22 / 83
第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ
17.お好きなドーナツをどうぞ
しおりを挟む
翌日、開店してしばらく経つと、真央と奏太がやってきた。快が告げた店名を頼りに、わざわざ訪れてくれたらしい。
「昨日は本当にありがとうございました」
「いえいえ。ご来店ありがとうございます。よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで。わたしたち、今日の夕方に帰る予定なんです。だから、その前にドーナツを買おうって奏太と話して」
親子は視線を交わして笑い合う。すっかり壁が取り払われた様子だった。真央はドーナツが並ぶショーケースを眺めて吟味した結果、奏太に「ぜんぶ買おうか」と笑いかける。
「うん、いっぱいたべたい!」
「そうね、そうしましょう。ドーナツを一種類ずついただけますか? あ、待って……きなこクリームのドーナツはふたつください。夫とお義母さんにも食べてもらいたいので。たぶん、お義母さんでもきれいに食べるのはむずかしいでしょうから」
真央は楽しそうに目を細める。
「クリームをこぼしそうになっても食べたいものがあるって、このドーナツならお義母さんにも思ってもらえるはずだから。そうしたら、すこしは分かり合える気もするし」
「うちのドーナツが、手助けになればいいんですけど」
「なりますよ。昨日、なりましたもん。ね、奏太。おいしかったよね」
「うん!」
きらきらしたひとみでドーナツを見ている奏太の頭をなでる真央は、ひと皮むけたようだ。なでられた奏太も、うれしそうに笑みを浮かべるのだから、快も微笑ましくて笑ってしまう。この調子で嫁姑問題もいい方向に向かえばいい。
「また京都に来るときは、ドーナツを買いにきますね」
「はい。お待ちしております」
「おにいさん、ばいばい!」
ドーナツを携えて笑顔で去っていく親子に、快は手をふった。せっかくの家族旅行だ。楽しんでほしい。
八尋には腹が立つが、結果として昨日の出来事は悪くないものだったのだろう。……八尋には、たいへん腹が立つが。
そのすこしあと、ひなたも二階からおりてきた。いつもは快と一緒に起きだすひなただが、疲れていたのか今日は起きる様子がなかったから、寝かせたままにしていたのだ。
「おはよう、ひなた。好きなドーナツ、ふたつ選んでいいぞ。朝ごはんに食べてこい」
「ん!」
「食べたら歯磨きしろよ……って、聞いてないな」
奏太と同じようにひとみを輝かせるひなたが、ガラスケースを熱心に眺めている。いつもならドーナツは一日ひとつと言っているのだが、昨日のお詫びも兼ねて、もうひとつおまけにつけてやる。
「えっと……、ちょこと、いちご!」
定番のチョコリングドーナツと、日替わりのいちごクリーム入りのドーナツだ。紙ナプキンでくるんで差し出せば、大切そうに抱えてくれる。その頭を、快はそっとなでた。
真央と奏太は仲直りができたが、ひなたは親に捨てられてしまったのだ。真央たちのように、関係の修復はもうできないのかもしれない。そう思うとなんだか切なくなる。
せめて、ひなたが寂しさを感じることがないように、できることはしたい。そう思いながら頭の上でぽんぽんと手を弾ませると、ひなたは頬を染める。
「かいのて、あったかい」
「そうか。ほら、二階でドーナツ食べてこい。冷蔵庫にオレンジジュースあるから」
「うん!」
ひとまずは、ドーナツで笑顔になってくれたひなたに、快も笑い返した。
第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ (了)
「昨日は本当にありがとうございました」
「いえいえ。ご来店ありがとうございます。よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで。わたしたち、今日の夕方に帰る予定なんです。だから、その前にドーナツを買おうって奏太と話して」
親子は視線を交わして笑い合う。すっかり壁が取り払われた様子だった。真央はドーナツが並ぶショーケースを眺めて吟味した結果、奏太に「ぜんぶ買おうか」と笑いかける。
