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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ
10.迷子はいずこ
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思わず声が大きくなりかけて、快ははっとする。真央のほうを振り返ったが、とくに気づかれてはいないようだ。
「いないって、どこにも?」
「ドコニモ」
「捜したのは、おまえ一羽だけか? ほかの烏に訊いたら、知ってるやつが一羽くらいるんじゃ」
「イナイヨ。ミンナ、ミテナイ」
快は眉を寄せた。これはいったい、どういうことだ。
「みんなって、竹林の小径にいる周辺の烏か? もしかしたら、真央さんの思いちがいで奏太くんは、もっとほかの場所にいるかもしれない。悪いけど、ほかの烏にも声をかけて」
「ンートネ、アラシヤマニハ、イナイトオモウ」
「嵐山には……?」
「ウン。ドコニモ、イナイ。ミンナ、シラナイ。ジャ」
「あ、おい!」
烏は役目を終えたとばかりに、飛び立っていった。その羽ばたきを見つめながら、快は考える。
あの化け烏も酔っていて、適当な捜索しかしていないのか。それとも、本当に奏太はこの嵐山にいないのか。
いやしかし、烏が一羽も見ていないなんて、おかしいだろう。とくに今日は宴があるのだから、あちこちから烏が集まってきているはずだ。いつもより目は多いはず。奏太はどこにいるんだ。
――もしかして。
ひとつ思い当たって、快は渋面をつくる。
「かい?」
心配そうにのぞいてくるひなたの頭をなでた。
「なんとなく、わかってきたよ」
「そうなの?」
「ああ」
だれにも知られずに消えてしまった、ひとの子の行方。
「快さん」
「うわっ」
急に、頭上から声がかかった。さきほどの化け烏とはちがい、音もなく飛んできたのは八尋だ。甥っ子を抱いて、すっと快のそばまで飛んでくる。真央はまだこちらに気づかない。
「化け烏に聞きましたよ。子ども、まだ見つかってへんって。うちの烏が役に立たなくて、申し訳ないわ。お詫びに、ひなたくん預かりましょか? 子どもとママさんの世話を同時にするんは、快さんでも大変でしょ」
ひなたが、ぱちっとまたたきする。八尋はふんわりと微笑んだ。
「いま、ぼくたち隠れんぼして遊んでるんよ。ひなたくんもいっしょにどう? いまなら大サービスで翼をあげちゃう」
八尋が指を鳴らすと、ぽんっとひなたの背に翼が生まれた。烏天狗の妖術だろう。だが、ひなたは一瞬後、ぶんぶんと首を横にふる。八尋についていけば、高いところに連れていかれると思ったのかもしれない。
「ひなは、かいといっしょにいる」
ぎゅっと快の手をつかんで離さない。八尋は気にした様子もなく「そう」と笑って、もう一度指を鳴らしてひなたの翼を消した。
「じゃあ、ぼくらは退散しますね」
「八尋」
「大丈夫。この近くにいるんで、またなんかあったら声かけてください」
すっと、八尋と甥っ子の姿が揺らぐ。あっという間に暗闇にまぎれてしまった。それと同時に、背後で真央が快を呼んだ。
「あの、快さん……」
「はい」
振り向けば、真央は目もとをぐっと袖で拭った。目を閉じて、もう一度開き、快を見る。
「ごめんなさい、わたし、ひどいことをしていたみたいです」
その言葉だけで、真央が出した結論は察せた。自分の中で折り合いもついたのだろう。彼女からは頼りない様子が薄れて、ひとつの芯が身体の真ん中に通ったようだった。
「奏太のこと、本当に大切なんです。お義母さんのことは関係なくて、本当に。今度は、ちゃんと捜します」
その言葉に、ひなたがすこし警戒を解く気配がした。真央はそんなひなたを見て「ごめんね、あんな話を聞かせて」と謝る。ひなたは小さく首を横にふってから訊いた。
「だいじ、だいじ?」
「……うん、とっても大事。警察にも夫にも、連絡して一緒に捜してもらうわ」
そう言ってスマホを取り出す真央だったが、快はとっさに口を挟んだ。
「ちょっと待って、真央さん」
「え?」
「その前にもう一度、この小径を捜してみましょう。母親の勘は、当たるかもしれないし」
