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第三章 仲直りの、ドーナツケーキ

6.記憶1

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 ――さっきの影って、あいつだよな……。

 勇樹に取り憑いているように見えた影は、幼い子どもに見えた。すぐに消えてしまったからわからないが、なんとなく、赤い着物をまとっていたような気がする。

 快のストーカーをしていたあの小鬼、のように見えたのだ。

 勇樹はこの店に通うばかりに、小鬼に目をつけられたのではないか。もしそうなのだとしたら、勇樹の悩みを解決するために本格的に手を打たないと申し訳ない。もちろん自分が関係なかったとしても常連の悩みは晴れてほしいと思うが、快のせいでとなると、どうあっても解決しなくてはならないだろう。

 八尋に相談してみるか。妖怪に関しては、あの幼なじみに聞いてみるのが一番はやい。さすがの八尋もこんなときまで悪ふざけはしない……だろう、たぶん。いや、どうかな……。

 すこし不安になってきた。なにせ八尋にはいろいろと前科がある。

 ひとまず、相談の前に確信を得ることからはじめるか。

 そう決意した快は、店の外を見る。そこに赤色がひらめいたのが見えて、はっとした。ちょうど客が途切れたタイミングだ。いまなら行ける。店を出て駆け出した。

 道の先にいた小鬼もぱっと走り出す。小学生くらいの童の姿だが、すばしっこい。着物の袂がせわしなく風にぱたぱたと揺れる。

「おい待てって。おまえだろ、勇樹に憑いてたのは。なんなんだよ」
「なんだ、なんだ」

 けらけらと高い笑い声がする。こちらは真剣なのに、小鬼は遊んでいるような風情だ。快は眉間にしわを寄せた。わけもわからないまま振り回されている自分のことも、それに巻き込まれた勇樹のことも、考えるだけで苦い思いが広がる。

 それに、ひなたも怖がっているのだ。このまま放っておくわけにはいかない。

 けらけらけら。

 ただでさえ余裕のない心に、耳障りな笑い声が重なると、苛々する気持ちが抑えられなくなる。つい声を張ってしまった。

「おまえ、いい加減にしろよ!」

 ぴたり、と小鬼が足を止めた。一瞬後、子ども相手に大人げないと思い直して、その場で頭をかく。深呼吸をして、静かな声になるように努めた。

「俺、おまえになにかしたか? 悪いけど、覚えてないんだ。用があるなら教えてくれ」

 ゆっくりと小鬼が振り返る。

 おそらく快の父がかけた魔法のおかげで、あの小鬼は快や店には近づけない。だから逃げるのだろう。快はその場所から動かなかった。小鬼は、首を左右交互にかしげてみせる。

「記憶、ない、ない?」
「そうだ」
「ないない、記憶」

 やはりこの小鬼は、快に関わりのある妖怪なのだろうか。小鬼の鮮やかな色の衣や、額にある角を見ながら、記憶をたどる。けれど、思い当たることはなにもない。

 自分はいつこの小鬼に出会ったのだろう。彼になにをしたのだろう。どうしてストーカーされなければならないのだろう。なにもわからない。

 が、ふっと心に暗い色がにじんだ。

 どことなく、騒がしい感情がわけもわからずわき出してくる。この小鬼に対する感情だろうか。だとしたら、いい思い出はないのかもしれない。いったい、なにがあったんだ。自分と小鬼の間に――。

「記憶」

 ぽつりと小鬼がつぶやいた。快は記憶の波間にもまれることをやめ、顔を上げる。瞬間、すっと冷たい氷に身体を貫かれたような気がした。小鬼がさきほどまでの愉しそうな笑顔を消して、快を見ていたのだ。

「記憶、ないと幸せ?」
「え」
「記憶、あると困る?」

 小鬼は温度のないひとみを快に向けている。すっと快の背筋をおぞ気が走る。なんだ、突然。

「記憶、ないままがいい?」

 投げられた言葉の意味がわからない。いや表面上の意味ならわかるのだが、なぜそんな問いをされているのかがわからない。快はこぶしをにぎった。豹変した小鬼の姿に、すこしの恐れが胸に生まれていた。それを悟られないように、深く息を吸い込む。

「なんの話をしてるんだ」
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