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第二章 縁結びの、ミニドーナツ
9.消えた理由?1
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小鬼を警戒していたひなたは最初のうち仏頂面をしていたが、やがて気を取り直したのか、鼻歌まじりに歩いてくれるようになった。いつもの場所に座って桂川を眺めていた葉月は、ひなたの鼻歌に首をかしげる。
「なんの歌ですか?」
「配信者のオリジナル曲らしい。いま、人気なんだって。常連の高校生が教えてくれた」
快の説明に、葉月はそうなんですかと応じる。
ぶっきらぼうな男子高校生の勇樹が、ドーナツを買いに来たついでに「最近子どもに受けてるんやって」と動画を見せてくれたのだ。彼なりに、ひなたとの仲を深めようと思ったのだろう。
子ども人気がすさまじいという動画配信者、なるなる博士の動画だった。理科の知識を使った、いろいろな実験動画を投稿している。さらには、オリジナル楽曲まで作成されていた。
ひなたは楽曲を気に入ったようで、勇樹に教えてもらってからというものよく鼻歌を歌っている。そのかいあってか、勇樹ともすこし打ち解けてきたようで微笑ましい。
「わたし、配信者はよく知らないんです」
葉月はぼそりと言った。流行にはうといので、と言葉をつづけたいのだろう。やんわりと快も応じる。
「無理してまわりに合わせる必要はないと思うけど。でも試しに見てみたら、意外と好きになるかもしれないぞ」
ここしばらく葉月と話すようになって、「敬語いらないです。ここはお店じゃないし、快さんのほうが年上なので」と葉月が言うから、すっかり快も砕けた物言いになっていた。
「俺もそんなに動画は見ないけど、なるなる博士の実験動画は面白いと思ったな」
「そうなんですか。動画って、ハイテンションなひとが多い気がして、なかなか……」
「テンション高いほうが、動画映えするんだろう。でも全員がそうと決まってるわけでもないし。万葉集を推してる配信者だっているんじゃないか?」
「いますかね」
「探したらいるかも」
「でもクラスの子が見ている配信者は、にぎやかなひとが多いので」
そこで葉月が重いため息を落とす。姿を消してしまった瓜生のために、彼女はいつも憂い顔をしていた。けれど今日は特に憂鬱そうだ。ひなたがひとみをまたたいた。
「なにか、あった?」
訊かれた葉月は「え」と声を上げて、ぎこちない笑みを見せた。初対面でドーナツをもらったおかげか、ひなたは葉月に心を開いてきているのだが、葉月のほうはいまだ子どもとの接し方に悩んでいるようだ。
「べつに、なにもないけど……」
「うそ」
「えええ」
ごまかしの言葉を即座に切り捨てられて、葉月がうなる。そんなふたりに、快は笑った。葉月は苦手意識があるようだが、なかなかいいコンビだと思う。
「ひなたに嘘は通用しないみたいだな。言いたくないなら無理には聞かないけど、話したい気持ちがあるなら聞くぞ」
葉月は視線をさまよわせる。迷っている、ということは、聞いてほしい気持ちがすくなからずあるのだろう。そういうひとは、こちらが話し出すのを待っていてあげれば、自然と口を開いてくれることが多い。案の定、葉月はぽつぽつと語り出した。
「今度、クラスの子と遊びに行く約束をしていて」
「へえ。友だちと遊びに行くなんて楽しそうだな」
「まだ友だちというわけじゃ……。みんなが気を遣って、せっかく京都に来たなら観光しようって誘ってくれたんです。実際わたし、夏に引っ越してきたけど、観光らしいことをしていなかったので」
聞いている限りは、楽しそうな予定だなと思う。しかし葉月は、そのクラスメイトを友だちだとは思っていないらしい。だから、いっしょに遊びに行くことも乗り気ではないようだ。
「悪い子たちではないんです。でも、なにを話せばいいのかわからないから、あの子たちの中にひとりで混ざるのは怖い」
葉月は、他人との間に壁をつくりすぎてしまうらしい。
もったいないな、と思う。彼女は決して、ひととの交流が下手なわけではないだろう。快やひなたとも、こうして話ができているのだから。クラスメイトと仲よくなることも案外簡単なのではないかと思う。
