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第二章 縁結びの、ミニドーナツ
2.常連客のたわむれ2
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噂をすれば影が差す。月子が穏やかな笑みを浮かべて訪れた。快は思わず、ひなたを自分の後ろに隠す。しかし、月子にはしっかりと見られていたらしい。そのうえ、ひなたがゆらゆらしっぽを揺らすから、快の背中から見え隠れしている。
「あら、ひなたくん。かわいいわね」
ま、まずい。快の頭の中で、ひなたが記者に囲まれてフラッシュをたかれ、うろたえている様子が浮かんだ。とてもまずい。
「いや、これは……、ちがうんです、月子さん!」
「快さんどうしたの? そんなにあわてて」
月子はいつものとおり、おっとりと構えている。
「それ、ハロウィンの仮装グッズでしょう? よくできてるわよね」
「……へ」
「ひなたくんに似合ってるし、いいと思うわよ。ちょっと時期がずれちゃうけど、気に入ってる間はつけさせてあげればいいじゃない」
「あ、あー……、そう、ですね。うん、そうです、ハロウィンのやつです!」
ハロウィンは先月末だ。いい具合に勘違いをしてくれたらしい。
「快さん、イギリスにいたんだものね。やっぱり外国は仮装も派手なのかしら。いいわねえ」
楽しげに話す月子に愛想笑いを浮かべながら、快は冷や汗をかいた。
「ひなた、人間の前で化けるのはやめたほうがいいぞ」
夕方になり、店を閉めたあと。秋は六時も過ぎればすっかり日が暮れてしまうが、快とひなたは散歩がてら渡月橋まで歩くことにした。
渡月橋は桂川にかかる、長さ一五五メートル、幅一一メートルの大きな橋だ。嵐山といえば渡月橋、と言っても過言ではないほどの観光名所だった。いまの時期は橋の上から紅葉で色づいた山並みを見渡せるが、この時間では暗くてなにも見えそうにない。だからなのか、人影もまばらだ。
「でも、みみとかあったほうが、かわいいって」
「まあ、それはそうなんだが。怪しまれたら困るだろ」
「……こまる?」
ひなたが首をかしげて見上げてくる。あまりにも不思議そうな顔だから、快も一瞬「困るよな?」と自信がなくなった。いや、困るだろう。かわいいともてはやされるだけならいいが、妖怪とばれては面倒なことになる。
「化け猫ってばれたら、研究所とか送られるかもしれないぞ」
「けんきゅう……? かいと、いっしょにいられない?」
「ああ、そうだな」
びくっとひなたが肩をふるわせる。それから、すごい勢いでぶんぶんと首を縦にふった。
「わかった。みみもしっぽも、ださない」
「お、おお。そうか」
「うん!」
離れません、というように、ぎゅっと手をにぎってくるひなたに笑いながら、まあひとまず気をつけてくれるならいいか、と思う。
渡月橋を渡ると、嵐山公園がある。飲食店が充実しているし、昼間であれば買い食いできる屋台なども出ている川沿いの広場なのだが、こちらも橋と同じく、ひとはすくない。ぐるっと一周回って帰るか、と思っていると、ひなたが足を止めた。
「かい」
「なんだ?」
「どーなつ」
すっと小さな指が河川敷を示す。
そこに、ひとりの少女の姿があった。小柄な背中で河川敷に座り、真っ暗な川を見つめている。もふりとしたカーディガンを着ているが、ボブカットのため首筋が露出していて、寒々しい。それに夜の川辺にひとり、というだけでも寂しげに見えてきて、放っておけないような空気があった。
ひなたが示したのは、彼女の横に置いてある紙袋だ。
「うちのドーナツ……か?」
「うん」
暗いから、目をこらしてみても快にはよくわからない。「魔女のドーナツ」特製のショップ袋に見えなくもないけれど……。化け猫のひなたは夜目も利くのだろう。快のあいまいな言葉に、しっかりとうなずいた。
「そうか。お客さんか。こんな時間になにしてるんだろうな」
なんとなく、気にかかる姿ではあるが……。
なんて思っている間に、少女が立ち上がった。快たちに気づくこともなく、無言でその場を後にする。けれどすこし進んだところで、河川敷を振り返った。
