魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい

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第二章 縁結びの、ミニドーナツ

11.休日のこと1

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「お、いるじゃんか。万葉集推しの配信者」

「魔女のドーナツ」は月曜日が定休日だ。昼間、店奥のキッチンで、快はスマホをいじりながら感心した。やはり探せばいるものだ。動画を開くと、万葉集の解説動画が流れ出す。真面目すぎず、はしゃぎすぎない。いい塩梅のノリで、女性配信者が解説をしていく。

 つぎに葉月と会ったら、この配信者を教えてあげよう。

「ひなた、食べたいの決まったか?」

 動画を流したまま、ドーナツの生地をこねつつ訊くと、レシピノートを見ていたひなたは首を横にふる。

「まだ」
「駄目か。じゃあやっぱり、実物食べて検証だな」

 冬の限定ドーナツは、まだ決まっていない。それでも候補は絞った。ココアホワイトチョコドーナツ、生チョコドーナツ、ストロベリーミルクドーナツ、ゆず抹茶ドーナツ、ピスタチオクリームドーナツ。どうにかふたつに絞りたい。

 そのためにも、一旦すべてつくってみよう――と意気込んだのだが、普段つくらないレシピを一度に複数つくるのは疲れる。すでに弱腰になっているが、まあ、がんばるしかないだろう。

 昨日の夜のうちにクリーム系のものは下準備しておいた。快は手際よくドーナツをつくっていく。その手もとを見つめて、ひなたが感心のため息をこぼした。

「はやい」
「まあ、これでも店主だからな」

 ドーナツはいつもより小さめのミニサイズで揚げていく。全部味見しても、ひなたが過食にならないようにという配慮だ。

「ちいさいの、かわいい」

 楽しそうに見守っているひなたに、快も頬をゆるめる。

 二時間もすれば、すべてのドーナツができ上がっていた。最後まであきることなく見ていたひなただったが、試食できるとなるとひとみの輝きがぱっと増す。

 ころん、と小さなドーナツたち。たしかに、これはこれでかわいいかもしれない。

「おいしかったのを、ふたつ選ぶんだぞ」
「うん」
「あ、ゆず抹茶はやめておけ。子どもには早い」

 抹茶の緑と、散らされたゆずの皮の橙が雅やかなドーナツは、ひょいと取り上げて快が自分で食べた。うん、なかなかいい味だ。だが、若い客には受けないかもしれない。安定して売れそうという点では、ほかのドーナツが優勢だろう。

「おいしい……!」

 ひなたは満面の笑顔で、ぱくぱくと食べていく。うれしさのあまり、猫耳としっぽが出てきていた。ゆらゆら揺れるしっぽは、ご機嫌の合図だ。

 ――これ、ちゃんと選んでくれてるのか?

 苦笑して見守っていると、すべてを平らげたひなたが言う。

「いちごと、しろいの!」
「あ、選んでたんだな」
「ひなだって、おしごと、ちゃんとする」
「悪い悪い。えーっと、ストロベリーミルクドーナツと、ココアホワイトチョコドーナツか。そうだな、色合いもきれいだし、このふたつでいいか」

 快も自分用の試作品を食べ終えてから、うなずいた。

 ストロベリークリームとミルククリームをたっぷり入れて、表面もいちご風味のチョコレートをかけたクリームドーナツ。それから、ココア生地にホワイトチョコをかけたリングドーナツ。ちょうどクリームドーナツとリングドーナツ一種類ずつなら、いい塩梅だ。

 落選したドーナツたちは日替わりメニューに入れて出せばいいし。

「よし、決定だな」
「ひな、てつだい、できた?」
「ああ。助かったよ。ありがと」

 頭をなでてやれば、気持ちよさそうに目が細められる。それがかわいいから、ぽんぽんとつづけてなでてやった。
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