宝石店の魔法使い~吸血鬼と赤い石~

橘花やよい

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第九章 深まる疑惑とその先に

(四)

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 好きなお菓子が食べたくなる気持ちなんかとは、ぜんぜんちがう。レオの瞳にあるのは、餌を前にした獣の凶暴さと同じぎらつきだ。血が飲みたい、血が欲しい。その目が、訴えてくる。

「ルリ、はやく出てってくれ! 扉閉めて、鍵を……!」

 レオは必死に叫ぶ。だけど言葉とは反対に、レオはわたしの腕をつかんだ。いますぐにでも、その腕に噛みついて血を吸いたい、とでもいうように。

「ルリ逃げろ!」
「で、でも……」

 つかまれた腕が痛い。怖くて、足が動かない。

 そのときだ。

「ルリ!」

 外から声がした。

 次の瞬間、嵐にも似た風が吹き抜けて、レオの身体をわたしから引き離した。駆け寄ってくる足音がして、抱き起こされる。

「ミナセ⁉」

 ミナセはわたしを小屋から出す。そこに、レオが叫んだ。

「おい、なんでもいいから、おれに魔法ぶつけてくれ! 思いっきり!」

 レオは小屋の中で自分の身体を抱きかかえるようにして、うなっていた。わたしたちに飛びかかろうとするのを、必死におさえている。ミナセは目を見開いてから、すぐにうなずいた。

「わかった!」

 ミナセの腕が、レオに伸びる。突風が吹いて、竜巻のような風の渦が、レオを飲み込む。

「うっ」

 レオのうなる声がしたけれど、ミナセは魔法を解かなかった。ぐっと伸ばしていた手を握ると、風も強さを増す。吹き荒れた風が、小屋に置いてあった宝石や紙をばらばらとまき散らした。

 風の中でもがいていたレオは、しだいに糸が切れた操り人形のように力が抜け、風に飛ばされるままになる。

 そこまで見届けて、ミナセは魔法を解いた。すばやく小屋の扉を閉め、わたしからうばった鍵で、しっかりと閉ざす。

 あれだけ騒がしかったのがうそのように、あたりには夜の静けさが戻ってきた。

「大丈夫かい?」

 あっけにとられて座り込んだわたしに、ミナセが聞く。

「う、うん……。でもミナセ、なんでここに」
「なんとなく、いやな予感がして、来てみたら、小屋の明かりがもれていたから」

 ミナセはほっと息をついて、わたしのとなりに座った。

「……あれが、吸血衝動なの?」
「だろうね。見境なくひとを襲うとは聞いていたけど、あんなに凶暴になるなんて」

 わたしたちは、ただぼんやりと小屋を見つめることしかできない。いまはもう、物音もうなり声も聞こえない。

「気を失わせたから、今夜はこれ以上、彼も暴れないだろう」

 ミナセは疲れた顔でため息をつく。

「でも、一応このまま見張っておいたほうがいいかな」

 わたしは、ふるえる声で小さくつぶやいた。

「ごめん、わたしがなにも考えずに、扉を開けたから」

 レオからも、鍵をかけて扉は開けないでくれ、って言われていたのに。ひとを襲いたくないんだって、レオは言ってた。それなのに、襲わせてしまいそうになった。

 ミナセからも、ブラッド・ムーンが近づいたときの吸血鬼は危ないよ、って忠告されていたのに。

「……ルリも、ここでいっしょに見張っていようか」

 ミナセが静かに言った。

「朝になったら、彼ときちんと話してみたらどうかな?」

 わたしは、こくりとうなずいた。
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