魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい

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第二章 縁結びの、ミニドーナツ

13.烏天狗の災難1

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 午後六時過ぎ。すっかり暗くなった道を、渡月橋に向かう。となりを歩くひなたはミニドーナツが詰められた紙袋を抱えていた。試作品のあまりだ。葉月にもおすそ分けしようと思ってのことだった。

 だが橋を越えて河川敷に行ってみると、葉月はいなかった。

 葉月と瓜生のように、快と葉月もまた連絡先を交換しておらず、ふらりと立ち寄ったときに出会えば話をするというスタンスだった。葉月も学校が忙しいだろうし、毎日河川敷に来ているわけではないのだから、会えない日があることも仕方ない。

 ――葉月さんがクラスメイトと遊びに行くのは、今週末だったか。

 先日の葉月の姿を思い出してしまう。悪いほうにばかり考えていなければいいのだが。

「あれ~、快さんやん」

 ふわふわと間延びした声がした。

「八尋」

 振り向くと、山伏の衣装に黒い翼もある、烏天狗本来の姿の八尋がいた。

 以前、快をだましたことで店への出入り禁止を言い渡したが、それはもう解かれている。期間中はさすがの八尋も大人しくしていたから、快も怒りを収めてやった。いまではすっかり、いつものふたりの関係にもどっている。

「おまえ、まだ六時過ぎだぞ? 出歩いてる人間もたくさんいるのに、妖怪の姿でいていいのか?」
「平気平気。空飛んじゃえば、暗くてだれも気づかへんもん。あ、ひなたくんもこんばんは」

 ひなたは無言でお辞儀だけを返す。

 ふわりと八尋からただよってくる酒の香りに、快は眉をひそめた。

「この時間から呑んできたのか?」
「うん。さっきな、化け狸たちの宴会に参加させてもろてた」

 八尋の甘い顔は、頬がほんのりと赤みを帯びている。女妖怪たちが「お酒を呑んだ八尋は、色香が増して眼福やわあ」などと言っているのを聞いたことがあるが、快は、色気よりも幼さが増しているのではと思う。酔った八尋は、笑顔がいつもより無邪気なのだ。

 しかし、その無邪気さにだまされると、前回の竹林の小径のときのように痛い目を見るのだろう。快はぐっと気を引き締めた。そんな快には気づかず、八尋はのんきに手をたたく。

「あ、そうや。快さんもいまから宴会行かはります? 西洋の色男が酔ったところを見たいって、女妖怪のみなさんがいつも言うてますし」
「なんだそれ」
「だって快さん、お酒呑まへんでしょ?」
「呑む必要性を感じないからな」

 呑めないわけではないのだが、呑んでなにが楽しいのかがわからない。快は八尋のように酔って陽気になったことはないし、なんとなく眠たくなるくらいの影響しか受けたことがなかった。酒は高くつくし、進んで嗜もうとも思わない。

 が、そんな快だからこそ酔わせてみたい、と女妖怪たちは思っているらしい。自分が酔ったところで、面白みもないだろうに。

「つぎは山のお寺で、狐の宴会があるんやって。化け狐のつくるお稲荷さん、おいしいから食べに行かへん?」
「狸の宴会から、狐の宴会へのはしごか。狸と狐って仲悪いだろ。両方に顔出して大丈夫なのか?」
「ばれんかったら、ええんですよ。ってことで――」

 ぐいと腕をつかまれる。

「行きましょ~」
「え、おい、八尋……!」

 八尋は快の腕をつかんだまま、翼をはためかせた。

 妖怪というのは、ひとよりも身体が強い。本来の姿をしている八尋には、快ひとりを連れて飛ぶことも簡単らしい。ふわりと足が地面を離れて浮かび上がり、川の上を横断しようとする。

「か、かい……!」

 河川敷に置き去りにされたひなたが叫んだ。やはり八尋に関わるとろくなことにならない。痛む頭に耐えながら、快も声を荒げる。

「八尋、おろせ! 宴会には行かないし、ひなたを置いていくな!」
「えええ~? あ。ごめん。ひなたくん忘れてたわあ」
「この酔っ払いが……! いいからおろせ!」

 どう考えても迷惑しているのは快のほうなのだが、八尋は「うるさいなあ」と言わんばかりに嫌そうな顔をして、

「はいはい」

 ぱっ、と手を離す。

 支えを失って身体が下方に引っ張られる感覚に、え、と息を呑んだ。

「こ、ここで手を離すな、馬鹿……っ!」

 ここで、というのは桂川の上で、だ。
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