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第二章 縁結びの、ミニドーナツ
23.届けに来ました1
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よく考えたら、店番を自分がして、八尋に配達を頼んだほうがよかったんじゃないだろうか。烏天狗の八尋のほうが速く飛べるし。そう思いつつも、勢いで店を飛び出してほうきに乗った快は、駅を目指す。
だが案の定というべきか、駅につくころにはトロッコ列車はすでに発車していた。
「やっぱり間に合わなかったか」
「かいのほうきは、ゆっくり」
ほうきの前部分に座っているひなたが言った。いっしょにドーナツを届けると言ってついてきたのだ。葉月に渡すドーナツが入った紙袋を持ってくれている。しかし高いところが苦手なひなたは、ぎゅっと快の服をつかんで離さない。怖さをまぎらわせるためか、ふるえる声で言った。
「ぽっとーは、もっとはやくとんでる。びゅんって」
「ポットーさんはな、特別なんだよ。あんなバトルしまくる小説の主人公と一緒にしないでくれ」
ポットーというのは、イギリスを舞台にした、魔法使いが活躍するファンタジー小説の主人公だ。映画化もされており、そのDVDは八尋がくれた子育てグッズにも入っていた。ひなたは最近よくその映画を観ている。悪の魔法使いと敵対するポットーは、それはもう魔法を駆使して派手な戦いを繰り広げるし、ほうきに乗る飛行魔法も得意だ。
それに比べて快は魔法使いのクォーターで魔力がすくなく、ほうきに乗っても自転車の速度しか出せない。ファンタジー小説の主人公を基準にされても困るというものだった。
「でもまあ、追ってるのがトロッコ列車でよかったよ」
幸いトロッコ列車も、渓谷の景色を楽しむために自転車と同じくらいのゆっくりとした速度で走る。これなら快でも追いつけるだろう。
嵐山を抜けると、線路は紅葉豊かな渓谷へと進んでいく。山は錦のように艶やかだ。下方を流れているのは保津川で、散った紅葉が川面をくるくると踊っているのも見える。快が線路をたどって飛んでいくと、やがて赤と黄色のレトロな車両が見えてきた。その色合いは、まわりの紅葉の景色にも調和している。
嵯峨野トロッコ列車だ。
観光客たちが景色を楽しんでいる華やいだ声も聞こえる。
「葉月さん、リッチ号にいるはずだけど……」
快は列車と並走して、葉月を探した。ちなみに姿を消す魔法も使っているから、快やひなたが飛んでいるところを見られる心配もない。
「かい、みつけた」
ひなたの目線の先には、リッチ号に座る葉月の姿がある。ちょうど端の席だ。座席はすべて木製で、ボックス席になっている。葉月のまわりには、クラスメイトの女子も三人いるのだが、渓谷美にはしゃいでいる彼女たちとはちがって、葉月は表情が硬い。
来てよかった。ドーナツを届ければ、すこしは葉月が笑顔になる手助けができるかもしれない。
そう思ったものの、快は渋い顔になる。
――どうやって届ける?
