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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ
15.幼い日2
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快はどきりとする。いま、口に出しただろうか。
「魔法、使えるけど、弱いんだ」
小鬼は笑いながら言う。さきほどよりもはっきりとした口調で。
「ばあちゃんと、父さんに、敵わないんだ」
どうしてそんなことまで知られているのだろう。まるで心をのぞかれているようだ。背中にぞわりと不気味なものが走った。
「弱いんだ」
「う、うるさい。べつにおれは、よわくない」
一歩後ろに退きながら、快は弁明するように言った。
本当は、わかっていた。自分は弱い。それでもいいと言い聞かせているだけだ。それを言い当てられたことで、心は急いていた。その場から駆け出して、祖母に抱きつきたかった。あたたかい手で頭をなでて、「大丈夫よ」と言ってほしかった。
けれど走り出すこともできない。いま逃げ出せば、自分は弱いと示すことになるのではないかと思って。
「弱い、弱い」
小鬼は唄うように言い、けたけたと笑う。
「よ、よわくない! おれ、もっと、つよいまほうだってつかえるし!」
怖さやおびえをまぎらわせるために、快は必死に叫んだ。疑うなら見せてやればいい、と指先に力を込める。もっとたくさんの光を生み出してやろう。
足もとで、子猫が心配そうにひと声あげた。
弱くないと示したい。けれど思ったように魔法が使えなかった。そのせいで、また焦燥がつのる。けたけたと笑い声はつづいている。このままじゃだめだ。もっと、もっと――。
視界に白い火花が散ったような気がした。それでも魔力を込めた。心は焦り、冷静さを欠いていた。魔力が暴走しはじめていることに気づかなかった。
ばちっと激しい音がした。
枷のはずれた魔力が、勝手に稲妻のようにほとばしって、周囲に流れる。気づいたときにはもう遅かった。快はうろたえて小さな悲鳴を上げた。まずい、よくないことが起きている。
「ばあちゃ……」
助けを求めようにも、宴会場までがひどく遠く感じる。
どうしよう。止められない。
魔力の稲妻は快自身の肌にも走ろうとしていた。熱くて、うめき声を上げる。怖い。涙がにじんだ視界で、まぶしい白光が走りつづける。このままでは死んでしまうかもしれない。怖くて怖くて、仕方がなかった。だって、こんなことははじめてだ。
たすけて、とふるえた声で言っていた。
魔力が止められない。
魔法が怖い。
だれか、たすけて――。
それは突然だった。
ふいに、光が収束した。
子猫が、快に向かって飛び上がったのだ。
稲妻が子猫の右腕に走る。肉の焦げるような異臭がする。子猫が叫ぶ。それでも、子猫は快に飛びついた。その瞬間、まわりに走っていた稲妻が消えた。唐突に。
子猫は快の使い魔だった。だから、快の魔力を抑えることができたのだ。
突如として夜の暗さを取りもどした山の中で、快は立ち尽くしていた。闇はいっそう濃く見える。静かだった。葉擦れの音が聞こえる。いつの間にか、小鬼の笑い声は消えていた。
けれど、鼻をつく異臭はする。
ようやく目が慣れるころ、快は悲鳴を上げた。
子猫が倒れていた。
異変に気づいた祖母が来てくれて、快と子猫はすぐさま家に帰った。子猫の傷を祖母の魔法で癒そうとしたが、傷は深く、不可能だった。
自分の魔法のせいで、大切な子猫を傷つけてしまった。快は数日泣きつづけ、子猫に謝りつづけた。魔法なんて嫌いだと叫んで、祖母になだめられた。
子猫を見るたびに心は不安と恐怖に揺れて、また魔力が暴走しかけた。そのたびに祖母が止めてくれたが、快の幼い身体のほうが暴走に耐えられなかった。弱って食事すらできなくなっていく快を、家族は心配した。
子猫もまた、自身もぐったりとしながら、衰弱していく快を見ていた。
*****
夜のことだ。
その日も力を暴走させてしまって疲れて眠っていた快だったが、話し声に目が覚めた。
「家と快を、魔除けで守る。もう小鬼が近づけないようにしないと」
父の声に、祖母がためらいがちに応じる。
「力を制御できるようになるまでは、それもいいかもしれないけれど――、でも、記憶まで消してしまうのは、やりすぎではないの?」
「そうでもしないと、快はずっと不安定なままだろう。このままだと快が倒れる。全部忘れさせてやるのがいい」
「だからって、大切な記憶だってあるはずなのに」
祖母と父は長い間なにかを話していたが、やがて祖母がため息をついた。きっかけは父のひと言らしかった。「この子が言い出したことだ、叶えてやろう」という、そのひと言。この子というのは、部屋にいる第三者を指しているらしい。
「……わかったわ。それなら、わたしが記憶を消す魔法をかけましょう。自分のせいで快が苦しむところを、この子も見たくないんだものね。ねえ」