そこに、なにかがあるわけではない。
少女はなにを思っているのか、しばらく振り返ったままの状態でいたが、また背を向けて今度こそ去っていった。
「あら、ひなたくん。かわいいわね」
ま、まずい。快の頭の中で、ひなたが記者に囲まれてフラッシュをたかれ、うろたえている様子が浮かんだ。とてもまずい。
「いや、これは……、ちがうんです、月子さん!」
「快さんどうしたの? そんなにあわてて」
月子はいつものとおり、おっとりと構えている。
「それ、ハロウィンの仮装グッズでしょう? よくできてるわよね」
「……へ」
「ひなたくんに似合ってるし、いいと思うわよ。ちょっと時期がずれちゃうけど、気に入ってる間はつけさせてあげればいいじゃない」
「あ、あー……、そう、ですね。うん、そうです、ハロウィンのやつです!」
ハロウィンは先月末だ。いい具合に勘違いをしてくれたらしい。
「快さん、イギリスにいたんだものね。やっぱり外国は仮装も派手なのかしら。いいわねえ」
楽しげに話す月子に愛想笑いを浮かべながら、快は冷や汗をかいた。
「ひなた、人間の前で化けるのはやめたほうがいいぞ」
夕方になり、店を閉めたあと。秋は六時も過ぎればすっかり日が暮れてしまうが、快とひなたは散歩がてら渡月橋まで歩くことにした。
渡月橋は桂川にかかる、長さ一五五メートル、幅一一メートルの大きな橋だ。嵐山といえば渡月橋、と言っても過言ではないほどの観光名所だった。いまの時期は橋の上から紅葉で色づいた山並みを見渡せるが、この時間では暗くてなにも見えそうにない。だからなのか、人影もまばらだ。
「でも、みみとかあったほうが、かわいいって」
「まあ、それはそうなんだが。怪しまれたら困るだろ」
「……こまる?」
ひなたが首をかしげて見上げてくる。あまりにも不思議そうな顔だから、快も一瞬「困るよな?」と自信がなくなった。いや、困るだろう。かわいいともてはやされるだけならいいが、妖怪とばれては面倒なことになる。
「化け猫ってばれたら、研究所とか送られるかもしれないぞ」
「けんきゅう……? かいと、いっしょにいられない?」
「ああ、そうだな」
びくっとひなたが肩をふるわせる。それから、すごい勢いでぶんぶんと首を縦にふった。
「わかった。みみもしっぽも、ださない」
「お、おお。そうか」
「うん!」
離れません、というように、ぎゅっと手をにぎってくるひなたに笑いながら、まあひとまず気をつけてくれるならいいか、と思う。
渡月橋を渡ると、嵐山公園がある。飲食店が充実しているし、昼間であれば買い食いできる屋台なども出ている川沿いの広場なのだが、こちらも橋と同じく、ひとはすくない。ぐるっと一周回って帰るか、と思っていると、ひなたが足を止めた。
「かい」
「なんだ?」
「どーなつ」
すっと小さな指が河川敷を示す。
そこに、ひとりの少女の姿があった。小柄な背中で河川敷に座り、真っ暗な川を見つめている。もふりとしたカーディガンを着ているが、ボブカットのため首筋が露出していて、寒々しい。それに夜の川辺にひとり、というだけでも寂しげに見えてきて、放っておけないような空気があった。
ひなたが示したのは、彼女の横に置いてある紙袋だ。
「うちのドーナツ……か?」
「うん」
暗いから、目をこらしてみても快にはよくわからない。「魔女のドーナツ」特製のショップ袋に見えなくもないけれど……。化け猫のひなたは夜目も利くのだろう。快のあいまいな言葉に、しっかりとうなずいた。
「そうか。お客さんか。こんな時間になにしてるんだろうな」
なんとなく、気にかかる姿ではあるが……。
なんて思っている間に、少女が立ち上がった。快たちに気づくこともなく、無言でその場を後にする。けれどすこし進んだところで、河川敷を振り返った。
そこに、なにかがあるわけではない。
少女はなにを思っているのか、しばらく振り返ったままの状態でいたが、また背を向けて今度こそ去っていった。
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