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第三章 吸血鬼のレオ

(二)

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「ブラッド・ムーンが出ている間は、吸血衝動が強くなる。だから本当なら、おれはいま、部屋に閉じこもっていないといけない」
「ひとを襲っちゃうから、だっけ?」

 吸血衝動、つまり、ひとの血がすっごく飲みたくて飲みたくて、たまらなくなるんだ。それは時に、ひとを襲ってしまうくらいに……。

「大丈夫だって、そんなおびえるなよ」

 思わずレオと距離を取ったわたしに、彼は口をとがらせた。

「まだブラッド・ムーンまで数日ある。吸血衝動はひどくない」
「でも……。なんで、そんなときに家出なんてしてるの?」

 レオは困った顔をして、口ごもった。

「そりゃ、おれだって部屋でじっとしてるつもりだったよ……、ひとを襲いたくねーし」

 でも、と頬をかく。

「その、なんだ……、つまんないじゃん。部屋で閉じこもってるなんて」
「そんな理由で、家出……⁉」

 思わず大声を出したわたしに、レオはうなずいた。

「そういうこと。で、おれ金持ちだし、使用人たちがみんな、あわててるってわけ」

 あ、そういえば貴族なんだっけ。レオは服もズボンも靴も、みんな高そうなものを身に着けていた。よく宝石の配達で、お金持ちのお屋敷に出入りしているから、わかる。レオは本当に、いいところのお坊ちゃんだ。

 吸血鬼に会うのもはじめてなら、吸血鬼の貴族に会うのもはじめて。思わずぽかんとしてしまうと、レオは苦い顔をして言った。

「たしかに血は吸いたくなるけど……、赤輝石せっきせきがあれば、平気なんだよ」
「赤輝石?」
「おれのもってた、赤い石。あれは吸血衝動をおさえる力があるんだ」

 宝石の中には、不思議な力をもった魔法の石もある。きっとあの赤い石も、そういう特別なものだったのだろう。

 と、わたしは青ざめた。

(そうだった。わたし、その石を……)

「勘違いで、ひとに売った、だったよな?」

 レオはゆっくり言って、わたしをにらんだ。

「ご、ごめんなさい……! ほんとに、ごめんなさい!」

 わたしは必死でペコペコと何度も頭を下げる。そんな大事なものだとは思わなかった。というか、ひとのものを勝手に売った時点で、大失態だ。ひえっと冷や汗がふき出す。

「おれは、あの石がないと、ひとを襲うことを止められないんだぞ」

 レオは低い声で言うと、わたしの肩をつかんだ。

「赤輝石を取り返せ。おまえがやらかしたんだ、もちろん取り返してくれるよな?」
「はい……っ! それはもちろん!」

 きれいな顔ですごまれて、わたしは、壊れた機械人形みたいにうなずく。
 もう、頭の中は大混乱だ。

(どうしよう。モーリスさま、あのネックレスを気に入っていたみたいだし、怒られるかな)

 でもレオのものなんだから、返してもらわないといけないし……。あああ、わたしのお仕事生活、一番のやらかしだよ。

「ごめんね、いますぐモーリスさまにお話してくる!」
「あ、おい待て!」

 頭が真っ白になって飛び出そうとしたわたしを、レオがあわてて止めた。

「もう夜だぞ。いまから押しかけるなんてマナーがなってない」
「で、でも」
「今日くらい石がなくても平気だ。明日でいいよ」
「そうなの……?」
「ああ。貴族の息子たるもの、マナー違反なんてさせられないからな」
「……わかった。じゃ、じゃあ明日、必ず!」

 拳を握って宣言するわたしに、レオはため息をつく。

「ったく、おっちょこちょいだな、おまえ」

 そう言ったあとで、くすっと笑った。

「でもまあ、おまえに悪気がなかったのはわかったよ。許してやる」
「ほんと?」
「おう。その代わり! 明日、頼んだぞ」

 あ、とわたしは口をぽかんと開けた。

(レオの笑顔、きらきらだ)

 瞳だけじゃない、笑顔全部から、きらきらがあふれてる。どきっと胸が鳴って、わたしはあわてて自分の胸に手を当てた。なんだろう、急に恥ずかしくなってきた。

「そういえば、おまえ、名前は?」
「る、ルリ、です」
「ルリ。じゃ、明日また!」

 レオは片手を挙げて小屋を出ると、夜の闇に溶けていった。わたしはぼうっとその姿に見とれてから、はっとする。そうだ、どきっ、とかしている場合じゃない。

 大変なことになってしまった。

(なんてモーリスさまに話せばいいんだろう。まずは事情を説明して、あ、いや、その前に謝って……)

「あああ~、どうしよう!」
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