魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい

文字の大きさ
上 下
47 / 83
第二章 縁結びの、ミニドーナツ

25.届けに来ました3

しおりを挟む
 葉月と瓜生が親しくなるきっかけは、ドーナツだった。なんの接点もないふたり、とくに葉月は人見知りなのだから、もしかしたらふたりは一生関わることがないまま生きていたっておかしくなかった。それでもドーナツが縁をつないで、葉月と瓜生は友だちになったのだ。

 最初のきっかけなんて、そんなものでいい。

 たとえ流行りにうとくて、クラスメイトと話すことができないと思っていても、小さなきっかけがあれば親しくなれる。そのうち共通の話題が増えていけば、会話も弾むようになるだろう。

 だからまた、ドーナツからはじめてみればいいよ――。

 瓜生のそんな想いが葉月にどこまで伝わったのか、快にはわからない。けれどきっと、大切なことは届いたのだと思う。カードとドーナツをじっと見つめる葉月の顔に、困ったようなうれしいような、かすかな笑みが浮かんだ。その気持ちをかみしめるように目を閉じる。きっといま、瓜生のことを思い浮かべているのだ。

 出会ってから、ふたりで話した日々のことを。ドーナツをともに食べて、笑っていたことを。彼女にとっての、あたたかい日々を。

 やがて、彼女は笑みを消した。

「――あの」

 意を決したような強さで、同時に戸惑いや弱さもふくませて、そっと口を開く。

「ここのドーナツ、すごくおいしくて」

 言葉をゆっくりと選んで。

「友だちから差し入れみたいで。だから、えっと……、みんなで食べませんか?」

 それだけの短い言葉も、勇気をふり絞って声に出したのだろう。言い終えると、葉月はきゅっとくちびるをかんだ。ひとみが不安そうに揺れる。

 女子たちは、お互いに顔を見合わせた。緊張する葉月と同じように快も、そしてひなたも、じっと待った。だが不安なんてものは、しなくてよかったのだと思う。彼女たちは、顔を綻ばせたのだから。

「いいの? ありがとう。めっちゃおいしそう!」
「お腹空いてきたね。トロッコ列車って飲食禁止だっけ? わかんないから、おりてから食べるのが安心かな」
「種類いっぱいあるね。葉月ちゃん、どれがおすすめ?」
「え、あ、えっと……」

 一気に話しかけられて葉月は困惑したようだった。突然のドーナツの差し入れに、瓜生からのメッセージ……と、彼女にとっては困惑の連続だろう。真面目で、すこしかたいところがある葉月には、こたえる展開かもしれない。けれど、すこしあと、葉月はふっと表情をゆるませた。張りつめていた糸をゆるめる気配があった。

「おすすめは……、チョコかな。でも、ここのドーナツは全部おいしいよ」

 そう答える葉月に、快は目を細めた。葉月の笑顔は、控えめではあるものの、この観光列車にふさわしいものだった。身を乗り出してドーナツをのぞき込むクラスメイトたちと、すこしずつ彼女たちに歩み寄ろうとする葉月。お互いを隔てていた薄い壁は、この瞬間、打ち破られたのかもしれない。

 ほら、無理なんて決めつけなくてよかっただろう。

 葉月はふと、顔を上げる。

「そうだ。ひなたくん。届けてくれてありが――あれ」

 振り返るが、そこにはもうひなたはいなかった。いや実際にはいるのだが、彼女には見えなかった。快が姿を消す魔法をかけたからだ。

 葉月たちはきょとんとしたが、見えないのだから仕方ない。どこかの座席に移ったとでも思ってくれたのか、不思議そうではあったものの、深くは考えないことにしたようだ。

 秋の風が吹き抜け、紅葉を舞わせた。葉月の目が、その葉を追う。その視線を、女子たちも追いかけた。列車の外に広がるのは、鮮やかに色づく渓谷の景色。いまやっと葉月のひとみに、その美しさが映ったのだろう。

「景色、すごいね」

 葉月を遊びに誘ったクラスメイトたちも、報われたというように笑顔になる。

「そうだね。まずは列車の旅を楽しもうか。ドーナツはおりてから!」
「賛成!」

 朗らかな笑い声がする。

 快はそんな彼女たちに微笑み、ぐんと高度を上げ、紅葉の道を走る列車を見つめた。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