父とはまたべつのだれかに語りかけている。哀しそうな、切なそうな声で。
「あなたは、それがいいのよね。ひなた」
小さな鳴き声が応じた。それでいい、と。
「魔法、使えるけど、弱いんだ」
小鬼は笑いながら言う。さきほどよりもはっきりとした口調で。
「ばあちゃんと、父さんに、敵わないんだ」
どうしてそんなことまで知られているのだろう。まるで心をのぞかれているようだ。背中にぞわりと不気味なものが走った。
「弱いんだ」
「う、うるさい。べつにおれは、よわくない」
一歩後ろに退きながら、快は弁明するように言った。
本当は、わかっていた。自分は弱い。それでもいいと言い聞かせているだけだ。それを言い当てられたことで、心は急いていた。その場から駆け出して、祖母に抱きつきたかった。あたたかい手で頭をなでて、「大丈夫よ」と言ってほしかった。
けれど走り出すこともできない。いま逃げ出せば、自分は弱いと示すことになるのではないかと思って。
「弱い、弱い」
小鬼は唄うように言い、けたけたと笑う。
「よ、よわくない! おれ、もっと、つよいまほうだってつかえるし!」
怖さやおびえをまぎらわせるために、快は必死に叫んだ。疑うなら見せてやればいい、と指先に力を込める。もっとたくさんの光を生み出してやろう。
足もとで、子猫が心配そうにひと声あげた。
弱くないと示したい。けれど思ったように魔法が使えなかった。そのせいで、また焦燥がつのる。けたけたと笑い声はつづいている。このままじゃだめだ。もっと、もっと――。
視界に白い火花が散ったような気がした。それでも魔力を込めた。心は焦り、冷静さを欠いていた。魔力が暴走しはじめていることに気づかなかった。
ばちっと激しい音がした。
枷のはずれた魔力が、勝手に稲妻のようにほとばしって、周囲に流れる。気づいたときにはもう遅かった。快はうろたえて小さな悲鳴を上げた。まずい、よくないことが起きている。
「ばあちゃ……」
助けを求めようにも、宴会場までがひどく遠く感じる。
どうしよう。止められない。
魔力の稲妻は快自身の肌にも走ろうとしていた。熱くて、うめき声を上げる。怖い。涙がにじんだ視界で、まぶしい白光が走りつづける。このままでは死んでしまうかもしれない。怖くて怖くて、仕方がなかった。だって、こんなことははじめてだ。
たすけて、とふるえた声で言っていた。
魔力が止められない。
魔法が怖い。
だれか、たすけて――。
それは突然だった。
ふいに、光が収束した。
子猫が、快に向かって飛び上がったのだ。
稲妻が子猫の右腕に走る。肉の焦げるような異臭がする。子猫が叫ぶ。それでも、子猫は快に飛びついた。その瞬間、まわりに走っていた稲妻が消えた。唐突に。
子猫は快の使い魔だった。だから、快の魔力を抑えることができたのだ。
突如として夜の暗さを取りもどした山の中で、快は立ち尽くしていた。闇はいっそう濃く見える。静かだった。葉擦れの音が聞こえる。いつの間にか、小鬼の笑い声は消えていた。
けれど、鼻をつく異臭はする。
ようやく目が慣れるころ、快は悲鳴を上げた。
子猫が倒れていた。
異変に気づいた祖母が来てくれて、快と子猫はすぐさま家に帰った。子猫の傷を祖母の魔法で癒そうとしたが、傷は深く、不可能だった。
自分の魔法のせいで、大切な子猫を傷つけてしまった。快は数日泣きつづけ、子猫に謝りつづけた。魔法なんて嫌いだと叫んで、祖母になだめられた。
子猫を見るたびに心は不安と恐怖に揺れて、また魔力が暴走しかけた。そのたびに祖母が止めてくれたが、快の幼い身体のほうが暴走に耐えられなかった。弱って食事すらできなくなっていく快を、家族は心配した。
子猫もまた、自身もぐったりとしながら、衰弱していく快を見ていた。
*****
夜のことだ。
その日も力を暴走させてしまって疲れて眠っていた快だったが、話し声に目が覚めた。
「家と快を、魔除けで守る。もう小鬼が近づけないようにしないと」
父の声に、祖母がためらいがちに応じる。
「力を制御できるようになるまでは、それもいいかもしれないけれど――、でも、記憶まで消してしまうのは、やりすぎではないの?」
「そうでもしないと、快はずっと不安定なままだろう。このままだと快が倒れる。全部忘れさせてやるのがいい」
「だからって、大切な記憶だってあるはずなのに」
祖母と父は長い間なにかを話していたが、やがて祖母がため息をついた。きっかけは父のひと言らしかった。「この子が言い出したことだ、叶えてやろう」という、そのひと言。この子というのは、部屋にいる第三者を指しているらしい。
「……わかったわ。それなら、わたしが記憶を消す魔法をかけましょう。自分のせいで快が苦しむところを、この子も見たくないんだものね。ねえ」
父とはまたべつのだれかに語りかけている。哀しそうな、切なそうな声で。
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