宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~

橘花やよい

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第十三章 ルリの戦い

(四)

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 広場では、うなり声がずっと続いていた。苦しくなりながら、どうにか走ってきたわたしは、はっと息をのむ。

「ミナセ!」

 暴れるレオをおさえているミナセは、あちこち傷だらけだ。血もにじんで、服は土や血で汚れている。だけどレオだって、もうボロボロだった。

 ふたりとも必死で、わたしに気づいてすらいない。つかみあって、地面を転がっている。

「ミナセ! 赤輝石持ってきたよ!」
「……ルリ!」

 気づいたミナセの顔がほっとゆるむ。それをレオは見逃さなかった。勢いよく身体をねじり、ミナセをふり払う。腕から逃れたところで、ミナセのお腹を足で蹴り上げた。

「うっ」

 ミナセは吹き飛ばされて、動かなくなる。

「血」

 ぽつりと、レオの声がした。

「血の、におい……、血……、飲みたい……!」

 ぞっとした。

 赤い月明かりを受けたレオが、唇の端を持ち上げて、歪に笑った。気を失ったミナセを見るその瞳が、激しく暗く、輝いている。獲物を見る瞳だ。

「――レオ! ねえ、レオっ! しっかりして!」

 赤輝石を握りしめ、力の限り、名前を呼ぶ。こちらを見たレオの瞳に足がすくみそうになりながら、無理やり駆けだした。

(はやく、石を渡さないと……)

 そう、思った瞬間に。

 レオもわたしに向けて、地を蹴った。またたきする間もなく、レオが目の前に現れる。腕がのびて、わたしの肩をつかんだ。

「うっ」

 痛みに悲鳴をあげてしまう。

 レオの牙が見えた。レオの顔が首筋に近づいて、口が大きく開かれて。

(このままだと、血を、吸われちゃう……!)

「レオ、ダメだよ……!」

 そんなことしたら、レオ自身が悲しむ。わたしは、祈るように、叫んだ。

 ガッ、と鈍い音がする。

 鼻をさす、血のにおいがした。

 ……でも、痛くなかった。

 思わず閉じていた瞳を、おそるおそる開く。赤く流れる血が見えた。だけど、わたしの血じゃない。それは、レオの血だ。

 レオが、荒い息をする。

「う、ぐ……」

 レオは、わたしに噛みつく直前、自分の腕を代わりに噛んだ。血は、その腕からぽたぽたとしたたって、地面を染める。

(わたしを、守るために……)

 目の奥が熱くなる。涙が浮かんだ。

「ありがとう。レオ」

 どれだけ吸血衝動に飲まれても、わたしを傷つけないようにしてくれているんだ。

「強いよ、レオは。だれよりも」

 レオの首に手をまわす。

「ありがとう」

 カチッと、小さな、チェーンをつける音。レオの首もとで、ルークさんの赤輝石がきらめいた。

「遅くなってごめんね」

 赤輝石を身につけた瞬間、すう……、とレオの瞳から荒々しい光は消えた。

「ル、リ……?」
「うん」

 倒れ込むレオを、なんとか支える。乱れていた息も落ち着いて、わたしにもたれかかったレオは、か細い声で言った。

「この、いし……」
「ルークさんが、くれたんだよ。レオに届けてほしいって」

 ぎゅっとレオを抱きしめる。

「レオの気持ち、ちゃんと、ルークさんに届いたよ」
「そっ、か」

 レオが小さく笑う。

「ルリ。あり、が、とう……」
「うん。こちらこそ、守ってくれて、ありがとう」

 レオは気を失ったのか、がくっと体重がわたしにのしかかった。

 血のように赤い月が、まだ街を照らしている。

(だけど、もう、大丈夫)

 美しい赤輝石をかけ、レオは、すうすう……、と小さな寝息をたてているんだから。
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