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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ

12.不穏3

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 それから店を見渡して、「甥っ子は?」と訊く。ひなたのことだ。

「二階で寝てる。最近ちょっと調子悪いみたいで」
「風邪?」
「そんなとこかな」
「ふーん。じゃ、俺帰るわ。長居したら悪そうやし。ドーナツの匂いかいだら、ちょっと元気出た」

 そんなかわいいことを言いながら、勇樹は雨の降る道を去っていく。本来の勇樹であれば、恋人ともうまくいっていたはずだ。

「八尋、おまえのお祓いってどれくらい効果がもつんだ?」
「一日、二日くらい。そんなに予防の効果はあらへんよ」

 つまり根本的に解決したいなら、小鬼と話してみるしかないということだろう。祓ってもまた憑かれてしまっては堂々巡りだ。だが、あの小鬼と会話ができるだろうか。

「快さんも苦労性やなあ、ひなたくんに高校生くんの面倒も見なあかんなんて」
「そうかもな。……ちょっとひなたの様子見てくる」

 勇樹と小鬼を見てしまったから、つぎはひなたのことが気になってくる。どうぞご自由に、と店番を請け負ってくれる八尋に見送られ、快は二階に上がった。

 ――笑顔でいないとな。

 ひなたにも訊きたいことは山ほどあるのだが、それでも体調を崩してほしいわけではない。このままでは、ひなたはまた痩せて、捨てられていたときと同じような頼りなげな姿になってしまうかもしれない。なるべく気苦労を与えないように、気をつけなければ。

 深呼吸して、ひなたの寝ている部屋に入った。

 寒い、と思った。

 窓を覆うレースカーテンがはためいているのが見える。窓は閉めていたはずだった。ひなたが開けたのだろうか。今日はとくに寒いのに。

 雨が屋根をたたく音が聞こえる。

 ふと見ると、ひなたが寝ているはずの布団は空になっていた。

 どうしてと思っている快の視界で、またカーテンが揺れる。ひときわ大きな風が吹くと、薄いカーテンが持ち上がった。

 猫がいた。

 ひなたよりも大きな黒猫が、ちらりと快を見る。その口には子猫がくわえられていた。

 黒猫は視線をそらして窓の外に飛びおりる。薄闇にその姿が消えた。呆然としていた快の頭に、次の瞬間、さまざまな事柄が浮かんだ。

 捨てられていたひなた。痩せていたひなた。腕に傷を負っていたひなた。大柄な黒猫。連れ去られたひなた――。

 はっとして、窓に駆け寄る。猫の姿はもう見えなかった。

 親猫が連れ去ったのか? ひなたにひどい仕打ちをしたのであろう親が。どうしていまさら、ひなたを連れて行くんだ。いや、考えている場合ではない。

 一階に駆けおりた。

「八尋、店頼む!」
「え、ちょっと、快さん?」

 目を丸める八尋にくわしく話している暇もない。快は外に出ると、ほうきに乗って京の街を飛んだ。雨が打ちつけて、服にしみこんでいく。寒さと焦燥で身がふるえた。

 どこだ。

 必死に目をこらすが、黒猫たちの姿は薄闇に溶けてしまっている。秋の夕暮れは早い。すぐに夜になって、いまよりもっと、なにも見えなくなるだろう。はやく捜さなくては。

 気持ちとは裏腹に、猫の姿はどこにも見つけられない。

 烏はいないか。

 気づいて辺りを見回す。烏ならば、なにか知っているかもしれない。嵐山の烏の手助けがほしいなら、八尋に頼むべきだ。なぜもっと早く気づかなかったのだと舌打ちして、店へと取って返す。

 裏口の前におりようとしたときだった。

「あっ」

 急に、ほうきを引っ張られた。快はバランスを崩して、水たまりに転がる。もうすぐ地面につくという高さだったから怪我こそしないものの、衝撃と冷たさに息が詰まった。

「おまえ……」

 顔を上げれば、小鬼がいた。赤い着物姿の少年が、じっと快を見下ろしている。
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