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プロローグ 迷子の子猫に、プレーンドーナツ
5.厄介な幼なじみと2
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「快さんもパパになりはったんやね。感慨深いわ」
「だから、一時的に預かってるだけだって」
「一時的ねえ。それって、いつまで?」
「それは……わからないけど。でも、ひなたの本来の姿は黒猫なんだよ。ひとの姿ならともかく、猫の姿だったら里親を見つけてやれるかもしれないだろ」
「そうやろか。快さんのことやから、ずるずると生涯面倒みてそうですけどねえ」
「ないない。さすがに無理だ。困る」
と呆れて手をふったとき、ひなたが「え」と声を上げた。見れば、大きなひとみに悲しさがあふれていて、ぎょっとする。ぽろりと涙が落ちた。
「……ひな、おいだされる?」
ぎゅうっと足に抱きつかれてしまってあわてる快を、もちろん八尋が黙って見ているわけもない。
「あー、快さんがひなたくん泣かせてるー。いけないんだー」
「おまえは黙ってろ八尋。ひなた、大丈夫だから落ち着け」
八尋をにらみつつ、足をしめつけてくる少年の頭をぽんぽんなでる。それでもひなたは離れようとしない。心が乱れたからか変化が解けかけて、黒い猫耳としっぽも出てきてしまっている。そのしっぽまで快の足に絡みつく始末だ。
「快さんってば、ほんまになつかれてるんやね」
「困ったことにな。……ああ、悪かったって。困ってないよ。大丈夫、ぜんぜん困ってないから。な?」
「……ほんと?」
「ああ、本当」
ひなたの脇の下に手を差し込んでやると、やっとすこし離れてくれる。そのまま抱きあげて、背中をなでればすこしずつ落ち着いて、猫耳たちは消えた。
「ほら、ひなた。ドーナツやるから、二階で食べてこい」
泣きやんだひなたをおろして、チョコレートドーナツをひとつ手渡す。なにか言いたげな目ではあったが、ひなたはうなずいて去っていった。
どうも、ひなたは朝が苦手らしい。そこは猫らしく夜型なのだろう。ドーナツを食べて、そのまま昼までうとうとするのかもしれない。昨日も陽射しに包まれる窓辺で、黒猫姿のひなたが丸まっているのを見た。
「あ、しまった。歯磨きをするように言えばよかった」
「……快さん」
「……なんだよ、その目は」
「いや、快さんってそういうひとやんなあ、と思いまして。ま、快さん使い魔おらへんし、黒猫ならちょうどええんとちがいます? 契約して、住まわせてあげたら?」
魔法使いは使い魔を持つ者が多い。実際に祖母も父も、黒猫と契約している。しかし快は首を横にふった。
「俺は使い魔なんていらない。ていうか、ずっと居候させるのは無理だ。貯金もないし」
もともと、自分ひとりが食べていければいいという程度の気持ちで働いていたのだから、急に子どもを育てろというのも無理な話だ。ふところ事情に思いを馳せて遠い目をする。
「どうするかなあ。営業時間伸ばすか、値上げするか……」
「なんだかんだ、育てること前提で話してはるやん。ほんまに快さんってひとは」
「しばらく預かるにしても、金が足りないんだから仕方ないだろ。いまさら放り出すわけにもいかないし」
養うのは無理だからと本当の親を捜そうにも、ひなたがなにも教えてくれない。そもそも、捨てられた子を親のもとに送り返していいものかもわからないが。あんなに痩せて怪我もしていたくらいだし……。
とはいえ里親を探すにしても、ひなたが他人になつくまではむずかしい――と考えると、結局しばらくの間は預かるしかないのだろう。
「快さんのおひとよしなところは一番の長所で、三番目くらの短所ですねえ」
笑っていた八尋だったが、顎に指をあてて思案顔になり、提案した。
「仕方ない。ぼくが根回ししてあげましょか?」
「え?」
「当分生活に困らんように、手伝ってあげてもええですよ。我らが快さんの悩みを放っておくわけにはいかんし」
「……本当か?」
「もちろん」
助かる――と言いたいが、手放しで喜べないこの複雑さ。なんといっても相手は八尋だ。合法的な手伝いかどうか怪しい。あと、助ける代わりに見返りを要求されそうで怖い。
快に不安がよぎったのを察したのか、八尋はきれいに計算された角度で首をかしげる。
「べつに、快さんから見返りなんて求めへんよ。ただまあ」
ひと房の髪が揺れた。
「お礼に、ぼくのこと甘やかしてくれたら、うれしいなあ?」
甘えるような声は、そこらへんにいる女性ならころっと落ちるだろう。しかし慣れている快は動じない。
「そういうのは、好きなひとにしろ」
「あいたっ」
ぺちんと八尋の額をたたくと、たいした力も入れていないのに、八尋は大げさに痛がってみせた。
しかし快を助けようと思っていることは本当らしく、目途が立ったら連絡する、と言い残して八尋は店を出ていった。ひとをからかう癖はいただけないが、なんだかんだ悪党ではないのだ。
「ていうか八尋のやつ、話すだけ話してドーナツ買い忘れていったな」
今日は大学のゼミがある曜日のはずだ。頭を使うから糖分補給が必須と言って毎週ドーナツを買いに来るから、快も彼のスケジュールを覚えてしまった。無事にゼミを乗り越えられるといいのだが。