真央が怪訝そうな顔をする。
「でも、あんなに捜して見つからなかったのに」
「見落としているかもしれないでしょう」
行きましょう、と快は歩き出した。
「いないって、どこにも?」
「ドコニモ」
「捜したのは、おまえ一羽だけか? ほかの烏に訊いたら、知ってるやつが一羽くらいるんじゃ」
「イナイヨ。ミンナ、ミテナイ」
快は眉を寄せた。これはいったい、どういうことだ。
「みんなって、竹林の小径にいる周辺の烏か? もしかしたら、真央さんの思いちがいで奏太くんは、もっとほかの場所にいるかもしれない。悪いけど、ほかの烏にも声をかけて」
「ンートネ、アラシヤマニハ、イナイトオモウ」
「嵐山には……?」
「ウン。ドコニモ、イナイ。ミンナ、シラナイ。ジャ」
「あ、おい!」
烏は役目を終えたとばかりに、飛び立っていった。その羽ばたきを見つめながら、快は考える。
あの化け烏も酔っていて、適当な捜索しかしていないのか。それとも、本当に奏太はこの嵐山にいないのか。
いやしかし、烏が一羽も見ていないなんて、おかしいだろう。とくに今日は宴があるのだから、あちこちから烏が集まってきているはずだ。いつもより目は多いはず。奏太はどこにいるんだ。
――もしかして。
ひとつ思い当たって、快は渋面をつくる。
「かい?」
心配そうにのぞいてくるひなたの頭をなでた。
「なんとなく、わかってきたよ」
「そうなの?」
「ああ」
だれにも知られずに消えてしまった、ひとの子の行方。
「快さん」
「うわっ」
急に、頭上から声がかかった。さきほどの化け烏とはちがい、音もなく飛んできたのは八尋だ。甥っ子を抱いて、すっと快のそばまで飛んでくる。真央はまだこちらに気づかない。
「化け烏に聞きましたよ。子ども、まだ見つかってへんって。うちの烏が役に立たなくて、申し訳ないわ。お詫びに、ひなたくん預かりましょか? 子どもとママさんの世話を同時にするんは、快さんでも大変でしょ」
ひなたが、ぱちっとまたたきする。八尋はふんわりと微笑んだ。
「いま、ぼくたち隠れんぼして遊んでるんよ。ひなたくんもいっしょにどう? いまなら大サービスで翼をあげちゃう」
八尋が指を鳴らすと、ぽんっとひなたの背に翼が生まれた。烏天狗の妖術だろう。だが、ひなたは一瞬後、ぶんぶんと首を横にふる。八尋についていけば、高いところに連れていかれると思ったのかもしれない。
「ひなは、かいといっしょにいる」
ぎゅっと快の手をつかんで離さない。八尋は気にした様子もなく「そう」と笑って、もう一度指を鳴らしてひなたの翼を消した。
「じゃあ、ぼくらは退散しますね」
「八尋」
「大丈夫。この近くにいるんで、またなんかあったら声かけてください」
すっと、八尋と甥っ子の姿が揺らぐ。あっという間に暗闇にまぎれてしまった。それと同時に、背後で真央が快を呼んだ。
「あの、快さん……」
「はい」
振り向けば、真央は目もとをぐっと袖で拭った。目を閉じて、もう一度開き、快を見る。
「ごめんなさい、わたし、ひどいことをしていたみたいです」
その言葉だけで、真央が出した結論は察せた。自分の中で折り合いもついたのだろう。彼女からは頼りない様子が薄れて、ひとつの芯が身体の真ん中に通ったようだった。
「奏太のこと、本当に大切なんです。お義母さんのことは関係なくて、本当に。今度は、ちゃんと捜します」
その言葉に、ひなたがすこし警戒を解く気配がした。真央はそんなひなたを見て「ごめんね、あんな話を聞かせて」と謝る。ひなたは小さく首を横にふってから訊いた。
「だいじ、だいじ?」
「……うん、とっても大事。警察にも夫にも、連絡して一緒に捜してもらうわ」
そう言ってスマホを取り出す真央だったが、快はとっさに口を挟んだ。
「ちょっと待って、真央さん」
「え?」
「その前にもう一度、この小径を捜してみましょう。母親の勘は、当たるかもしれないし」
真央が怪訝そうな顔をする。
「でも、あんなに捜して見つからなかったのに」
「見落としているかもしれないでしょう」
行きましょう、と快は歩き出した。
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