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第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ
6.迷子の子
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「どうして、ほうき……?」
「掃除のボランティアみたいなものです。気にしないでください」
取り乱していた女性をどうにか落ち着かせ、そんな話ができるまでには数分かかった。
女性は、三草真央と名乗った。二十代後半ほどだろう。ふわりと揺れる白ワンピースにベージュのニットを合わせた姿は線が細く、いまは不安そうに指先を組み合わせているから、いっそう頼りない雰囲気をまとっている。
スマホのライトしか灯りがない寂しい場所で、改めて話をもどす。
「それで、お子さんがいなくなった、と」
「はい……」
とたんに真央は視線をさまよわせた。だが、快が意図的におっとりと構えているおかげか、つられたように深呼吸をして、自分を落ち着ける。
「わたしたち、家族で観光に来たんですけど、夜ごはんを食べて、ホテルに行こうとしたら、奏太が……息子がいなくなっていて」
真央、息子の奏太、それから真央の夫と、その母の四人旅行だったらしい。
しかし夕食の会計をしている間に、息子の奏太の姿が消えた。奏太は昼間、竹林の小径を気に入っていたから、ひとりでまた散策しているのではと、真央は捜していたのだそうだ。
とはいえ……、快は真っ暗闇に包まれる道の先を見つめた。
ぬっと、竹の間から、よからぬものが出てきそうな雰囲気。実際、妖怪がいつ出てきても不思議ではない。こんな場所に、子どもがひとりで来るだろうか。
「お子さん、まだ小さいですよね?」
「はい。その子と、同じくらいだと思います」
真央はひなたを見た。ひなたはぎゅっと快とつないでいる手に力を込める。ひなたと同じくらいなら、幼稚園児か、小学校低学年か。
「そんなに小さい子なら、怖くて遊ぶどころじゃないと思いますよ」
「……そう、ですよね」
「ここにはいないかもしれないし、警察に連絡してみては?」
もしかしたら、事件に巻き込まれた可能性だってある。言外に込めた思いが伝わればまた真央が取り乱してしまうだろうかと思い、落ち着いた口調を意識した。それが功を奏したのか、真央は力なく首をふるだけで冷静さは保ってくれた。
「警察に言うほどのことではないと思うんです……、あの子、最近ぜんぜん言うこと聞いてくれなくて。だからきっと、ひとりでふらついてるだけだから、大ごとにするのは申し訳なくて」
「旦那さんたちは、このことを知ってるんですか?」
「いえ。すこし奏太と散歩してくる、とだけ言って捜しに来ました」
「警察に遠慮するのは、まあわからなくもないですけど。旦那さんには連絡していいんじゃないですか? いっしょに捜してもらったほうが安心でしょう」
「それはそう、なんですけど……」
真央は困ったように視線をさまよわせる。ぼそぼそとした聞き取りにくい声でつぶやいた。
「でも、いたずらでいなくなっただけだと思うんです。本当に、大げさにするほどじゃないと思うので」
「……はあ、なるほど」
うなずきながらも、そう悠長に構えていいものだろうかと快はひそかに眉を寄せる。
息子を心配しているのはたしかだろうけれど、警察にも家族にも相談しないというのはどうなのだ。それほど、息子がこの竹林のどこかにいるという確証があるのだろうか。でも、いま見つかっていないわけだし……。
快としては、警察に助けを求めるべきだと思う。事件に巻き込まれてからでは遅い。けれど母親の真央がその必要はないと言うのなら、強く出ることもできない。ひとまず自分にできることで手を貸そう。
「俺の知り合いが近くにいるので、訊いてみます。息子さんの姿を見ているかもしれないし。真央さんはここで待っていてくれますか」
「え、ええ。お願いします……!」
「行くぞ、ひなた」
「ん」
重い荷物をおろして、ひなたと来た道をもどる。