いたずら妖狐の目付け役 ~京都もふもふあやかし譚

ススキ荻経
キャラ文芸
【京都×動物妖怪のお仕事小説!】 「目付け役」――。それは、平時から妖怪が悪さをしないように見張る役目を任された者たちのことである。 しかし、妖狐を専門とする目付け役「狐番」の京都担当は、なんとサボりの常習犯だった!? 京の平和を全力で守ろうとする新米陰陽師の賀茂紬は、ひねくれものの狐番の手を(半ば強引に)借り、今日も動物妖怪たちが引き起こすトラブルを解決するために奔走する! これは京都に潜むもふもふなあやかしたちの物語。 エブリスタにも掲載しています。

おにぎり屋さんの裏稼業 〜お祓い請け賜わります〜

瀬崎由美
キャラ文芸
高校2年生の八神美琴は、幼い頃に両親を亡くしてからは祖母の真知子と、親戚のツバキと一緒に暮らしている。 大学通りにある屋敷の片隅で営んでいるオニギリ屋さん『おにひめ』は、気まぐれの営業ながらも学生達に人気のお店だ。でも、真知子の本業は人ならざるものを対処するお祓い屋。霊やあやかしにまつわる相談に訪れて来る人が後を絶たない。 そんなある日、祓いの仕事から戻って来た真知子が家の中で倒れてしまう。加齢による力の限界を感じた祖母から、美琴は祓いの力の継承を受ける。と、美琴はこれまで視えなかったモノが視えるようになり……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

公主の嫁入り

マチバリ
キャラ文芸
 宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。  17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。  中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。

結婚30年、契約満了したので離婚しませんか?

おもちのかたまり
恋愛
恋愛・小説 11位になりました! 皆様ありがとうございます。 「私、旦那様とお付き合いも甘いやり取りもしたことが無いから…ごめんなさい、ちょっと他人事なのかも。もちろん、貴方達の事は心から愛しているし、命より大事よ。」 眉根を下げて笑う母様に、一発じゃあ足りないなこれは。と確信した。幸い僕も姉さん達も祝福持ちだ。父様のような力極振りではないけれど、三対一なら勝ち目はある。 「じゃあ母様は、父様が嫌で離婚するわけではないんですか?」 ケーキを幸せそうに頬張っている母様は、僕の言葉にきょとん。と目を見開いて。…もしかすると、母様にとって父様は、関心を向ける程の相手ではないのかもしれない。嫌な予感に、今日一番の寒気がする。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇ 20年前に攻略対象だった父親と、悪役令嬢の取り巻きだった母親の現在のお話。 ハッピーエンド・バットエンド・メリーバットエンド・女性軽視・女性蔑視 上記に当てはまりますので、苦手な方、ご不快に感じる方はお気を付けください。

旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます

結城芙由奈@2/28コミカライズ発売
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】 ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

花好きカムイがもたらす『しあわせ』~サフォークの丘 スミレ・ガーデンの片隅で~

市來茉莉(茉莉恵)
キャラ文芸
【私にしか見えない彼は、アイヌの置き土産。急に店が繁盛していく】 父が経営している北国ガーデンカフェ。ガーデナーの舞は庭の手入れを担当しているが、いまにも閉店しそうな毎日…… ある日、黒髪が虹色に光るミステリアスな男性が森から現れる。なのに彼が見えるのは舞だけのよう? でも彼が遊びに来るたびに、不思議と店が繁盛していく 繁盛すればトラブルもつきもの。 庭で不思議なことが巻き起こる この人は幽霊? 森の精霊? それとも……? 徐々にアイヌとカムイの真相へと近づいていきます ★第四回キャラ文芸大賞 奨励賞 いただきました★ ※舞の仕事はガーデナー、札幌の公園『花のコタン』の園芸職人。 自立した人生を目指す日々。 ある日、父が突然、ガーデンカフェを経営すると言い出した。 男手ひとつで育ててくれた父を放っておけない舞は仕事を辞め、都市札幌から羊ばかりの士別市へ。父の店にあるメドウガーデンの手入れをすることになる。 ※アイヌの叙事詩 神様の物語を伝えるカムイ・ユーカラの内容については、専門の書籍を参照にしている部分もあります。

毒小町、宮中にめぐり逢ふ

鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。 生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。 しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。

処理中です...