上 下
8 / 83
第一章 迷える月夜に、クリームドーナツ

3.烏天狗の宴会1

しおりを挟む
 すっとおりていくと、気づいた八尋が手を挙げた。

「やっと来たあ、快さん。って言っても、宴はまだまだ序の口やから、ドーナツはあとになりそうですけど」
「うわ、八尋。おまえ、酒くさいぞ」
「えええ~?」

 幼なじみの八尋は本来の姿で酒を飲んでいた。天狗らしい山伏の衣装に、漆黒の翼が生えた姿だ。

 ほかの烏天狗たちも同様の姿だった。老若男女問わず酒を交わす彼らは、広場にご馳走の入った重箱を広げて、秋で肌寒いというのに頬を赤らめている。大の字になって寝ている者もいた。ただの鳥の姿をした化け烏もたくさんいるが、こちらも伸びている者が多い。

「これで序の口……?」

 疑問に思ったが、たしかに酒やご馳走はたっぷりと残っている。まだ宴ははじまったばかりらしい。

 辺りを見渡し、置かれた酒瓶を見て納得した。

 なるほど。烏天狗殺しか。

 妖怪の酒婆(酒が大好きな鬼で、好きが高じて酒造を営んでいる)がつくる、きつい酒だ。酒豪の多い烏天狗もべろべろにさせる代物だった。

 快はひなたを背中に隠す。酔いどれは教育に悪い。わっと言ったものの、ひなたも烏天狗たちが恐ろしいのか、大人しくしがみついてくる。

「おお。快さんや、よう来たな。よっ、西洋の色男!」
「『魔女のドーナツ』か。異国の者がつくった甘味は特別だからうれしいなぁ」
「まいどです。魔力込めておいたので、珍味としてどうぞ」

 絡んできた年かさの烏天狗にドーナツの入った手提げ袋を渡す。八尋が笑い声を上げながら、快の肩に腕を回してばんばんたたいた。

「魔力とか関係なしに、快さんのドーナツがぼくは大好き。謙遜したらあかんよ」
「おまえはそうでも、ほかの烏天狗たちは魔力目当てだろ。そして離れろ。うっとうしい」
「そんなことあらへんよ。みぃんな、快さんのドーナツが好きやもん。ねえ?」

 快を無視した八尋が呼びかけると、ほろ酔いの烏天狗たちは「おお、好き好き~」と機嫌よく応える。まったく調子のいい妖怪たちだ。

 料理には、つくり手の力が多少ならずこもる。魔法使いや魔女であれば、魔力が。妖怪であれば、妖力が。巫女であれば、霊力が。

 日本にいる妖怪たちは、すっかり妖力や霊力に舌が慣れてしまったようで、イギリスの魔法使いの魔力が癖になったらしい。日本食ばかりではあきるから、たまには異国の料理でも食べようか、という具合だ。

 こうした妖怪たちが、祖母が亡くなったあと「店を継いでくれ」と快に泣きついてきたのも、いまとなっては愉快な想い出だった。彼らは珍味を奪われたくなかったらしく、それはもうしつこかった。

「おー、快さん、ほんまに子連れやないか」

 ひとりの烏天狗が、ひなたに気づいた。

「……おさけくさい。やっ」

 ひなたは鼻をつまんで拒否の姿勢を取ったが、烏天狗たちは「かわいいなぁ」と相好を崩し近づいてくる。あちこちで、「うちの子どもも、むかしはな」「いやうちの孫だって」と話題に花が咲く。

 ひなたは酒の匂いをまとう烏天狗から逃れるように、快の足に顔を押しつけた。

「かい、このてんぐたち、はなしきかない」
「酔っ払いはそういうもんだ」
「かいも、のんだらこうなる?」
「俺はそもそも酒を呑まない」
「快さんは真面目やもんねえ。あ、そうそう。これ持って帰ってええよ。約束の品」

 よいしょ、と八尋が紙袋を持ってきた。ずいぶん重そうだ。酔いどれの八尋が持つとふらふらして頼りないから、すぐに手を差し伸べた。

 しかし約束の品というものに心当たりがない。
しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

失恋少女と狐の見廻り

紺乃未色(こんのみいろ)
キャラ文芸
失恋中の高校生、彩羽(いろは)の前にあらわれたのは、神の遣いである「千影之狐(ちかげのきつね)」だった。「協力すれば恋の願いを神へ届ける」という約束のもと、彩羽はとある旅館にスタッフとして潜り込み、「魂を盗る、人ならざる者」の調査を手伝うことに。 人生初のアルバイトにあたふたしながらも、奮闘する彩羽。そんな彼女に対して「面白い」と興味を抱く千影之狐。 一人と一匹は無事に奇妙な事件を解決できるのか? 不可思議でどこか妖しい「失恋からはじまる和風ファンタジー」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

