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第十二章 レオの戦い
(三)
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「こんなところにいたんだね。使用人くんの家にもレオはいないし、ずいぶん探すのに時間がかかってしまった」
ミナセがはっとして、わたしの前に出る。そのミナセの足もと、黒い影がゆれた。そこから闇が湧きだす。息を止めて見守っていると、それはみるみるうちに、黒い狼になった。
「きみたちに使い魔をつけておいて、よかった。レオのもとまで案内してくれて、ありがとう」
「まさか、ずっと、ぼくの影に?」
ミナセが目を見開く。
森で感じていた、ぴったりとくっついて、わたしたちを見張っているような気配。あれは、使い魔だったんだ……! 見張りがいなかったわけじゃない。ずっと、わたしたちについてきていた。
「牢から脱出するなんて、ずいぶん、かしこいね。すごいすごい」
パチパチと、ルークさんは笑顔で手を鳴らす。でも、牢を出て、わたしたちがレオのところに行くことまで、予測していたんだろう。
ぞくっ。
全身に寒気が走った。
怖い。ルークさんが、怖い。
「なんで……、こんなことするんですか、ルークさん!」
怖さをまぎらわせるように、わたしは叫ぶ。
ルークさんは首をかしげた。その姿は前に会ったときとなにも変わらず、吸血衝動なんて、すこしも感じさせなかった。赤輝石を持っているから? それとも大人だから? レオは、こんなに苦しんでいるのに。
「レオから聞いているんだろう? 吸血鬼の貴族は、弟ってだけで立場が弱いんだ。兄弟なのに、兄さん……レオのお父さんばかりが、もてはやされる」
「でもレオは、関係ないのに!」
「そうだね。だけど、兄さんを策にはめるのは、骨が折れる。子どものレオのほうが狙いやすいから、仕方ないんだよ」
ルークさんは、使い魔の頭をなでた。低くうなる狼は、わたしたちから目をそらさない。いつでも噛みつけるぞ、というように。
「わたしはね、兄さんの立場を脅かしたいわけじゃなかった。ただ、兄弟で対等でいられれば、それでよかったんだよ。なのに、兄さんは、わたしを使用人として扱うんだ」
「それが掟だから、でしょう?」
ミナセの言葉に、ふっと、ルークさんの赤い瞳に影が落ちた。
「そう、掟だ。使用人くんは、掟はなにがなんでも守りたいって考える、真面目くんかな? だったら、わたしの気持ちはわからないかもしれないね」
「どういうことですか」
「わたしは、悪い大人だから。掟が大嫌いなんだ」
そう言って、ルークさんは笑った。
「こんな掟、さびしくて仕方ないんだよ」
わたしは、はっとした。
(ルークさん、すごく、悲しい顔だ)
でもそれは一瞬で、ルークさんは唇をつり上げた。
「だから、ここでぜんぶ壊してしまいたいんだよ。邪魔をしないでくれるかい?」
ルークさんの手が教会を指し示し、使い魔に命じる。
「お行き。レオを開放してあげよう。こんな狭い場所に閉じ込められていては、かわいそうだ」
とたんに、狼は、駆けだした。
「まて……、うっ!」
止めに入ろうとしたミナセは、狼に蹴り飛ばされて、広場の地面を転がった。
そっか。魔法が使えないから、戦うことも難しいんだ。
「ミナセ!」
その間にも、狼は扉を蹴破り、開け放つ。あまりにもすばやくて、わたしは動けなかった。
「久しぶりだね、レオ。出ておいでよ」
「レオ! 来ちゃダメ!」
小さなろうそくの灯りだけで照らされた教会の奥で、レオがうずくまっていた。わずかにあげたレオの顔には、凶暴な光を灯す赤い瞳がある。
「ルーク、兄さん……、やめてくれ……」
それでもレオは、自分の身体に爪を立てて、衝動をおさえ込んでいた。
「耐えてるのか。すごいねレオ。でも、苦しいだろう? ひとの血を吸いに行くといい。街にはたくさんひとがいるのだから」
ルークさんはにっこりと歌うように言う。
「レオ! お願い、耐えて!」
だけど、レオと目が合ったとたん、わたしはびくっと震えた。
レオの目が、怖い。
「血、だ……、血のにおい、血がほしい……」
うわごとのようにつぶやいて、ゆらりと立ち上がる。レオの足が、教会の床を、強く蹴った。
「あっ、ダメ!」
わたしは手をのばす。届かない。教会を出て、街に行こうとしている。
(どうしよう、このままじゃ、レオが、ひとを襲っちゃう……!)
