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第3章 小説家と、空色

(9)夜空の色2

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『わかりました』

 一色はおそるおそる黒色を取り、水で伸ばした。その色で水彩紙を染めていく。じわっと色がにじんだ。水彩は水を多めに使うから、にじみが出やすく、それがいい味を出す。

 せっせと黒色で塗りつぶしていく一色の指を、絵莉は見つめた。

 ――きれいな指だなあ。

 男性にしては細い。インドアな一色らしい、と思った。けれど骨や筋が目立つところは、きちんと男性の指先だ。爪は短く切りそろえられているのも、ああ一色だなあ、と思う。素直に言えば、とても好みだ。写真を撮らせてほしい。人物を描くときの参考資料にしたい。

「あいたっ」

 あまりにも見つめすぎていたのか、お雪さんが「いい加減にしなさい」とでも言いたげな顔で、絵莉をぺちんと叩いた。いけない、すこし思考がトリップしていた。

 黒く塗られた四角が、ちょうど出来上がろうとしている。一色は真面目に色を塗っているから、絵莉の視線には気づいていないようだ。よかった。

 絵莉は気を取り直して、歯ブラシを取り出した。

「星の描き方は色々ありますけど、わたしは歯ブラシをよく使っています。ブラシに白の絵の具をとって、紙に弾いて飛ばすと……こんな感じで星になります」

 細かい白の粒子が飛び散る。バランスを見ながら整えていけば、星空の完成だ。

「うん、きれいですね」

 真っ暗な空に輝く、白い星。これはこれで、いいと思う。けれど、一色は首をかしげた。

『絵莉さんの絵とは、印象がちがうような』
「そうですね。わたしが描くと、こんな感じです」

 そばに用意しておいたクリアファイルを取り出した。いままで絵莉が描いた絵を保存しているものだ。夜空がモチーフの絵もある。一色は絵を見たとたんに、はっとしてから、悩ましげに目を細めた。

『ぜんぜんちがいますね……色が、豊かです』

 そう。たしかに、一色の空は、のっぺりとしている。対して絵莉の空は、黒色で塗られていることに変わりないけれど、色彩豊かだった。色に、たくさんの表情があるのだ。並べてみると、ちがいは一目瞭然だった。

 たぶん、一色の言っていた「色の深み」というのは、これのことだろう。

『どうして、こんなにちがうのでしょうか』

 食いついてきてくれたことにうれしくなって、絵莉は得意になりながら言った。

「実はこれ、黒の絵の具を使っていないんですよ」

 絵莉は筆を持ち、一色の空の横に新しい夜空をつくるためのスペースをつくった。

「いまから、赤と緑だけで、夜空をつくってみますね」
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