化想操術師の日常

茶野森かのこ
キャラ文芸
たった一つの線で、世界が変わる。 化想操術師という仕事がある。 一般的には知られていないが、化想は誰にでも起きる可能性のある現象で、悲しみや苦しみが心に抱えきれなくなった時、人は無意識の内に化想と呼ばれるものを体の外に生み出してしまう。それは、空間や物や生き物と、その人の心を占めるものである為、様々だ。 化想操術師とは、頭の中に思い描いたものを、その指先を通して、現実に生み出す事が出来る力を持つ人達の事。本来なら無意識でしか出せない化想を、意識的に操る事が出来た。 クズミ化想社は、そんな化想に苦しむ人々に寄り添い、救う仕事をしている。 社長である九頭見志乃歩は、自身も化想を扱いながら、化想患者限定でカウンセラーをしている。 社員は自身を含めて四名。 九頭見野雪という少年は、化想を生み出す能力に長けていた。志乃歩の養子に入っている。 常に無表情であるが、それは感情を失わせるような過去があったからだ。それでも、志乃歩との出会いによって、その心はいつも誰かに寄り添おうとしている、優しい少年だ。 他に、志乃歩の秘書でもある黒兎、口は悪いが料理の腕前はピカイチの姫子、野雪が生み出した巨大な犬の化想のシロ。彼らは、山の中にある洋館で、賑やかに共同生活を送っていた。 その洋館に、新たな住人が加わった。 記憶を失った少女、たま子。化想が扱える彼女は、記憶が戻るまでの間、野雪達と共に過ごす事となった。 だが、記憶を失くしたたま子には、ある目的があった。 たま子はクズミ化想社の一人として、志乃歩や野雪と共に、化想を出してしまった人々の様々な思いに触れていく。 壊れた友情で海に閉じこもる少年、自分への後悔に復讐に走る女性、絵を描く度に化想を出してしまう少年。 化想操術の古い歴史を持つ、阿木之亥という家の人々、重ねた野雪の過去、初めて出来た好きなもの、焦がれた自由、犠牲にしても守らなきゃいけないもの。 野雪とたま子、化想を取り巻く彼らのお話です。

鬼と私の約束~あやかしバーでバーメイド、はじめました~

さっぱろこ
キャラ文芸
本文の修正が終わりましたので、執筆を再開します。 第6回キャラ文芸大賞 奨励賞頂きました。 * * * 家族に疎まれ、友達もいない甘祢(あまね)は、明日から無職になる。 そんな夜に足を踏み入れた京都の路地で謎の男に襲われかけたところを不思議な少年、伊吹(いぶき)に助けられた。 人間とは少し違う不思議な匂いがすると言われ連れて行かれた先は、あやかしなどが住まう時空の京都租界を統べるアジトとなるバー「OROCHI」。伊吹は京都租界のボスだった。 OROCHIで女性バーテン、つまりバーメイドとして働くことになった甘祢は、人間界でモデルとしても働くバーテンの夜都賀(やつが)に仕事を教わることになる。 そうするうちになぜか徐々に敵対勢力との抗争に巻き込まれていき―― 初めての投稿です。色々と手探りですが楽しく書いていこうと思います。

佐世保黒猫アンダーグラウンド―人外ジャズ喫茶でバイト始めました―

御結頂戴
キャラ文芸
高校一年生のカズキは、ある日突然現れた“黒い虎のような猫”ハヤキに連れられて 長崎の佐世保にかつて存在した、駅前地下商店街を模倣した異空間 【佐世保地下異界商店街】へと迷い込んでしまった。 ――神・妖怪・人外が交流や買い物を行ない、浮世の肩身の狭さを忘れ楽しむ街。 そんな場所で、カズキは元の世界に戻るために、種族不明の店主が営むジャズ喫茶 (もちろんお客は人外のみ)でバイトをする事になり、様々な騒動に巻き込まれる事に。 かつての時代に囚われた世界で、かつて存在したもの達が生きる。そんな物語。 -------------- 主人公:和祁(カズキ)。高校一年生。なんか人外に好かれる。 相棒 :速来(ハヤキ)。長毛種で白い虎模様の黒猫。人型は浅黒い肌に金髪のイケメン。 店主 :丈牙(ジョウガ)。人外ジャズ喫茶の店主。人当たりが良いが中身は腹黒い。   ※字数少な目で、更新時は一日に数回更新の時もアリ。  1月からは更新のんびりになります。  

ようこそ猫カフェ『ネコまっしぐランド』〜我々はネコ娘である〜

根上真気
キャラ文芸
日常系ドタバタ☆ネコ娘コメディ!!猫好きの大学二年生=猫実好和は、ひょんなことから猫カフェでバイトすることに。しかしそこは...ネコ娘達が働く猫カフェだった!猫カフェを舞台に可愛いネコ娘達が大活躍する?プロットなし!一体物語はどうなるのか?作者もわからない!!

それでもあなたは異世界に行きますか?

えと
キャラ文芸
あなたにとって異世界転生とはなんですか? ……… そう…ですか その考えもいいと思いますよ とっても面白いです はい 私はなかなかそうは考えられないので 私にとっての…異世界転生ですか? 強いて言うなら… 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 ここはとある別の世界 どこかの分岐点から、誰もが知る今の状態とは全く違う いい意味でも悪い意味でも、大きく変わってしまった…そんな、日本という名の異世界。 一期一会 一樹之陰 運命の人 「このことは決まっていたのか」と思われほど 良い方にも悪い方にも綺麗に転がるこの世界… そんな悪い方に転ぶ運命だった人を助ける唯一の光 それをこの世界では 「異世界転生」 とよぶ。

ニンジャマスター・ダイヤ

竹井ゴールド
キャラ文芸
 沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。  大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。  沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。

処理中です...