15 / 83
第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ
10.迷子はいずこ
しおりを挟む
思わず声が大きくなりかけて、快ははっとする。真央のほうを振り返ったが、とくに気づかれてはいないようだ。
「いないって、どこにも?」
「ドコニモ」
「捜したのは、おまえ一羽だけか? ほかの烏に訊いたら、知ってるやつが一羽くらいるんじゃ」
「イナイヨ。ミンナ、ミテナイ」
快は眉を寄せた。これはいったい、どういうことだ。
「みんなって、竹林の小径にいる周辺の烏か? もしかしたら、真央さんの思いちがいで奏太くんは、もっとほかの場所にいるかもしれない。悪いけど、ほかの烏にも声をかけて」
「ンートネ、アラシヤマニハ、イナイトオモウ」
「嵐山には……?」
「ウン。ドコニモ、イナイ。ミンナ、シラナイ。ジャ」
「あ、おい!」
烏は役目を終えたとばかりに、飛び立っていった。その羽ばたきを見つめながら、快は考える。
あの化け烏も酔っていて、適当な捜索しかしていないのか。それとも、本当に奏太はこの嵐山にいないのか。
いやしかし、烏が一羽も見ていないなんて、おかしいだろう。とくに今日は宴があるのだから、あちこちから烏が集まってきているはずだ。いつもより目は多いはず。奏太はどこにいるんだ。
――もしかして。
ひとつ思い当たって、快は渋面をつくる。
「かい?」
心配そうにのぞいてくるひなたの頭をなでた。
「なんとなく、わかってきたよ」
「そうなの?」
「ああ」
だれにも知られずに消えてしまった、ひとの子の行方。
「快さん」
「うわっ」
急に、頭上から声がかかった。さきほどの化け烏とはちがい、音もなく飛んできたのは八尋だ。甥っ子を抱いて、すっと快のそばまで飛んでくる。真央はまだこちらに気づかない。
「化け烏に聞きましたよ。子ども、まだ見つかってへんって。うちの烏が役に立たなくて、申し訳ないわ。お詫びに、ひなたくん預かりましょか? 子どもとママさんの世話を同時にするんは、快さんでも大変でしょ」
ひなたが、ぱちっとまたたきする。八尋はふんわりと微笑んだ。
「いま、ぼくたち隠れんぼして遊んでるんよ。ひなたくんもいっしょにどう? いまなら大サービスで翼をあげちゃう」
八尋が指を鳴らすと、ぽんっとひなたの背に翼が生まれた。烏天狗の妖術だろう。だが、ひなたは一瞬後、ぶんぶんと首を横にふる。八尋についていけば、高いところに連れていかれると思ったのかもしれない。
「ひなは、かいといっしょにいる」
ぎゅっと快の手をつかんで離さない。八尋は気にした様子もなく「そう」と笑って、もう一度指を鳴らしてひなたの翼を消した。
「じゃあ、ぼくらは退散しますね」
「八尋」
「大丈夫。この近くにいるんで、またなんかあったら声かけてください」
すっと、八尋と甥っ子の姿が揺らぐ。あっという間に暗闇にまぎれてしまった。それと同時に、背後で真央が快を呼んだ。
「あの、快さん……」
「はい」
振り向けば、真央は目もとをぐっと袖で拭った。目を閉じて、もう一度開き、快を見る。
「ごめんなさい、わたし、ひどいことをしていたみたいです」
その言葉だけで、真央が出した結論は察せた。自分の中で折り合いもついたのだろう。彼女からは頼りない様子が薄れて、ひとつの芯が身体の真ん中に通ったようだった。
「奏太のこと、本当に大切なんです。お義母さんのことは関係なくて、本当に。今度は、ちゃんと捜します」
その言葉に、ひなたがすこし警戒を解く気配がした。真央はそんなひなたを見て「ごめんね、あんな話を聞かせて」と謝る。ひなたは小さく首を横にふってから訊いた。
「だいじ、だいじ?」
「……うん、とっても大事。警察にも夫にも、連絡して一緒に捜してもらうわ」
そう言ってスマホを取り出す真央だったが、快はとっさに口を挟んだ。
「ちょっと待って、真央さん」
「え?」
「その前にもう一度、この小径を捜してみましょう。母親の勘は、当たるかもしれないし」
真央が怪訝そうな顔をする。
「でも、あんなに捜して見つからなかったのに」
「見落としているかもしれないでしょう」
行きましょう、と快は歩き出した。
「いないって、どこにも?」
「ドコニモ」
「捜したのは、おまえ一羽だけか? ほかの烏に訊いたら、知ってるやつが一羽くらいるんじゃ」
「イナイヨ。ミンナ、ミテナイ」
快は眉を寄せた。これはいったい、どういうことだ。
「みんなって、竹林の小径にいる周辺の烏か? もしかしたら、真央さんの思いちがいで奏太くんは、もっとほかの場所にいるかもしれない。悪いけど、ほかの烏にも声をかけて」
「ンートネ、アラシヤマニハ、イナイトオモウ」
「嵐山には……?」
「ウン。ドコニモ、イナイ。ミンナ、シラナイ。ジャ」