とにもかくにも今夜は、たくさんの妖怪が竹林の小径にたむろしている。だれかひとりくらいは、子どもの姿を見ているだろう。
「掃除のボランティアみたいなものです。気にしないでください」
取り乱していた女性をどうにか落ち着かせ、そんな話ができるまでには数分かかった。
女性は、三草真央と名乗った。二十代後半ほどだろう。ふわりと揺れる白ワンピースにベージュのニットを合わせた姿は線が細く、いまは不安そうに指先を組み合わせているから、いっそう頼りない雰囲気をまとっている。
スマホのライトしか灯りがない寂しい場所で、改めて話をもどす。
「それで、お子さんがいなくなった、と」
「はい……」
とたんに真央は視線をさまよわせた。だが、快が意図的におっとりと構えているおかげか、つられたように深呼吸をして、自分を落ち着ける。
「わたしたち、家族で観光に来たんですけど、夜ごはんを食べて、ホテルに行こうとしたら、奏太が……息子がいなくなっていて」
真央、息子の奏太、それから真央の夫と、その母の四人旅行だったらしい。
しかし夕食の会計をしている間に、息子の奏太の姿が消えた。奏太は昼間、竹林の小径を気に入っていたから、ひとりでまた散策しているのではと、真央は捜していたのだそうだ。
とはいえ……、快は真っ暗闇に包まれる道の先を見つめた。
ぬっと、竹の間から、よからぬものが出てきそうな雰囲気。実際、妖怪がいつ出てきても不思議ではない。こんな場所に、子どもがひとりで来るだろうか。
「お子さん、まだ小さいですよね?」
「はい。その子と、同じくらいだと思います」
真央はひなたを見た。ひなたはぎゅっと快とつないでいる手に力を込める。ひなたと同じくらいなら、幼稚園児か、小学校低学年か。
「そんなに小さい子なら、怖くて遊ぶどころじゃないと思いますよ」
「……そう、ですよね」
「ここにはいないかもしれないし、警察に連絡してみては?」
もしかしたら、事件に巻き込まれた可能性だってある。言外に込めた思いが伝わればまた真央が取り乱してしまうだろうかと思い、落ち着いた口調を意識した。それが功を奏したのか、真央は力なく首をふるだけで冷静さは保ってくれた。
「警察に言うほどのことではないと思うんです……、あの子、最近ぜんぜん言うこと聞いてくれなくて。だからきっと、ひとりでふらついてるだけだから、大ごとにするのは申し訳なくて」
「旦那さんたちは、このことを知ってるんですか?」
「いえ。すこし奏太と散歩してくる、とだけ言って捜しに来ました」
「警察に遠慮するのは、まあわからなくもないですけど。旦那さんには連絡していいんじゃないですか? いっしょに捜してもらったほうが安心でしょう」
「それはそう、なんですけど……」
真央は困ったように視線をさまよわせる。ぼそぼそとした聞き取りにくい声でつぶやいた。
「でも、いたずらでいなくなっただけだと思うんです。本当に、大げさにするほどじゃないと思うので」
「……はあ、なるほど」
うなずきながらも、そう悠長に構えていいものだろうかと快はひそかに眉を寄せる。
息子を心配しているのはたしかだろうけれど、警察にも家族にも相談しないというのはどうなのだ。それほど、息子がこの竹林のどこかにいるという確証があるのだろうか。でも、いま見つかっていないわけだし……。
快としては、警察に助けを求めるべきだと思う。事件に巻き込まれてからでは遅い。けれど母親の真央がその必要はないと言うのなら、強く出ることもできない。ひとまず自分にできることで手を貸そう。
「俺の知り合いが近くにいるので、訊いてみます。息子さんの姿を見ているかもしれないし。真央さんはここで待っていてくれますか」
「え、ええ。お願いします……!」
「行くぞ、ひなた」
「ん」
重い荷物をおろして、ひなたと来た道をもどる。
とにもかくにも今夜は、たくさんの妖怪が竹林の小径にたむろしている。だれかひとりくらいは、子どもの姿を見ているだろう。
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