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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ
8.すれちがい1
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しばらくして、ひなたと月子が帰ってきた。月子は快を気づかいつつも、ドーナツを買って去っていき、ひなたは快の足にはりついた。
どう切り出すべきか、迷った。それで結局、外が暗くなってシャッターを閉めたころ、ようやく意を決した。
「ひなた」
「ん」
「小鬼のこと、なにか知ってるのか?」
おそるおそるといった口調になってしまったのも仕方がないだろう。
小鬼が言っていた「子猫」は、ひなたのことしか思い浮かばなかった。ひなたも小鬼を妙に気にしている節があるし、小鬼となにかしらの関係があるのかもと思うのも自然だと思う。
でもいったい、なにが?
わからなくて不安になる。答えがほしい。
ひなたは、ゆっくりと快を見上げる。その大きなひとみに快を映して、無表情に言った。
「しらない」
ひなたはどちらかといえば、表情がすくない子どもだ。ドーナツをあげたときや快が抱きあげたときなどは満面の笑みになるが、他人を相手にするときは表情がとぼしい。だから、こういう無表情は見慣れているつもりだった。
それなのに、なにかが確実に、いままでのひなたとちがった。「しらない」というひと言を、言葉どおりに受け取ってはいけない気がする。渇いた口を開く。
「小鬼が言ってたんだ。俺の記憶が消されたって。そのことを、ひなたはなにか知ってるか?」
「しらない」
首をふることもなく、快をじっと見つめたまま、ひなたは言う。どうしてそんな顔をするんだろう。「んーん」といつものように首を横にふってくれれば、「おなかすいた」と服を引っ張ってくれれば、快の気も晴れたかもしれないのに。
いつもそばにいたひなたを前にしているはずなのに、感じたことのない緊張がただよった。
「――ひなたは、なんで俺のところに来たんだ」
親はいま、どこにいるんだ。どうして捨てられたんだ。快はひなたのことも、よく知らない。わからないことばかりだ。
「小鬼のこと、教えてくれ。勇樹にまで迷惑がかかってるんだ。対処しないといけないから、なにか知ってることがあるなら……」
「しらない。ひなは、しらないもん」
「でも」
「しらない」
快はひなたと見つめ合った。緊張が走ったのが肌でわかった。針で突き刺されるように、痛い。ひなたはじっと快を凝視している。
この少年はなにかを知っている。知っていて、快に隠している。不安は不審に変わる。
妖怪の中には、ひとをたばかって遊ぶ者もいる。ひなたがそうだとは思わない。人見知りだがやさしい心を持っていることも、笑うと愛らしいことも、快は知っている。それでも、いままでのようにひなたを見ることができない。
快の目には、不審も不安も怪訝も、正直に現れていたのだろう。ふっと、ひなたが目をそらした。
「……しらないもん」
ぼそりと言う声は弱々しい。すこし、快も申し訳なくなった。だが頭をなでてやる気にはなれない。ひなたはすがるように快を見上げたが、無理だ。それがいけなかったのだろう。ひなたはひどく傷ついた顔をした。
「しらない」
いやいやをするように首をふる。
「ひなた」
「しらない。ひなは、なにもしらない」
大きなひとみに、耐えきれないというように涙がにじむ。
「しらないもん。しらない、――かいも、しらないままで、いいもん」
どう切り出すべきか、迷った。それで結局、外が暗くなってシャッターを閉めたころ、ようやく意を決した。
「ひなた」
「ん」
「小鬼のこと、なにか知ってるのか?」
おそるおそるといった口調になってしまったのも仕方がないだろう。
小鬼が言っていた「子猫」は、ひなたのことしか思い浮かばなかった。ひなたも小鬼を妙に気にしている節があるし、小鬼となにかしらの関係があるのかもと思うのも自然だと思う。
でもいったい、なにが?
わからなくて不安になる。答えがほしい。
ひなたは、ゆっくりと快を見上げる。その大きなひとみに快を映して、無表情に言った。
「しらない」
ひなたはどちらかといえば、表情がすくない子どもだ。ドーナツをあげたときや快が抱きあげたときなどは満面の笑みになるが、他人を相手にするときは表情がとぼしい。だから、こういう無表情は見慣れているつもりだった。
それなのに、なにかが確実に、いままでのひなたとちがった。「しらない」というひと言を、言葉どおりに受け取ってはいけない気がする。渇いた口を開く。
「小鬼が言ってたんだ。俺の記憶が消されたって。そのことを、ひなたはなにか知ってるか?」
「しらない」
首をふることもなく、快をじっと見つめたまま、ひなたは言う。どうしてそんな顔をするんだろう。「んーん」といつものように首を横にふってくれれば、「おなかすいた」と服を引っ張ってくれれば、快の気も晴れたかもしれないのに。
いつもそばにいたひなたを前にしているはずなのに、感じたことのない緊張がただよった。
「――ひなたは、なんで俺のところに来たんだ」
親はいま、どこにいるんだ。どうして捨てられたんだ。快はひなたのことも、よく知らない。わからないことばかりだ。
「小鬼のこと、教えてくれ。勇樹にまで迷惑がかかってるんだ。対処しないといけないから、なにか知ってることがあるなら……」
「しらない。ひなは、しらないもん」
「でも」
「しらない」
快はひなたと見つめ合った。緊張が走ったのが肌でわかった。針で突き刺されるように、痛い。ひなたはじっと快を凝視している。
この少年はなにかを知っている。知っていて、快に隠している。不安は不審に変わる。
妖怪の中には、ひとをたばかって遊ぶ者もいる。ひなたがそうだとは思わない。人見知りだがやさしい心を持っていることも、笑うと愛らしいことも、快は知っている。それでも、いままでのようにひなたを見ることができない。
快の目には、不審も不安も怪訝も、正直に現れていたのだろう。ふっと、ひなたが目をそらした。
「……しらないもん」
ぼそりと言う声は弱々しい。すこし、快も申し訳なくなった。だが頭をなでてやる気にはなれない。ひなたはすがるように快を見上げたが、無理だ。それがいけなかったのだろう。ひなたはひどく傷ついた顔をした。
「しらない」
いやいやをするように首をふる。
「ひなた」
「しらない。ひなは、なにもしらない」
大きなひとみに、耐えきれないというように涙がにじむ。
「しらないもん。しらない、――かいも、しらないままで、いいもん」
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