「うん、いっぱいたべたい!」
「そうね、そうしましょう。ドーナツを一種類ずついただけますか? あ、待って……きなこクリームのドーナツはふたつください。夫とお義母さんにも食べてもらいたいので。たぶん、お義母さんでもきれいに食べるのはむずかしいでしょうから」
真央は楽しそうに目を細める。
「クリームをこぼしそうになっても食べたいものがあるって、このドーナツならお義母さんにも思ってもらえるはずだから。そうしたら、すこしは分かり合える気もするし」
「うちのドーナツが、手助けになればいいんですけど」
「なりますよ。昨日、なりましたもん。ね、奏太。おいしかったよね」
「うん!」
きらきらしたひとみでドーナツを見ている奏太の頭をなでる真央は、ひと皮むけたようだ。なでられた奏太も、うれしそうに笑みを浮かべるのだから、快も微笑ましくて笑ってしまう。この調子で嫁姑問題もいい方向に向かえばいい。
「また京都に来るときは、ドーナツを買いにきますね」
「はい。お待ちしております」
「おにいさん、ばいばい!」
ドーナツを携えて笑顔で去っていく親子に、快は手をふった。せっかくの家族旅行だ。楽しんでほしい。
八尋には腹が立つが、結果として昨日の出来事は悪くないものだったのだろう。……八尋には、たいへん腹が立つが。
そのすこしあと、ひなたも二階からおりてきた。いつもは快と一緒に起きだすひなただが、疲れていたのか今日は起きる様子がなかったから、寝かせたままにしていたのだ。
「おはよう、ひなた。好きなドーナツ、ふたつ選んでいいぞ。朝ごはんに食べてこい」
「ん!」
「食べたら歯磨きしろよ……って、聞いてないな」
奏太と同じようにひとみを輝かせるひなたが、ガラスケースを熱心に眺めている。いつもならドーナツは一日ひとつと言っているのだが、昨日のお詫びも兼ねて、もうひとつおまけにつけてやる。
「えっと……、ちょこと、いちご!」
定番のチョコリングドーナツと、日替わりのいちごクリーム入りのドーナツだ。紙ナプキンでくるんで差し出せば、大切そうに抱えてくれる。その頭を、快はそっとなでた。
真央と奏太は仲直りができたが、ひなたは親に捨てられてしまったのだ。真央たちのように、関係の修復はもうできないのかもしれない。そう思うとなんだか切なくなる。
せめて、ひなたが寂しさを感じることがないように、できることはしたい。そう思いながら頭の上でぽんぽんと手を弾ませると、ひなたは頬を染める。
「かいのて、あったかい」
「そうか。ほら、二階でドーナツ食べてこい。冷蔵庫にオレンジジュースあるから」
「うん!」
ひとまずは、ドーナツで笑顔になってくれたひなたに、快も笑い返した。
第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ (了)
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説
Webコンテンツ大賞の戦い方【模索してみよう!】
橘花やよい
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスのWebコンテンツ大賞。
読者投票もあるし、うまく戦いたいですよね。
●応募作、いつから投稿をはじめましょう?
●そもそもどうやったら、読んでもらえるかな?
●参加時の心得は?
といったことを、ゆるふわっと書きます。皆さまも、ゆるふわっと読んでくださいませ。
30日と31日にかけて公開します。
金沢ひがし茶屋街 雨天様のお茶屋敷
河野美姫
キャラ文芸
古都・金沢、加賀百万石の城下町のお茶屋街で巡り会う、不思議なご縁。
雨の神様がもてなす甘味処。
祖母を亡くしたばかりの大学生のひかりは、ひとりで金沢にある祖母の家を訪れ、祖母と何度も足を運んだひがし茶屋街で銀髪の青年と出会う。
彼は、このひがし茶屋街に棲む神様で、自身が守る屋敷にやって来た者たちの傷ついた心を癒やしているのだと言う。
心の拠り所を失くしたばかりのひかりは、意図せずにその屋敷で過ごすことになってしまいーー?
