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第二章 縁結びの、ミニドーナツ
15.河童1
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しょんぼりした様子の八尋に毒気を抜かれてしまって、快はため息をつく。腕の中ではひなたがふるえながら八尋をにらんでいた。猫の姿だったら、毛を逆立てて威嚇していただろう。
快はともかく、ひなたににらまれるのは八尋も気になるようで「ごめんな、ひなたくん」と素直に謝った。今度はドライヤーのドライよりすこし強い程度の風を起こす。
「快さん、温風にして」
「あー、もう、わかったよ」
快も魔法を使って、ふたりの合わせ技で服や髪を乾かす。最初からこうしてくれればいいのに、八尋は一度からかいを交ぜなければ満足しない性分なのがいただけない。
――面倒な弟分だな……っていつも許すのが駄目なのか? 俺、八尋に甘い?
悶々としながら、濡れて額にはりついた髪をかき上げると、「よっ、色男」と八尋から野次が飛んできた。快は呆れまじりに冷たい視線を投げる。が、やはり快が凄んでも八尋は意に介さないらしい。気にしないどころか、なあに、と首をかしげられてしまった。
今度から八尋を怒る役目は、ひなたに任せるか。快がなかば本気でそう思ったときだ。
「あのー、鍵落とされてましたよ」
少年の声がした。
快はふと気づいて、ズボンのポケットを探る。そこに入れていた家の鍵がない。八尋と騒いでいるうちに落としてしまったのか。
「すみません、ありがとうございま――」
待て。いまは八尋が本来の姿だ。人間に見られてはまずい。はっとして八尋を隠すように立ちふさがり、声のほうを見る。
「ありがとうございます。助かりました――って、なんだ。河童か」
「はい。河童です」
そこにいたのは、人間ではなく、若い河童だった。
青緑の肌に着物を重ね、頭には皿、指には水かきも見える。ひとみはぱっちりと大きく、どことなくゆるキャラのような愛嬌がある河童だった。相手が妖怪であれば、問題はない。
「鍵、拾ってくれたのか。ありがとう」
「いえいえ。なんだかにぎやかな声がするなあと泳いで来てみれば、鍵が流れていくのが見えたので。あ、ついでにドーナツも川に落とされてましたよ」
ほら、と濡れた紙袋を示されて、快はあいまいに笑った。さすがに水没したドーナツは食べられない。ひなたも悲しそうに肩を落とす。
「どーなつ……」
「今回はあきらめろ。またつくってやるから」
ひなたをなでながら、とりあえず持って帰って家で捨てるべきだと思い、紙袋を受け取ろうとする。それを河童が遮った。
「いらないのであれば、このドーナツはぼくがいただいても?」
「いいけど……、食べるのか?」
「はい。多少水に濡れたくらいなら問題ありません」
「多少どころじゃない気がするが」
「まあ河童ですから。もともと水中で生きてますし、これくらいは許容範囲です」
軽く笑い飛ばして、河童は濡れて重たそうなドーナツを口に放り込む。ドーナツにはあるまじき重たそうな咀嚼音を響かせながら、河童はうんうんとうなずく。
「まあいつもより味は落ちますが、食べられないことはないですね。おいしいです」
「それならいいけど……って、待て。いつもよりって、おまえ、うちのドーナツ食べたことあるのか?」
ふと河童の言葉が引っかかって問いかける。河童は「ええ、ありますよ」と軽やかに応じた。
「ひとの子に、ときどきドーナツをいただいていたので。そちらこそ、うちのってことは、もしやドーナツ店の方で?」
「そうだけど。ひとの子にもらったって、まさか――」
「はい? なにか?」
河童がきょとんと首をかしげる。その姿は、やはり愛嬌があった。
快はともかく、ひなたににらまれるのは八尋も気になるようで「ごめんな、ひなたくん」と素直に謝った。今度はドライヤーのドライよりすこし強い程度の風を起こす。
「快さん、温風にして」
「あー、もう、わかったよ」
快も魔法を使って、ふたりの合わせ技で服や髪を乾かす。最初からこうしてくれればいいのに、八尋は一度からかいを交ぜなければ満足しない性分なのがいただけない。
――面倒な弟分だな……っていつも許すのが駄目なのか? 俺、八尋に甘い?
悶々としながら、濡れて額にはりついた髪をかき上げると、「よっ、色男」と八尋から野次が飛んできた。快は呆れまじりに冷たい視線を投げる。が、やはり快が凄んでも八尋は意に介さないらしい。気にしないどころか、なあに、と首をかしげられてしまった。
今度から八尋を怒る役目は、ひなたに任せるか。快がなかば本気でそう思ったときだ。
「あのー、鍵落とされてましたよ」
少年の声がした。
快はふと気づいて、ズボンのポケットを探る。そこに入れていた家の鍵がない。八尋と騒いでいるうちに落としてしまったのか。
「すみません、ありがとうございま――」
待て。いまは八尋が本来の姿だ。人間に見られてはまずい。はっとして八尋を隠すように立ちふさがり、声のほうを見る。
「ありがとうございます。助かりました――って、なんだ。河童か」
「はい。河童です」
そこにいたのは、人間ではなく、若い河童だった。
青緑の肌に着物を重ね、頭には皿、指には水かきも見える。ひとみはぱっちりと大きく、どことなくゆるキャラのような愛嬌がある河童だった。相手が妖怪であれば、問題はない。
「鍵、拾ってくれたのか。ありがとう」
「いえいえ。なんだかにぎやかな声がするなあと泳いで来てみれば、鍵が流れていくのが見えたので。あ、ついでにドーナツも川に落とされてましたよ」
ほら、と濡れた紙袋を示されて、快はあいまいに笑った。さすがに水没したドーナツは食べられない。ひなたも悲しそうに肩を落とす。
「どーなつ……」
「今回はあきらめろ。またつくってやるから」
ひなたをなでながら、とりあえず持って帰って家で捨てるべきだと思い、紙袋を受け取ろうとする。それを河童が遮った。
「いらないのであれば、このドーナツはぼくがいただいても?」
「いいけど……、食べるのか?」
「はい。多少水に濡れたくらいなら問題ありません」
「多少どころじゃない気がするが」
「まあ河童ですから。もともと水中で生きてますし、これくらいは許容範囲です」
軽く笑い飛ばして、河童は濡れて重たそうなドーナツを口に放り込む。ドーナツにはあるまじき重たそうな咀嚼音を響かせながら、河童はうんうんとうなずく。
「まあいつもより味は落ちますが、食べられないことはないですね。おいしいです」
「それならいいけど……って、待て。いつもよりって、おまえ、うちのドーナツ食べたことあるのか?」
ふと河童の言葉が引っかかって問いかける。河童は「ええ、ありますよ」と軽やかに応じた。
「ひとの子に、ときどきドーナツをいただいていたので。そちらこそ、うちのってことは、もしやドーナツ店の方で?」
「そうだけど。ひとの子にもらったって、まさか――」
「はい? なにか?」
河童がきょとんと首をかしげる。その姿は、やはり愛嬌があった。
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