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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ
11.不穏2
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「快さん、またしかめっ面になってる。色男が台無しや。せめて店にいるときと、ひなたくん前にしてるときは、にこにこしとき」
八尋が呆れたように笑う。今日の彼はいつもよりやさしい。まいっている快には悪ふざけもしにくいのだろうか。やはり根は悪いやつではないのだ。
しかし八尋がそんな様子では、快としても落ち着かない。八尋の悪ふざけを望んでいるわけでは断じてないのだが、調子が狂うというものだ。まったくもって、悪ふざけをしてほしいなどとは思っていないのだが。
「なんです、その顔」
「いや……、八尋がやさしいと、気持ち悪い」
「うわ、ひどい。快さんひどいわあ。ぼく傷ついた」
しくしくと八尋は泣いているふりをする。わざとらしい。でもそうやって茶化してくれることで、すこし気が楽になった。今日はドーナツをおまけしてやろう。
と、そこへ店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ。あ、勇樹か」
見知った常連の姿に、快はほっとした――のもつかの間のことで、まじまじと勇樹を見て困惑に変わった。学校帰りなのか制服姿の勇樹は、外の薄暗がりにも負けないくらいに暗い顔をしていた。
「どうした勇樹」
「快さん、また、あいつと喧嘩したんやけど……」
「彼女さんと?」
こくりと、うなずかれる。これは前にも増してひどい喧嘩をしたのかもしれない。それもこれも、きっと快が巻き込んでしまったためだろう。
視線を向ければ、勇樹の足もとに靄が見えた。なんとなく赤っぽいもの……あの小鬼の姿。それは快を気にするように揺れ動いているようにも見えた。父がつくった魔除けのせいで、小鬼は快にも店にも近づけない。だが、ひとに取り憑いた状態であれば、ちがうのかもしれない。そのために勇樹は巻き込まれたのかも。
あの小鬼は、そうまでして快になにをしたいのだろうか。そんなことを考えたけれど、いまはまず勇樹のことだと首をふる。
「なるほど、快さんの言うてた子か」
八尋がぽんと手を打った。その「子」というのが勇樹のことなのか、小鬼のことなのか。小鬼はもちろん、勇気に迷惑をかけてしまっているということも八尋には相談済みだ。
たまに店の手伝いに来るとはいえ、八尋は常連と親しくなるほど多く働いているわけではない。勇樹は怪訝そうに眉をひそめたが、八尋はマイペースに勇樹のもとまで行くと、
「そんな暗い顔、せんほうがええよっ、と」
「いった……!」
思いきりその背をたたいた。
「はい、リラックスリラックス~」
「ちょ……、快さん、なんなんこのひと!」
「俺の幼なじみだ。悪いやつではないぞ、たぶん」
「たぶんってなんなん! こわいわ!」
八尋がたたいた瞬間に、勇樹の足もとにただよっていた靄が消し飛んだ。お祓いのようなものをしてくれたのだろう。八尋はこれでも妖術が得意なのだ。その理由が「だって妖術って、いたずらに使えるもん」というのがよろしくないところではあるが、この際なんだっていい。
とにかく、一旦は憑きものが取れたのだろう。どことなく、勇樹の顔色もよくなっているような気がする。
「今日はなんで喧嘩したんだ?」
そう訊くとまた暗い顔にもどってしまったものの、きちんと応えてくれた。
「前と同じ。なんかすごいことがあったわけやなくて、小さいことで口喧嘩になって、だんだんヒートアップして、って感じ。でもあいつ、今回は本当に怒ってて」
「そうか……」
それもこれも快が原因だと思うと、なんとも言えなくなってしまって、口をつぐんだ。勇樹もそれ以上思い出したくないようで、うつむいて黙り込む。
ただひとり、八尋はにこにこと笑みを浮かべていた。
「高校生くん。今日はドーナツ売れ残りそうな予感するから、たくさん買ってってええよ。ぼくが許可します。好きなもん、好きなだけ選び」
「いや、俺そんなに金ないし」
「遠慮せんと、いっぱい買って、ぼくのお給料アップに貢献してって」