プロローグ 迷子の子猫に、プレーンドーナツ (了)
「だから、一時的に預かってるだけだって」
「一時的ねえ。それって、いつまで?」
「それは……わからないけど。でも、ひなたの本来の姿は黒猫なんだよ。ひとの姿ならともかく、猫の姿だったら里親を見つけてやれるかもしれないだろ」
「そうやろか。快さんのことやから、ずるずると生涯面倒みてそうですけどねえ」
「ないない。さすがに無理だ。困る」
と呆れて手をふったとき、ひなたが「え」と声を上げた。見れば、大きなひとみに悲しさがあふれていて、ぎょっとする。ぽろりと涙が落ちた。
「……ひな、おいだされる?」
ぎゅうっと足に抱きつかれてしまってあわてる快を、もちろん八尋が黙って見ているわけもない。
「あー、快さんがひなたくん泣かせてるー。いけないんだー」
「おまえは黙ってろ八尋。ひなた、大丈夫だから落ち着け」
八尋をにらみつつ、足をしめつけてくる少年の頭をぽんぽんなでる。それでもひなたは離れようとしない。心が乱れたからか変化が解けかけて、黒い猫耳としっぽも出てきてしまっている。そのしっぽまで快の足に絡みつく始末だ。
「快さんってば、ほんまになつかれてるんやね」
「困ったことにな。……ああ、悪かったって。困ってないよ。大丈夫、ぜんぜん困ってないから。な?」
「……ほんと?」
「ああ、本当」
ひなたの脇の下に手を差し込んでやると、やっとすこし離れてくれる。そのまま抱きあげて、背中をなでればすこしずつ落ち着いて、猫耳たちは消えた。
「ほら、ひなた。ドーナツやるから、二階で食べてこい」
泣きやんだひなたをおろして、チョコレートドーナツをひとつ手渡す。なにか言いたげな目ではあったが、ひなたはうなずいて去っていった。
どうも、ひなたは朝が苦手らしい。そこは猫らしく夜型なのだろう。ドーナツを食べて、そのまま昼までうとうとするのかもしれない。昨日も陽射しに包まれる窓辺で、黒猫姿のひなたが丸まっているのを見た。
「あ、しまった。歯磨きをするように言えばよかった」
「……快さん」
「……なんだよ、その目は」
「いや、快さんってそういうひとやんなあ、と思いまして。ま、快さん使い魔おらへんし、黒猫ならちょうどええんとちがいます? 契約して、住まわせてあげたら?」
魔法使いは使い魔を持つ者が多い。実際に祖母も父も、黒猫と契約している。しかし快は首を横にふった。
「俺は使い魔なんていらない。ていうか、ずっと居候させるのは無理だ。貯金もないし」
もともと、自分ひとりが食べていければいいという程度の気持ちで働いていたのだから、急に子どもを育てろというのも無理な話だ。ふところ事情に思いを馳せて遠い目をする。
「どうするかなあ。営業時間伸ばすか、値上げするか……」
「なんだかんだ、育てること前提で話してはるやん。ほんまに快さんってひとは」
「しばらく預かるにしても、金が足りないんだから仕方ないだろ。いまさら放り出すわけにもいかないし」
養うのは無理だからと本当の親を捜そうにも、ひなたがなにも教えてくれない。そもそも、捨てられた子を親のもとに送り返していいものかもわからないが。あんなに痩せて怪我もしていたくらいだし……。
とはいえ里親を探すにしても、ひなたが他人になつくまではむずかしい――と考えると、結局しばらくの間は預かるしかないのだろう。
「快さんのおひとよしなところは一番の長所で、三番目くらの短所ですねえ」
笑っていた八尋だったが、顎に指をあてて思案顔になり、提案した。
「仕方ない。ぼくが根回ししてあげましょか?」
「え?」
「当分生活に困らんように、手伝ってあげてもええですよ。我らが快さんの悩みを放っておくわけにはいかんし」
「……本当か?」
「もちろん」
助かる――と言いたいが、手放しで喜べないこの複雑さ。なんといっても相手は八尋だ。合法的な手伝いかどうか怪しい。あと、助ける代わりに見返りを要求されそうで怖い。
快に不安がよぎったのを察したのか、八尋はきれいに計算された角度で首をかしげる。
「べつに、快さんから見返りなんて求めへんよ。ただまあ」
ひと房の髪が揺れた。
「お礼に、ぼくのこと甘やかしてくれたら、うれしいなあ?」
甘えるような声は、そこらへんにいる女性ならころっと落ちるだろう。しかし慣れている快は動じない。
「そういうのは、好きなひとにしろ」
「あいたっ」
ぺちんと八尋の額をたたくと、たいした力も入れていないのに、八尋は大げさに痛がってみせた。
しかし快を助けようと思っていることは本当らしく、目途が立ったら連絡する、と言い残して八尋は店を出ていった。ひとをからかう癖はいただけないが、なんだかんだ悪党ではないのだ。
「ていうか八尋のやつ、話すだけ話してドーナツ買い忘れていったな」
今日は大学のゼミがある曜日のはずだ。頭を使うから糖分補給が必須と言って毎週ドーナツを買いに来るから、快も彼のスケジュールを覚えてしまった。無事にゼミを乗り越えられるといいのだが。
プロローグ 迷子の子猫に、プレーンドーナツ (了)
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