上 下
11 / 83
第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ

6.迷子の子

しおりを挟む
「どうして、ほうき……?」
「掃除のボランティアみたいなものです。気にしないでください」

 取り乱していた女性をどうにか落ち着かせ、そんな話ができるまでには数分かかった。

 女性は、三草真央みくさまおと名乗った。二十代後半ほどだろう。ふわりと揺れる白ワンピースにベージュのニットを合わせた姿は線が細く、いまは不安そうに指先を組み合わせているから、いっそう頼りない雰囲気をまとっている。

 スマホのライトしか灯りがない寂しい場所で、改めて話をもどす。

「それで、お子さんがいなくなった、と」
「はい……」

 とたんに真央は視線をさまよわせた。だが、快が意図的におっとりと構えているおかげか、つられたように深呼吸をして、自分を落ち着ける。

「わたしたち、家族で観光に来たんですけど、夜ごはんを食べて、ホテルに行こうとしたら、奏太そうたが……息子がいなくなっていて」

 真央、息子の奏太、それから真央の夫と、その母の四人旅行だったらしい。

 しかし夕食の会計をしている間に、息子の奏太の姿が消えた。奏太は昼間、竹林の小径を気に入っていたから、ひとりでまた散策しているのではと、真央は捜していたのだそうだ。

 とはいえ……、快は真っ暗闇に包まれる道の先を見つめた。

 ぬっと、竹の間から、よからぬものが出てきそうな雰囲気。実際、妖怪がいつ出てきても不思議ではない。こんな場所に、子どもがひとりで来るだろうか。

「お子さん、まだ小さいですよね?」
「はい。その子と、同じくらいだと思います」

 真央はひなたを見た。ひなたはぎゅっと快とつないでいる手に力を込める。ひなたと同じくらいなら、幼稚園児か、小学校低学年か。

「そんなに小さい子なら、怖くて遊ぶどころじゃないと思いますよ」
「……そう、ですよね」
「ここにはいないかもしれないし、警察に連絡してみては?」

 もしかしたら、事件に巻き込まれた可能性だってある。言外に込めた思いが伝わればまた真央が取り乱してしまうだろうかと思い、落ち着いた口調を意識した。それが功を奏したのか、真央は力なく首をふるだけで冷静さは保ってくれた。

「警察に言うほどのことではないと思うんです……、あの子、最近ぜんぜん言うこと聞いてくれなくて。だからきっと、ひとりでふらついてるだけだから、大ごとにするのは申し訳なくて」
「旦那さんたちは、このことを知ってるんですか?」
「いえ。すこし奏太と散歩してくる、とだけ言って捜しに来ました」
「警察に遠慮するのは、まあわからなくもないですけど。旦那さんには連絡していいんじゃないですか? いっしょに捜してもらったほうが安心でしょう」
「それはそう、なんですけど……」

 真央は困ったように視線をさまよわせる。ぼそぼそとした聞き取りにくい声でつぶやいた。

「でも、いたずらでいなくなっただけだと思うんです。本当に、大げさにするほどじゃないと思うので」
「……はあ、なるほど」

 うなずきながらも、そう悠長に構えていいものだろうかと快はひそかに眉を寄せる。

 息子を心配しているのはたしかだろうけれど、警察にも家族にも相談しないというのはどうなのだ。それほど、息子がこの竹林のどこかにいるという確証があるのだろうか。でも、いま見つかっていないわけだし……。

 快としては、警察に助けを求めるべきだと思う。事件に巻き込まれてからでは遅い。けれど母親の真央がその必要はないと言うのなら、強く出ることもできない。ひとまず自分にできることで手を貸そう。

「俺の知り合いが近くにいるので、訊いてみます。息子さんの姿を見ているかもしれないし。真央さんはここで待っていてくれますか」
「え、ええ。お願いします……!」
「行くぞ、ひなた」
「ん」

 重い荷物をおろして、ひなたと来た道をもどる。

 とにもかくにも今夜は、たくさんの妖怪が竹林の小径にたむろしている。だれかひとりくらいは、子どもの姿を見ているだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小京都角館・武家屋敷通りまごころベーカリー  弱小極道一家が愛されパン屋さんはじめました