瓜生に頼まれて配達に来た、と説明しなければならないから、快が直接手渡しするしかないだろう。だが走っている列車に飛び乗るのは無茶がある。
「つぎの駅まで待つか。先回りして、駅で待って……」
そこで、ひなたがくいっと服を引っ張ってきた。
「はやく、とどける」
その顔は真剣だった。
列車の中の葉月はクラスメイトに話しかけられても、あいまいな表情で受け流している。
トロッコ列車は、もともと荷物運送用の小型貨車だったものを観光資源に転用しているため、通常の電車と比べると座席が狭い造りになっている。そのため客同士の距離も自然と近くなるのだが、葉月とまわりの女子との間には薄い壁が一枚あるような隔たりが見える。
そんな姿を見てしまうと、快としてもはやくドーナツを届けてあげたいと思う。だが、この状況ではどうしようも――。
「かい、もっとちかく」
「え?」
「ちかづいて」
ひなたが見上げてくる。高さにおびえているはずだったのに、なにかを決心したような顔になっていた。
「それはいいけど、なにする気だ?」
「とどける」
「ドーナツを?」
「ん」
だが案の定というべきか、駅につくころにはトロッコ列車はすでに発車していた。
「やっぱり間に合わなかったか」
「かいのほうきは、ゆっくり」
ほうきの前部分に座っているひなたが言った。いっしょにドーナツを届けると言ってついてきたのだ。葉月に渡すドーナツが入った紙袋を持ってくれている。しかし高いところが苦手なひなたは、ぎゅっと快の服をつかんで離さない。怖さをまぎらわせるためか、ふるえる声で言った。
「ぽっとーは、もっとはやくとんでる。びゅんって」
「ポットーさんはな、特別なんだよ。あんなバトルしまくる小説の主人公と一緒にしないでくれ」
ポットーというのは、イギリスを舞台にした、魔法使いが活躍するファンタジー小説の主人公だ。映画化もされており、そのDVDは八尋がくれた子育てグッズにも入っていた。ひなたは最近よくその映画を観ている。悪の魔法使いと敵対するポットーは、それはもう魔法を駆使して派手な戦いを繰り広げるし、ほうきに乗る飛行魔法も得意だ。
それに比べて快は魔法使いのクォーターで魔力がすくなく、ほうきに乗っても自転車の速度しか出せない。ファンタジー小説の主人公を基準にされても困るというものだった。
「でもまあ、追ってるのがトロッコ列車でよかったよ」
幸いトロッコ列車も、渓谷の景色を楽しむために自転車と同じくらいのゆっくりとした速度で走る。これなら快でも追いつけるだろう。
嵐山を抜けると、線路は紅葉豊かな渓谷へと進んでいく。山は錦のように艶やかだ。下方を流れているのは保津川で、散った紅葉が川面をくるくると踊っているのも見える。快が線路をたどって飛んでいくと、やがて赤と黄色のレトロな車両が見えてきた。その色合いは、まわりの紅葉の景色にも調和している。
嵯峨野トロッコ列車だ。
観光客たちが景色を楽しんでいる華やいだ声も聞こえる。
「葉月さん、リッチ号にいるはずだけど……」
快は列車と並走して、葉月を探した。ちなみに姿を消す魔法も使っているから、快やひなたが飛んでいるところを見られる心配もない。
「かい、みつけた」
ひなたの目線の先には、リッチ号に座る葉月の姿がある。ちょうど端の席だ。座席はすべて木製で、ボックス席になっている。葉月のまわりには、クラスメイトの女子も三人いるのだが、渓谷美にはしゃいでいる彼女たちとはちがって、葉月は表情が硬い。
来てよかった。ドーナツを届ければ、すこしは葉月が笑顔になる手助けができるかもしれない。
そう思ったものの、快は渋い顔になる。
――どうやって届ける?
瓜生に頼まれて配達に来た、と説明しなければならないから、快が直接手渡しするしかないだろう。だが走っている列車に飛び乗るのは無茶がある。
「つぎの駅まで待つか。先回りして、駅で待って……」
そこで、ひなたがくいっと服を引っ張ってきた。
「はやく、とどける」
その顔は真剣だった。
列車の中の葉月はクラスメイトに話しかけられても、あいまいな表情で受け流している。
トロッコ列車は、もともと荷物運送用の小型貨車だったものを観光資源に転用しているため、通常の電車と比べると座席が狭い造りになっている。そのため客同士の距離も自然と近くなるのだが、葉月とまわりの女子との間には薄い壁が一枚あるような隔たりが見える。
そんな姿を見てしまうと、快としてもはやくドーナツを届けてあげたいと思う。だが、この状況ではどうしようも――。
「かい、もっとちかく」
「え?」
「ちかづいて」
ひなたが見上げてくる。高さにおびえているはずだったのに、なにかを決心したような顔になっていた。
「それはいいけど、なにする気だ?」
「とどける」
「ドーナツを?」
「ん」
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