――葉月さん本人が、無理だって思ってるのが問題だよな。
「いっしょに来てくれないか、って瓜生くんに言ったんです」
「え、瓜生くんに?」
初耳だった。
「なんの歌ですか?」
「配信者のオリジナル曲らしい。いま、人気なんだって。常連の高校生が教えてくれた」
快の説明に、葉月はそうなんですかと応じる。
ぶっきらぼうな男子高校生の勇樹が、ドーナツを買いに来たついでに「最近子どもに受けてるんやって」と動画を見せてくれたのだ。彼なりに、ひなたとの仲を深めようと思ったのだろう。
子ども人気がすさまじいという動画配信者、なるなる博士の動画だった。理科の知識を使った、いろいろな実験動画を投稿している。さらには、オリジナル楽曲まで作成されていた。
ひなたは楽曲を気に入ったようで、勇樹に教えてもらってからというものよく鼻歌を歌っている。そのかいあってか、勇樹ともすこし打ち解けてきたようで微笑ましい。
「わたし、配信者はよく知らないんです」
葉月はぼそりと言った。流行にはうといので、と言葉をつづけたいのだろう。やんわりと快も応じる。
「無理してまわりに合わせる必要はないと思うけど。でも試しに見てみたら、意外と好きになるかもしれないぞ」
ここしばらく葉月と話すようになって、「敬語いらないです。ここはお店じゃないし、快さんのほうが年上なので」と葉月が言うから、すっかり快も砕けた物言いになっていた。
「俺もそんなに動画は見ないけど、なるなる博士の実験動画は面白いと思ったな」
「そうなんですか。動画って、ハイテンションなひとが多い気がして、なかなか……」
「テンション高いほうが、動画映えするんだろう。でも全員がそうと決まってるわけでもないし。万葉集を推してる配信者だっているんじゃないか?」
「いますかね」
「探したらいるかも」
「でもクラスの子が見ている配信者は、にぎやかなひとが多いので」
そこで葉月が重いため息を落とす。姿を消してしまった瓜生のために、彼女はいつも憂い顔をしていた。けれど今日は特に憂鬱そうだ。ひなたがひとみをまたたいた。
「なにか、あった?」
訊かれた葉月は「え」と声を上げて、ぎこちない笑みを見せた。初対面でドーナツをもらったおかげか、ひなたは葉月に心を開いてきているのだが、葉月のほうはいまだ子どもとの接し方に悩んでいるようだ。
「べつに、なにもないけど……」
「うそ」
「えええ」
ごまかしの言葉を即座に切り捨てられて、葉月がうなる。そんなふたりに、快は笑った。葉月は苦手意識があるようだが、なかなかいいコンビだと思う。
「ひなたに嘘は通用しないみたいだな。言いたくないなら無理には聞かないけど、話したい気持ちがあるなら聞くぞ」
葉月は視線をさまよわせる。迷っている、ということは、聞いてほしい気持ちがすくなからずあるのだろう。そういうひとは、こちらが話し出すのを待っていてあげれば、自然と口を開いてくれることが多い。案の定、葉月はぽつぽつと語り出した。
「今度、クラスの子と遊びに行く約束をしていて」
「へえ。友だちと遊びに行くなんて楽しそうだな」
「まだ友だちというわけじゃ……。みんなが気を遣って、せっかく京都に来たなら観光しようって誘ってくれたんです。実際わたし、夏に引っ越してきたけど、観光らしいことをしていなかったので」
聞いている限りは、楽しそうな予定だなと思う。しかし葉月は、そのクラスメイトを友だちだとは思っていないらしい。だから、いっしょに遊びに行くことも乗り気ではないようだ。
「悪い子たちではないんです。でも、なにを話せばいいのかわからないから、あの子たちの中にひとりで混ざるのは怖い」
葉月は、他人との間に壁をつくりすぎてしまうらしい。
もったいないな、と思う。彼女は決して、ひととの交流が下手なわけではないだろう。快やひなたとも、こうして話ができているのだから。クラスメイトと仲よくなることも案外簡単なのではないかと思う。
――葉月さん本人が、無理だって思ってるのが問題だよな。
「いっしょに来てくれないか、って瓜生くんに言ったんです」
「え、瓜生くんに?」
初耳だった。
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