魔法使いと子猫の京ドーナツ~謎解き風味でめしあがれ~

橘花やよい

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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ

7.烏天狗の証言

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「子どもなんて見てへんよ」

 八尋は快の言葉を聞くなり、首をかしげた。酔って頬は色づいているが、存外しっかりした口調だ。

 烏天狗の宴会場にはまだまだ活気があった。

「最近はひとさらいもしてへんし、大人しくしてますもん。ぼくはなんも知らへんなあ」
「そうか……、ん? 待て、最近はってなんだ」

 不吉な言葉が聞こえて突っ込むものの、八尋は悪気がない様子で微笑む。

「だってほら、天狗さらいって言いますやろ。ひとを惑わすのは、ぼくらの十八番ですよ」

 たしかに、山でひとがいなくなると「天狗にさらわれた」と表現することがある。事実、むかしはよく天狗たちが子どもをさらっていたらしい。

「最近はほら、ひとがいなくなると、山が騒がしくなるやないですか。照明はまぶしいし。松明なら、わあきれい、って見てられますけど、現代の灯りは嫌いやわあ」
「八尋も現代っ子だろうが」

 しかしまわりの烏天狗たちは「わかる~」とうなずいている。

 八尋は正真正銘、現代生まれだが、ここに集まっている烏天狗の中には平安時代や室町時代から生きている者もいるという。現代は趣きがないなあ、としみじみ語る烏天狗たちに呆れながら、快は訊いた。

「本当にさらってないんだな? その子の遊び相手にしよう、とか言って連れてきたとか」

 目線は、八尋の小さな甥っ子に向く。甥っ子はびくっと跳ねた。

「ちょっと快さん。うちの子を怖がらせるんは、やめてくれます?」
「悪い。でもおまえ、妖怪でも人間でも遊び相手募集中って言ってただろ。……本当に天狗さらい、してないだろうな?」
「疑うなんて、ひどいなあ。してませんよ」

 ぶすりと不機嫌になった八尋は、怒りのためにか、すこし酔いが覚めたらしい。自分の無実を晴らすように、他の烏天狗たちに呼びかける。

「ぼく、悪いことしてへんよね?」
「おお。今日の八尋は悪さしてないぞ。いつもは、やんちゃしてるけどなあ」

 ほら、と冷たい目で見てくる八尋に、快は「わかった、悪かった」と謝る。それから、ほかの烏天狗たちにも子どもを見ていないかと訊いてみたが、みんな首をかしげるばかり。烏天狗だけではなく、化け烏たちも首をひねっている。

 ひとりくらい目撃者がいるかと思ったんだが、当てが外れたようだ。

「はやく見つけたほうがええんとちがいますか? 夜は妖怪がうろつくし、子どもひとりで歩いてたら、それこそさらわれたり、喰われたりするかも」

 八尋が口をとがらせたままで言う。不機嫌を持て余したのか、甥っ子の頬をむぎゅむぎゅとこねている。

「ていうか、そんな子ども、ほんまにいるんですか?」

 ふいに言われて、快は目をまたたいた。

「どういう意味だ」
「だって、これだけ烏天狗と化け烏がいて、だれも見てへんっておかしいやないですか。実は子どもがいなくなったっていうんは、ママさんの狂言だったり」
「真央さんが? なんでそんなことするんだよ」
「そのママさんが実は妖怪で、快さんのことをからかって遊んではるとか」
「……いや、そんな感じじゃなかったぞ」

 言い返してみたものの、だれにも姿を見られないまま消えた少年というのは、快もひっかかる。いったい、どこに行ってしまったのだろう。

 真央の態度も、なんとなく気にかかるし。からかわれているようには思えなかったけれど、子どもがいなくなったのにだれにも知らせようとしないのは、おかしい気がする。

 どうにも引っかかることばかりの事件だ。

「ママさんが嘘ついてないなら、息子さんはもう妖怪にさらわれてるかもしれへんなあ」

 八尋はそう言うと、盛大なため息をついて化け烏を一羽呼んだ。すでに酒に潰れている烏たちが多かったが、その一羽はしっかりとした羽ばたきで、八尋の肩に乗る。

「本来ならひとの子がいなくなったくらい、ぼくら妖怪にはどうでもええことですけど。快さんが首突っ込んだのなら、手伝いましょ。捜しておいで」

 その言葉を合図に、化け烏はひと声鳴いて、飛び立った。
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