来栖千依
キャラ文芸
 父の急死により、秋田の角館をシマに持つ極道一家・黒羽組を継ぐことになった女子高生の四葉。しかし組は超弱小で、本家に支払う一千万の上納金すら手元にない。困る四葉のもとに、パン職人の修行のために海外へ行っていた幼馴染の由岐が帰ってきた。「俺がここでベーカリーをやるから、売り上げはお前が取れ」。シマの住民に愛されるパン屋さんを目指して店を手伝う四葉だが、美味しいパンを求めてやってくるお客にはそれぞれ事情があるようで…?

Webコンテンツ大賞の戦い方【模索してみよう!】

橘花やよい
エッセイ・ノンフィクション
アルファポリスのWebコンテンツ大賞。 読者投票もあるし、うまく戦いたいですよね。 ●応募作、いつから投稿をはじめましょう? ●そもそもどうやったら、読んでもらえるかな? ●参加時の心得は? といったことを、ゆるふわっと書きます。皆さまも、ゆるふわっと読んでくださいませ。 30日と31日にかけて公開します。

神様の学校 八百万ご指南いたします

浅井 ことは
キャラ文芸
☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: 八百万《かみさま》の学校。 ひょんなことから神様の依頼を受けてしまった翔平《しょうへい》。 1代おきに神様の御用を聞いている家系と知らされるも、子どもの姿の神様にこき使われ、学校の先生になれと言われしまう。 来る生徒はどんな生徒か知らされていない翔平の授業が始まる。 ☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.:*・゜☆。.: ※表紙の無断使用は固くお断りしていただいております。

赤司れこの予定調和な神津観測日記

Tempp
キャラ文芸
サブカル系呪術師だったり幽霊が見える酒乱のカリスマ美容師だったり週末バンドしてる天才外科医だったりぽんこつ超力陰陽師だったりするちょっと奇妙な神津市に住む人々の日常を描くたいていは現ファの連作短編集です。 5万字を超えたりファンタジーみのないものは別立てまたは別シリーズにします。 この街の地図や登場人物は1章末尾の閑話に記載する予定です。 表紙は暫定で神津地図。当面は予約を忘れない限り、1日2話程度公開予定。 赤司れこ@obsevare0430 7月15日 ーーーーーーーーーーーーーーー こんにちは。僕は赤司れこといいます。 少し前に認識を取り戻して以降、お仕事を再開しました。つまり現在地である神津市の観測です。 神津市は人口70万人くらいで、山あり海あり商業都市に名所旧跡何でもありな賑やかな町。ここで起こる変なことを記録するのが僕の仕事だけれど、変なことがたくさん起こるせいか、ここには変な人がたくさん住んでいる。霊が見えたり酒乱だったり頭が少々斜め上だったり。僕の本来の仕事とはちょっと違うけれど、手持ち無沙汰だし記録しておくことにしました。 ーーーーーーーーーーーーーーー RE Rtwit イイネ! 共有

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

蛇に祈りを捧げたら。

碧野葉菜
キャラ文芸
願いを一つ叶える代わりに人間の寿命をいただきながら生きている神と呼ばれる存在たち。その一人の蛇神、蛇珀(じゃはく)は大の人間嫌いで毎度必要以上に寿命を取り立てていた。今日も標的を決め人間界に降り立つ蛇珀だったが、今回の相手はいつもと少し違っていて…? 神と人との理に抗いながら求め合う二人の行く末は? 人間嫌いであった蛇神が一人の少女に恋をし、上流神(じょうりゅうしん)となるまでの物語。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】あの伝説のショートギャグ 猫のおっさん

むれい南極
キャラ文芸
元ホームレスのおっさんが、金持ちの男の子に拾われた。どういうわけか、こちらを猫と勘違いしているらしい。 おっさんは生活のために猫のフリをするが、そのうちに、自分は本当に猫になってしまったのかと思い始める。 予期せぬトラブルが日常を狂気に変えていく。 軽く読めるハートフルコメディ、ときどき下ネタの物語です。

処理中です...