「いや遠慮っていうか……」
なんなん、このひと、という顔で勇樹が快を見る。快は「すまん」と片手を顔の前にあげて謝罪の格好を取った。それでも、八尋のマイペースさに気が抜けたのか、勇樹はドーナツをふたつ買ってくれた。
八尋が呆れたように笑う。今日の彼はいつもよりやさしい。まいっている快には悪ふざけもしにくいのだろうか。やはり根は悪いやつではないのだ。
しかし八尋がそんな様子では、快としても落ち着かない。八尋の悪ふざけを望んでいるわけでは断じてないのだが、調子が狂うというものだ。まったくもって、悪ふざけをしてほしいなどとは思っていないのだが。
「なんです、その顔」
「いや……、八尋がやさしいと、気持ち悪い」
「うわ、ひどい。快さんひどいわあ。ぼく傷ついた」
しくしくと八尋は泣いているふりをする。わざとらしい。でもそうやって茶化してくれることで、すこし気が楽になった。今日はドーナツをおまけしてやろう。
と、そこへ店のドアが開いた。
「いらっしゃいませ。あ、勇樹か」
見知った常連の姿に、快はほっとした――のもつかの間のことで、まじまじと勇樹を見て困惑に変わった。学校帰りなのか制服姿の勇樹は、外の薄暗がりにも負けないくらいに暗い顔をしていた。
「どうした勇樹」
「快さん、また、あいつと喧嘩したんやけど……」
「彼女さんと?」
こくりと、うなずかれる。これは前にも増してひどい喧嘩をしたのかもしれない。それもこれも、きっと快が巻き込んでしまったためだろう。
視線を向ければ、勇樹の足もとに靄が見えた。なんとなく赤っぽいもの……あの小鬼の姿。それは快を気にするように揺れ動いているようにも見えた。父がつくった魔除けのせいで、小鬼は快にも店にも近づけない。だが、ひとに取り憑いた状態であれば、ちがうのかもしれない。そのために勇樹は巻き込まれたのかも。
あの小鬼は、そうまでして快になにをしたいのだろうか。そんなことを考えたけれど、いまはまず勇樹のことだと首をふる。
「なるほど、快さんの言うてた子か」
八尋がぽんと手を打った。その「子」というのが勇樹のことなのか、小鬼のことなのか。小鬼はもちろん、勇気に迷惑をかけてしまっているということも八尋には相談済みだ。
たまに店の手伝いに来るとはいえ、八尋は常連と親しくなるほど多く働いているわけではない。勇樹は怪訝そうに眉をひそめたが、八尋はマイペースに勇樹のもとまで行くと、
「そんな暗い顔、せんほうがええよっ、と」
「いった……!」
思いきりその背をたたいた。
「はい、リラックスリラックス~」
「ちょ……、快さん、なんなんこのひと!」
「俺の幼なじみだ。悪いやつではないぞ、たぶん」
「たぶんってなんなん! こわいわ!」
八尋がたたいた瞬間に、勇樹の足もとにただよっていた靄が消し飛んだ。お祓いのようなものをしてくれたのだろう。八尋はこれでも妖術が得意なのだ。その理由が「だって妖術って、いたずらに使えるもん」というのがよろしくないところではあるが、この際なんだっていい。
とにかく、一旦は憑きものが取れたのだろう。どことなく、勇樹の顔色もよくなっているような気がする。
「今日はなんで喧嘩したんだ?」
そう訊くとまた暗い顔にもどってしまったものの、きちんと応えてくれた。
「前と同じ。なんかすごいことがあったわけやなくて、小さいことで口喧嘩になって、だんだんヒートアップして、って感じ。でもあいつ、今回は本当に怒ってて」
「そうか……」
それもこれも快が原因だと思うと、なんとも言えなくなってしまって、口をつぐんだ。勇樹もそれ以上思い出したくないようで、うつむいて黙り込む。
ただひとり、八尋はにこにこと笑みを浮かべていた。
「高校生くん。今日はドーナツ売れ残りそうな予感するから、たくさん買ってってええよ。ぼくが許可します。好きなもん、好きなだけ選び」
「いや、俺そんなに金ないし」
「遠慮せんと、いっぱい買って、ぼくのお給料アップに貢献してって」
「いや遠慮っていうか……」
なんなん、このひと、という顔で勇樹が快を見る。快は「すまん」と片手を顔の前にあげて謝罪の格好を取った。それでも、八尋のマイペースさに気が抜けたのか、勇樹はドーナツをふたつ買ってくれた。
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