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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ

17.お好きなドーナツをどうぞ

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 翌日、開店してしばらく経つと、真央と奏太がやってきた。快が告げた店名を頼りに、わざわざ訪れてくれたらしい。

「昨日は本当にありがとうございました」
「いえいえ。ご来店ありがとうございます。よく眠れましたか?」
「はい、おかげさまで。わたしたち、今日の夕方に帰る予定なんです。だから、その前にドーナツを買おうって奏太と話して」

 親子は視線を交わして笑い合う。すっかり壁が取り払われた様子だった。真央はドーナツが並ぶショーケースを眺めて吟味した結果、奏太に「ぜんぶ買おうか」と笑いかける。

「うん、いっぱいたべたい!」
「そうね、そうしましょう。ドーナツを一種類ずついただけますか? あ、待って……きなこクリームのドーナツはふたつください。夫とお義母さんにも食べてもらいたいので。たぶん、お義母さんでもきれいに食べるのはむずかしいでしょうから」

 真央は楽しそうに目を細める。

「クリームをこぼしそうになっても食べたいものがあるって、このドーナツならお義母さんにも思ってもらえるはずだから。そうしたら、すこしは分かり合える気もするし」
「うちのドーナツが、手助けになればいいんですけど」
「なりますよ。昨日、なりましたもん。ね、奏太。おいしかったよね」
「うん!」

 きらきらしたひとみでドーナツを見ている奏太の頭をなでる真央は、ひと皮むけたようだ。なでられた奏太も、うれしそうに笑みを浮かべるのだから、快も微笑ましくて笑ってしまう。この調子で嫁姑問題もいい方向に向かえばいい。

「また京都に来るときは、ドーナツを買いにきますね」
「はい。お待ちしております」
「おにいさん、ばいばい!」

 ドーナツを携えて笑顔で去っていく親子に、快は手をふった。せっかくの家族旅行だ。楽しんでほしい。

 八尋には腹が立つが、結果として昨日の出来事は悪くないものだったのだろう。……八尋には、たいへん腹が立つが。

 そのすこしあと、ひなたも二階からおりてきた。いつもは快と一緒に起きだすひなただが、疲れていたのか今日は起きる様子がなかったから、寝かせたままにしていたのだ。

「おはよう、ひなた。好きなドーナツ、ふたつ選んでいいぞ。朝ごはんに食べてこい」
「ん!」
「食べたら歯磨きしろよ……って、聞いてないな」

 奏太と同じようにひとみを輝かせるひなたが、ガラスケースを熱心に眺めている。いつもならドーナツは一日ひとつと言っているのだが、昨日のお詫びも兼ねて、もうひとつおまけにつけてやる。

「えっと……、ちょこと、いちご!」

 定番のチョコリングドーナツと、日替わりのいちごクリーム入りのドーナツだ。紙ナプキンでくるんで差し出せば、大切そうに抱えてくれる。その頭を、快はそっとなでた。

 真央と奏太は仲直りができたが、ひなたは親に捨てられてしまったのだ。真央たちのように、関係の修復はもうできないのかもしれない。そう思うとなんだか切なくなる。

 せめて、ひなたが寂しさを感じることがないように、できることはしたい。そう思いながら頭の上でぽんぽんと手を弾ませると、ひなたは頬を染める。

「かいのて、あったかい」
「そうか。ほら、二階でドーナツ食べてこい。冷蔵庫にオレンジジュースあるから」
「うん!」

 ひとまずは、ドーナツで笑顔になってくれたひなたに、快も笑い返した。



第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ (了)
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