神様と双子の狐の神使、そしてひとりの女子大生が紡ぐ、ひと夏の優しい物語。
アルファポリス 2021/12/22~2022/1/21
※こちらの作品はノベマ!様・エブリスタ様でも公開中(完結済)です。
(2019年に書いた作品をブラッシュアップしています)
あやかし学園
盛平
キャラ文芸
十三歳になった亜子は親元を離れ、学園に通う事になった。その学園はあやかしと人間の子供が通うあやかし学園だった。亜子は天狗の父親と人間の母親との間に生まれた半妖だ。亜子の通うあやかし学園は、亜子と同じ半妖の子供たちがいた。猫またの半妖の美少女に人魚の半妖の美少女、狼になる獣人と、個性的なクラスメートばかり。学園に襲い来る陰陽師と戦ったりと、毎日忙しい。亜子は無事学園生活を送る事ができるだろうか。
〜鎌倉あやかし奇譚〜 龍神様の許嫁にされてしまいました
五徳ゆう
キャラ文芸
「俺の嫁になれ。そうすれば、お前を災いから守ってやろう」
あやかしに追い詰められ、龍神である「レン」に契約を迫られて
絶体絶命のピンチに陥った高校生の藤村みなみ。
あやかしが見えてしまう体質のみなみの周りには
「訳アリ」のあやかしが集うことになってしまって……!?
江ノ島の老舗旅館「たつみ屋」を舞台に、
あやかしが見えてしまう女子高生と俺様系イケメン龍神との
ちょっとほっこりするハートフルストーリー。
新米神様とバイト巫女は、こいねがう
鈴木しぐれ
キャラ文芸
お人好しなばかりに損をしてしまうことも多い、女子大生の優月。アルバイトを探している時に、偶然目に付いた神社の巫女バイトのチラシ。興味を惹かれて神社に足を踏み入れると、そこにいたのは、少年の姿をした少し偉そうな新米の神様だった――。
京都式神様のおでん屋さん 弐
西門 檀
キャラ文芸
路地の奥にある『おでん料理 結(むすび)』ではイケメン二体(式神)と看板猫がお出迎えします。
今夜の『予約席』にはどんなお客様が来られるのか。乞うご期待。
平安時代の陰陽師・安倍晴明が生前、未来を案じ2体の思業式神(木陰と日向)をこの世に残した。転生した白猫姿の安倍晴明が式神たちと令和にお送りする、心温まるストーリー。
※一巻は第六回キャラクター文芸賞、
奨励賞を受賞し、2024年2月15日に刊行されました。皆様のおかげです、ありがとうございます✨😊
あやかし坂のお届けものやさん
石河 翠
キャラ文芸
会社の人事異動により、実家のある地元へ転勤が決まった主人公。
実家から通えば家賃補助は必要ないだろうと言われたが、今さら実家暮らしは無理。仕方なく、かつて祖母が住んでいた空き家に住むことに。
ところがその空き家に住むには、「お届けものやさん」をすることに同意しなくてはならないらしい。
坂の町だからこその助け合いかと思った主人公は、何も考えずに承諾するが、お願いされるお届けものとやらはどうにも変わったものばかり。
時々道ですれ違う、宅配便のお兄さんもちょっと変わっていて……。
坂の上の町で繰り広げられる少し不思議な恋物語。
表紙画像は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID28425604)をお借りしています。
Strain:Cavity
Ak!La
キャラ文芸
生まれつき右目のない青年、ルチアーノ。
家族から虐げられる生活を送っていた、そんなある日。薄ら笑いの月夜に、窓から謎の白い男が転がり込んできた。
────それが、全てのはじまりだった。
Strain本編から30年前を舞台にしたスピンオフ、シリーズ4作目。
蛇たちと冥王の物語。
小説家になろうにて2023年1月より連載開始。不定期更新。
https://ncode.syosetu.com/n0074ib/
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる