間、快はなにも知らずに安穏とした日々を送っていた。そんな自分を許せるわけもない。
目の奥が熱くなった。雨と混ざることもなく、熱いままに涙が頬を伝う。
「ごめん。俺のせいだよな。その傷も、弱っていたのも。全部俺の……」
記憶をなくしたくせに、中途半端に残ったわだかまりだけを抱えて生きてきた。すぐ傷つきそうだから小さな生き物が嫌い。魔法は苦手。そんなかすかなものだけは残っていた。ひなたを犠牲にしていることなど露とも知らず、中途半端に生きてきたのだ。
「ごめん」
うつむいて謝罪を口にする。どれだけ謝れば、自分の罪は消えるだろうか。わからないから、ごめん、と口にしつづける。そうするしか、快にはできなかった。胸が苦しくて、息をすることすら億劫だ。
雨と川の音が暗闇に響く。
「――かい」
どれほどそうしていたのか、そっと、やわらかい手が快の頬にふれた。濡れてすっかり冷えてしまっているひなたの手が、快の涙をぬぐう。
「なかないで」
ひなたも泣きそうな顔をしながら訴えてくる。快はたまらず腕をのばして、小さな身体を抱きしめた。ひなたは身を硬くしたけれど、おずおずと抱きしめ返してくる。ほんの小さな手が、快の服をにぎる。
「かいのまほうは、いいまほう」
耳もとでささやかれた。
快はとっさに腕を伸ばした。これ以上ないという速さを出した。ひなたの身体は川の上に放り出される。手を伸ばす。届け。あともうすこし。届け。
手にたしかな感触があって、すぐさま胸に抱きしめる。
だが、スピードを止めきれなかった。快は勢いのまま河川敷に突っ込んだ。ひなたを抱えたまま身体の向きを変え、背中から地面にぶつかる。衝撃に息が止まり、一瞬意識も飛びかける。
ようやくこぼしたうめき声に、胸の上に乗っているひなたが目を丸めた。心配そうな声で鳴いたが、それはわずかなことで、すぐに身体を暴れさせて快の腕から逃げようとした。快も負けじとひなたを抱く手に力を込める。
子猫の姿では敵わないと判断したのか、ひなたは少年の姿になった。
「はなして!」
「だめだ。頼むから、話を聞いてくれ!」
「やだ!」
「ひなた、お願いだ」
「やっ!」
じたばたと暴れるひなたと、押さえつける快の攻防がつづく。ふたりとも雨に濡れていたから、河川敷の砂や泥にまみれた。でも快はそんなこと気にしなかった。
「もう全部思い出したから、ひなたのこと疑わないから。だから逃げないでくれ」
「だめ!」
ひなたは首をふって、いっそう手足をばたつかせる。
「かいは、ひなをわすれてないとだめ! ひながそばにいたら、かいがなくから!」
暴れるひなたの袖がめくれた。その腕に、雷が走ったような傷痕が見えた。はっとして、快の手から力が抜ける。そのすきに、ひなたは腕から抜け出した。あの傷は、自分がつけたものだ。
「……ひなた」
走り去ろうとしたひなただったが、快の弱々しい声にぴたりと足を止める。その声はさきほど叫んでいたときよりも小さいはずなのに、不思議と雨音にも負けずによく響いた。
ひなたを傷つけたのは自分だ。それなのに、ひなたは快のために自身の存在すら消してみせた。ひなたが弱っていく間、快はなにも知らずに安穏とした日々を送っていた。そんな自分を許せるわけもない。
目の奥が熱くなった。雨と混ざることもなく、熱いままに涙が頬を伝う。
「ごめん。俺のせいだよな。その傷も、弱っていたのも。全部俺の……」
記憶をなくしたくせに、中途半端に残ったわだかまりだけを抱えて生きてきた。すぐ傷つきそうだから小さな生き物が嫌い。魔法は苦手。そんなかすかなものだけは残っていた。ひなたを犠牲にしていることなど露とも知らず、中途半端に生きてきたのだ。
「ごめん」
うつむいて謝罪を口にする。どれだけ謝れば、自分の罪は消えるだろうか。わからないから、ごめん、と口にしつづける。そうするしか、快にはできなかった。胸が苦しくて、息をすることすら億劫だ。
雨と川の音が暗闇に響く。
「――かい」
どれほどそうしていたのか、そっと、やわらかい手が快の頬にふれた。濡れてすっかり冷えてしまっているひなたの手が、快の涙をぬぐう。
「なかないで」
ひなたも泣きそうな顔をしながら訴えてくる。快はたまらず腕をのばして、小さな身体を抱きしめた。ひなたは身を硬くしたけれど、おずおずと抱きしめ返してくる。ほんの小さな手が、快の服をにぎる。
「かいのまほうは、いいまほう」
耳もとでささやかれた。
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