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第二章 縁結びの、ミニドーナツ

25.届けに来ました3

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 葉月と瓜生が親しくなるきっかけは、ドーナツだった。なんの接点もないふたり、とくに葉月は人見知りなのだから、もしかしたらふたりは一生関わることがないまま生きていたっておかしくなかった。それでもドーナツが縁をつないで、葉月と瓜生は友だちになったのだ。

 最初のきっかけなんて、そんなものでいい。

 たとえ流行りにうとくて、クラスメイトと話すことができないと思っていても、小さなきっかけがあれば親しくなれる。そのうち共通の話題が増えていけば、会話も弾むようになるだろう。

 だからまた、ドーナツからはじめてみればいいよ――。

 瓜生のそんな想いが葉月にどこまで伝わったのか、快にはわからない。けれどきっと、大切なことは届いたのだと思う。カードとドーナツをじっと見つめる葉月の顔に、困ったようなうれしいような、かすかな笑みが浮かんだ。その気持ちをかみしめるように目を閉じる。きっといま、瓜生のことを思い浮かべているのだ。

 出会ってから、ふたりで話した日々のことを。ドーナツをともに食べて、笑っていたことを。彼女にとっての、あたたかい日々を。

 やがて、彼女は笑みを消した。

「――あの」

 意を決したような強さで、同時に戸惑いや弱さもふくませて、そっと口を開く。

「ここのドーナツ、すごくおいしくて」

 言葉をゆっくりと選んで。

「友だちから差し入れみたいで。だから、えっと……、みんなで食べませんか?」

 それだけの短い言葉も、勇気をふり絞って声に出したのだろう。言い終えると、葉月はきゅっとくちびるをかんだ。ひとみが不安そうに揺れる。

 女子たちは、お互いに顔を見合わせた。緊張する葉月と同じように快も、そしてひなたも、じっと待った。だが不安なんてものは、しなくてよかったのだと思う。彼女たちは、顔を綻ばせたのだから。

「いいの? ありがとう。めっちゃおいしそう!」
「お腹空いてきたね。トロッコ列車って飲食禁止だっけ? わかんないから、おりてから食べるのが安心かな」
「種類いっぱいあるね。葉月ちゃん、どれがおすすめ?」
「え、あ、えっと……」

 一気に話しかけられて葉月は困惑したようだった。突然のドーナツの差し入れに、瓜生からのメッセージ……と、彼女にとっては困惑の連続だろう。真面目で、すこしかたいところがある葉月には、こたえる展開かもしれない。けれど、すこしあと、葉月はふっと表情をゆるませた。張りつめていた糸をゆるめる気配があった。

「おすすめは……、チョコかな。でも、ここのドーナツは全部おいしいよ」

 そう答える葉月に、快は目を細めた。葉月の笑顔は、控えめではあるものの、この観光列車にふさわしいものだった。身を乗り出してドーナツをのぞき込むクラスメイトたちと、すこしずつ彼女たちに歩み寄ろうとする葉月。お互いを隔てていた薄い壁は、この瞬間、打ち破られたのかもしれない。

 ほら、無理なんて決めつけなくてよかっただろう。

 葉月はふと、顔を上げる。

「そうだ。ひなたくん。届けてくれてありが――あれ」

 振り返るが、そこにはもうひなたはいなかった。いや実際にはいるのだが、彼女には見えなかった。快が姿を消す魔法をかけたからだ。

 葉月たちはきょとんとしたが、見えないのだから仕方ない。どこかの座席に移ったとでも思ってくれたのか、不思議そうではあったものの、深くは考えないことにしたようだ。

 秋の風が吹き抜け、紅葉を舞わせた。葉月の目が、その葉を追う。その視線を、女子たちも追いかけた。列車の外に広がるのは、鮮やかに色づく渓谷の景色。いまやっと葉月のひとみに、その美しさが映ったのだろう。

「景色、すごいね」

 葉月を遊びに誘ったクラスメイトたちも、報われたというように笑顔になる。

「そうだね。まずは列車の旅を楽しもうか。ドーナツはおりてから!」
「賛成!」

 朗らかな笑い声がする。

 快はそんな彼女たちに微笑み、ぐんと高度を上げ、紅葉の道を走る列車を見つめた。
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