ミナセがはっとして、わたしの前に出る。そのミナセの足もと、黒い影がゆれた。そこから闇が湧きだす。息を止めて見守っていると、それはみるみるうちに、黒い狼になった。
「きみたちに使い魔をつけておいて、よかった。レオのもとまで案内してくれて、ありがとう」
「まさか、ずっと、ぼくの影に?」
ミナセが目を見開く。
森で感じていた、ぴったりとくっついて、わたしたちを見張っているような気配。あれは、使い魔だったんだ……! 見張りがいなかったわけじゃない。ずっと、わたしたちについてきていた。
「牢から脱出するなんて、ずいぶん、かしこいね。すごいすごい」
パチパチと、ルークさんは笑顔で手を鳴らす。でも、牢を出て、わたしたちがレオのところに行くことまで、予測していたんだろう。
ぞくっ。
全身に寒気が走った。
怖い。ルークさんが、怖い。
「なんで……、こんなことするんですか、ルークさん!」
怖さをまぎらわせるように、わたしは叫ぶ。
ルークさんは首をかしげた。その姿は前に会ったときとなにも変わらず、吸血衝動なんて、すこしも感じさせなかった。赤輝石を持っているから? それとも大人だから? レオは、こんなに苦しんでいるのに。
「レオから聞いているんだろう? 吸血鬼の貴族は、弟ってだけで立場が弱いんだ。兄弟なのに、兄さん……レオのお父さんばかりが、もてはやされる」
「でもレオは、関係ないのに!」
「そうだね。だけど、兄さんを策にはめるのは、骨が折れる。子どものレオのほうが狙いやすいから、仕方ないんだよ」
ルークさんは、使い魔の頭をなでた。低くうなる狼は、わたしたちから目をそらさない。いつでも噛みつけるぞ、というように。
「わたしはね、兄さんの立場を脅かしたいわけじゃなかった。ただ、兄弟で対等でいられれば、それでよかったんだよ。なのに、兄さんは、わたしを使用人として扱うんだ」
「それが掟だから、でしょう?」
ミナセの言葉に、ふっと、ルークさんの赤い瞳に影が落ちた。
「そう、掟だ。使用人くんは、掟はなにがなんでも守りたいって考える、真面目くんかな? だったら、わたしの気持ちはわからないかもしれないね」
「どういうことですか」
「わたしは、悪い大人だから。掟が大嫌いなんだ」
そう言って、ルークさんは笑った。
「こんな掟、さびしくて仕方ないんだよ」
わたしは、はっとした。
(ルークさん、すごく、悲しい顔だ)
でもそれは一瞬で、ルークさんは唇をつり上げた。
「だから、ここでぜんぶ壊してしまいたいんだよ。邪魔をしないでくれるかい?」
ルークさんの手が教会を指し示し、使い魔に命じる。
「お行き。レオを開放してあげよう。こんな狭い場所に閉じ込められていては、かわいそうだ」
とたんに、狼は、駆けだした。
「まて……、うっ!」
止めに入ろうとしたミナセは、狼に蹴り飛ばされて、広場の地面を転がった。
そっか。魔法が使えないから、戦うことも難しいんだ。
「ミナセ!」
その間にも、狼は扉を蹴破り、開け放つ。あまりにもすばやくて、わたしは動けなかった。
「久しぶりだね、レオ。出ておいでよ」
「レオ! 来ちゃダメ!」
小さなろうそくの灯りだけで照らされた教会の奥で、レオがうずくまっていた。わずかにあげたレオの顔には、凶暴な光を灯す赤い瞳がある。
「ルーク、兄さん……、やめてくれ……」
それでもレオは、自分の身体に爪を立てて、衝動をおさえ込んでいた。
「耐えてるのか。すごいねレオ。でも、苦しいだろう? ひとの血を吸いに行くといい。街にはたくさんひとがいるのだから」
ルークさんはにっこりと歌うように言う。
「レオ! お願い、耐えて!」
だけど、レオと目が合ったとたん、わたしはびくっと震えた。
レオの目が、怖い。
「血、だ……、血のにおい、血がほしい……」
うわごとのようにつぶやいて、ゆらりと立ち上がる。レオの足が、教会の床を、強く蹴った。
「あっ、ダメ!」
わたしは手をのばす。届かない。教会を出て、街に行こうとしている。
(どうしよう、このままじゃ、レオが、ひとを襲っちゃう……!)
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