「あ、おい!」
烏は役目を終えたとばかりに、飛び立っていった。その羽ばたきを見つめながら、快は考える。
あの化け烏も酔っていて、適当な捜索しかしていないのか。それとも、本当に奏太はこの嵐山にいないのか。
いやしかし、烏が一羽も見ていないなんて、おかしいだろう。とくに今日は宴があるのだから、あちこちから烏が集まってきているはずだ。いつもより目は多いはず。奏太はどこにいるんだ。
――もしかして。
ひとつ思い当たって、快は渋面をつくる。
「かい?」
心配そうにのぞいてくるひなたの頭をなでた。
「なんとなく、わかってきたよ」
「そうなの?」
「ああ」
だれにも知られずに消えてしまった、ひとの子の行方。
「快さん」
「うわっ」
急に、頭上から声がかかった。さきほどの化け烏とはちがい、音もなく飛んできたのは八尋だ。甥っ子を抱いて、すっと快のそばまで飛んでくる。真央はまだこちらに気づかない。
「化け烏に聞きましたよ。子ども、まだ見つかってへんって。うちの烏が役に立たなくて、申し訳ないわ。お詫びに、ひなたくん預かりましょか? 子どもとママさんの世話を同時にするんは、快さんでも大変でしょ」
ひなたが、ぱちっとまたたきする。八尋はふんわりと微笑んだ。
「いま、ぼくたち隠れんぼして遊んでるんよ。ひなたくんもいっしょにどう? いまなら大サービスで翼をあげちゃう」
八尋が指を鳴らすと、ぽんっとひなたの背に翼が生まれた。烏天狗の妖術だろう。だが、ひなたは一瞬後、ぶんぶんと首を横にふる。八尋についていけば、高いところに連れていかれると思ったのかもしれない。
「ひなは、かいといっしょにいる」
ぎゅっと快の手をつかんで離さない。八尋は気にした様子もなく「そう」と笑って、もう一度指を鳴らしてひなたの翼を消した。
「じゃあ、ぼくらは退散しますね」
「八尋」
「大丈夫。この近くにいるんで、またなんかあったら声かけてください」
すっと、八尋と甥っ子の姿が揺らぐ。あっという間に暗闇にまぎれてしまった。それと同時に、背後で真央が快を呼んだ。
「あの、快さん……」
「はい」
振り向けば、真央は目もとをぐっと袖で拭った。目を閉じて、もう一度開き、快を見る。
「ごめんなさい、わたし、ひどいことをしていたみたいです」
その言葉だけで、真央が出した結論は察せた。自分の中で折り合いもついたのだろう。彼女からは頼りない様子が薄れて、ひとつの芯が身体の真ん中に通ったようだった。
「奏太のこと、本当に大切なんです。お義母さんのことは関係なくて、本当に。今度は、ちゃんと捜します」
その言葉に、ひなたがすこし警戒を解く気配がした。真央はそんなひなたを見て「ごめんね、あんな話を聞かせて」と謝る。ひなたは小さく首を横にふってから訊いた。
「だいじ、だいじ?」
「……うん、とっても大事。警察にも夫にも、連絡して一緒に捜してもらうわ」
そう言ってスマホを取り出す真央だったが、快はとっさに口を挟んだ。
「ちょっと待って、真央さん」
「え?」
「その前にもう一度、この小径を捜してみましょう。母親の勘は、当たるかもしれないし」
真央が怪訝そうな顔をする。
「でも、あんなに捜して見つからなかったのに」
「見落としているかもしれないでしょう」
行きましょう、と快は歩き出した。
0
お気に入りに追加
65
あなたにおすすめの小説
仲町通りのアトリエ書房 -水彩絵師と白うさぎ付き-
橘花やよい
キャラ文芸
スランプ中の絵描き・絵莉が引っ越してきたのは、喋る白うさぎのいる長野の書店「兎ノ書房」。
心を癒し、夢と向き合い、人と繋がる、じんわりする物語。
pixivで連載していた小説を改稿して更新しています。
「第7回ほっこり・じんわり大賞」大賞をいただきました。
あやかし雑草カフェ社員寮 ~社長、離婚してくださいっ!~
菱沼あゆ
キャラ文芸
令和のはじめ。
めでたいはずの10連休を目前に仕事をクビになった、のどか。
同期と呑んだくれていたのだが、目を覚ますと、そこは見知らぬ会社のロビーで。
酔った弾みで、イケメンだが、ちょっと苦手な取引先の社長、成瀬貴弘とうっかり婚姻届を出してしまっていた。
休み明けまでは正式に受理されないと聞いたのどかは、10連休中になんとか婚姻届を撤回してもらおうと頑張る。
職だけでなく、住む場所も失っていたのどかに、貴弘は住まいを提供してくれるが、そこは草ぼうぼうの庭がある一軒家で。
おまけにイケメンのあやかしまで住んでいた。
庭にあふれる雑草を使い、雑草カフェをやろうと思うのどかだったが――。
ビストロ・ノクターン ~記憶のない青年と不死者の洋食屋~
銀タ篇
キャラ文芸
降りしきる雨の中、倒れるように転がり込んだその場所。
なんとそこは、不死のあやかし達の洋食屋だった!?
記憶をなくして路頭に迷った青年、聖弘(仮名)は、イケメンだけどちょっとゆるふわヴァンパイアの店長の取り計らいで不死者の洋食屋『ビストロ・ノクターン』で働かせて貰うことになったのだった。
人外だけの、ちょっとお洒落な洋食屋に陽気な人狼の経営するパン屋さん。
横浜のちょっと近くにある不思議なお店で繰り広げられる、ちょっと不思議でちょっと温かい、そんな話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
猫の喫茶店『ねこみや』
壬黎ハルキ
キャラ文芸
とあるアラサーのキャリアウーマンは、毎日の仕事で疲れ果てていた。
珍しく早く帰れたその日、ある住宅街の喫茶店を発見。
そこは、彼女と同い年くらいの青年が一人で仕切っていた。そしてそこには看板猫が存在していた。
猫の可愛さと青年の心優しさに癒される彼女は、店の常連になるつもりでいた。
やがて彼女は、一匹の白い子猫を保護する。
その子猫との出会いが、彼女の人生を大きく変えていくことになるのだった。
※4話と5話は12/30に更新します。
※6話以降は連日1話ずつ(毎朝8:00)更新していきます。
※第4回キャラ文芸大賞にエントリーしました。よろしくお願いします<(_ _)>
毒小町、宮中にめぐり逢ふ
鈴木しぐれ
キャラ文芸
🌸完結しました🌸生まれつき体に毒を持つ、藤原氏の娘、菫子(すみこ)。毒に詳しいという理由で、宮中に出仕することとなり、帝の命を狙う毒の特定と、その首謀者を突き止めよ、と命じられる。
生まれつき毒が効かない体質の橘(たちばなの)俊元(としもと)と共に解決に挑む。
しかし、その調査の最中にも毒を巡る事件が次々と起こる。それは菫子自身の秘密にも関係していて、ある真実を知ることに……。
忌み子と呼ばれた巫女が幸せな花嫁となる日
葉南子
キャラ文芸
★「忌み子」と蔑まれた巫女の運命が変わる和風シンデレラストーリー★
妖が災厄をもたらしていた時代。
滅妖師《めつようし》が妖を討ち、巫女がその穢れを浄化することで、人々は平穏を保っていた──。
巫女の一族に生まれた結月は、銀色の髪の持ち主だった。
その銀髪ゆえに結月は「忌巫女」と呼ばれ、義妹や叔母、侍女たちから虐げられる日々を送る。
黒髪こそ巫女の力の象徴とされる中で、結月の銀髪は異端そのものだったからだ。
さらに幼い頃から「義妹が見合いをする日に屋敷を出ていけ」と命じられていた。
その日が訪れるまで、彼女は黙って耐え続け、何も望まない人生を受け入れていた。
そして、その見合いの日。
義妹の見合い相手は、滅妖師の名門・霧生院家の次期当主だと耳にする。
しかし自分には関係のない話だと、屋敷最後の日もいつものように淡々と過ごしていた。
そんな中、ふと一頭の蝶が結月の前に舞い降りる──。
※他サイトでも掲載しております
Webコンテンツ大賞の戦い方【模索してみよう!】
橘花やよい
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスのWebコンテンツ大賞。
読者投票もあるし、うまく戦いたいですよね。
●応募作、いつから投稿をはじめましょう?
●そもそもどうやったら、読んでもらえるかな?
●参加時の心得は?
といったことを、ゆるふわっと書きます。皆さまも、ゆるふわっと読んでくださいませ。
30日と31日にかけて公開します。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる