31 / 62
第3章 小説家と、空色
(9)夜空の色2
しおりを挟む
『わかりました』
一色はおそるおそる黒色を取り、水で伸ばした。その色で水彩紙を染めていく。じわっと色がにじんだ。水彩は水を多めに使うから、にじみが出やすく、それがいい味を出す。
せっせと黒色で塗りつぶしていく一色の指を、絵莉は見つめた。
――きれいな指だなあ。
男性にしては細い。インドアな一色らしい、と思った。けれど骨や筋が目立つところは、きちんと男性の指先だ。爪は短く切りそろえられているのも、ああ一色だなあ、と思う。素直に言えば、とても好みだ。写真を撮らせてほしい。人物を描くときの参考資料にしたい。
「あいたっ」
あまりにも見つめすぎていたのか、お雪さんが「いい加減にしなさい」とでも言いたげな顔で、絵莉をぺちんと叩いた。いけない、すこし思考がトリップしていた。
黒く塗られた四角が、ちょうど出来上がろうとしている。一色は真面目に色を塗っているから、絵莉の視線には気づいていないようだ。よかった。
絵莉は気を取り直して、歯ブラシを取り出した。
「星の描き方は色々ありますけど、わたしは歯ブラシをよく使っています。ブラシに白の絵の具をとって、紙に弾いて飛ばすと……こんな感じで星になります」
細かい白の粒子が飛び散る。バランスを見ながら整えていけば、星空の完成だ。
「うん、きれいですね」
真っ暗な空に輝く、白い星。これはこれで、いいと思う。けれど、一色は首をかしげた。
『絵莉さんの絵とは、印象がちがうような』
「そうですね。わたしが描くと、こんな感じです」
そばに用意しておいたクリアファイルを取り出した。いままで絵莉が描いた絵を保存しているものだ。夜空がモチーフの絵もある。一色は絵を見たとたんに、はっとしてから、悩ましげに目を細めた。
『ぜんぜんちがいますね……色が、豊かです』
そう。たしかに、一色の空は、のっぺりとしている。対して絵莉の空は、黒色で塗られていることに変わりないけれど、色彩豊かだった。色に、たくさんの表情があるのだ。並べてみると、ちがいは一目瞭然だった。
たぶん、一色の言っていた「色の深み」というのは、これのことだろう。
『どうして、こんなにちがうのでしょうか』
食いついてきてくれたことにうれしくなって、絵莉は得意になりながら言った。
「実はこれ、黒の絵の具を使っていないんですよ」
絵莉は筆を持ち、一色の空の横に新しい夜空をつくるためのスペースをつくった。
「いまから、赤と緑だけで、夜空をつくってみますね」
一色はおそるおそる黒色を取り、水で伸ばした。その色で水彩紙を染めていく。じわっと色がにじんだ。水彩は水を多めに使うから、にじみが出やすく、それがいい味を出す。
せっせと黒色で塗りつぶしていく一色の指を、絵莉は見つめた。
――きれいな指だなあ。
男性にしては細い。インドアな一色らしい、と思った。けれど骨や筋が目立つところは、きちんと男性の指先だ。爪は短く切りそろえられているのも、ああ一色だなあ、と思う。素直に言えば、とても好みだ。写真を撮らせてほしい。人物を描くときの参考資料にしたい。
「あいたっ」
あまりにも見つめすぎていたのか、お雪さんが「いい加減にしなさい」とでも言いたげな顔で、絵莉をぺちんと叩いた。いけない、すこし思考がトリップしていた。
黒く塗られた四角が、ちょうど出来上がろうとしている。一色は真面目に色を塗っているから、絵莉の視線には気づいていないようだ。よかった。
絵莉は気を取り直して、歯ブラシを取り出した。
「星の描き方は色々ありますけど、わたしは歯ブラシをよく使っています。ブラシに白の絵の具をとって、紙に弾いて飛ばすと……こんな感じで星になります」
細かい白の粒子が飛び散る。バランスを見ながら整えていけば、星空の完成だ。
「うん、きれいですね」
真っ暗な空に輝く、白い星。これはこれで、いいと思う。けれど、一色は首をかしげた。
『絵莉さんの絵とは、印象がちがうような』
「そうですね。わたしが描くと、こんな感じです」
そばに用意しておいたクリアファイルを取り出した。いままで絵莉が描いた絵を保存しているものだ。夜空がモチーフの絵もある。一色は絵を見たとたんに、はっとしてから、悩ましげに目を細めた。
『ぜんぜんちがいますね……色が、豊かです』
そう。たしかに、一色の空は、のっぺりとしている。対して絵莉の空は、黒色で塗られていることに変わりないけれど、色彩豊かだった。色に、たくさんの表情があるのだ。並べてみると、ちがいは一目瞭然だった。
たぶん、一色の言っていた「色の深み」というのは、これのことだろう。
『どうして、こんなにちがうのでしょうか』
食いついてきてくれたことにうれしくなって、絵莉は得意になりながら言った。
「実はこれ、黒の絵の具を使っていないんですよ」
絵莉は筆を持ち、一色の空の横に新しい夜空をつくるためのスペースをつくった。
「いまから、赤と緑だけで、夜空をつくってみますね」
27
お気に入りに追加
93
あなたにおすすめの小説
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
推理小説家の今日の献立
東 万里央(あずま まりお)
キャラ文芸
永夢(えむ 24)は子どもっぽいことがコンプレックスの、出版社青雲館の小説編集者二年目。ある日大学時代から三年付き合った恋人・悠人に自然消滅を狙った形で振られてしまう。
その後悠人に新たな恋人ができたと知り、傷付いてバーで慣れない酒を飲んでいたのだが、途中質の悪い男にナンパされ絡まれた。危ういところを助けてくれたのは、なんと偶然同じバーで飲んでいた、担当の小説家・湊(みなと 34)。湊は嘔吐し、足取りの覚束ない永夢を連れ帰り、世話してくれた上にベッドに寝かせてくれた。
翌朝、永夢はいい香りで目が覚める。昨夜のことを思い出し、とんでもないことをしたと青ざめるのだが、香りに誘われそろそろとキッチンに向かう。そこでは湊が手作りの豚汁を温め、炊きたてのご飯をよそっていて?
「ちょうどよかった。朝食です。一度誰かに味見してもらいたかったんです」
ある理由から「普通に美味しいご飯」を作って食べたいイケメン小説家と、私生活ポンコツ女性編集者のほのぼのおうちご飯日記&時々恋愛。
.。*゚+.*.。 献立表 ゚+..。*゚+
第一話『豚汁』
第二話『小鮎の天ぷらと二種のかき揚げ』
第三話『みんな大好きなお弁当』
第四話『餡かけチャーハンと焼き餃子』
第五話『コンソメ仕立てのロールキャベツ』
アラフォーだから君とはムリ
天野アンジェラ
恋愛
38歳、既に恋愛に対して冷静になってしまっている優子。
18の出会いから優子を諦めきれないままの26歳、亮弥。
熱量の差を埋められない二人がたどり着く結末とは…?
***
優子と亮弥の交互視点で話が進みます。視点の切り替わりは読めばわかるようになっています。
1~3巻を1本にまとめて掲載、全部で34万字くらいあります。
2018年の小説なので、序盤の「8年前」は2010年くらいの時代感でお読みいただければ幸いです。
3巻の表紙に変えました。
2月22日完結しました。最後までおつき合いありがとうございました。
ニンジャマスター・ダイヤ
竹井ゴールド
キャラ文芸
沖縄県の手塚島で育った母子家庭の手塚大也は実母の死によって、東京の遠縁の大鳥家に引き取られる事となった。
大鳥家は大鳥コンツェルンの創業一族で、裏では日本を陰から守る政府機関・大鳥忍軍を率いる忍者一族だった。
沖縄県の手塚島で忍者の修行をして育った大也は東京に出て、忍者の争いに否応なく巻き込まれるのだった。
下宿屋 東風荘 7
浅井 ことは
キャラ文芸
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆
四つの巻物と本の解読で段々と力を身につけだした雪翔。
狐の国で保護されながら、五つ目の巻物を持つ九堂の居所をつかみ、自身を鍵とする場所に辿り着けるのか!
四社の狐に天狐が大集結。
第七弾始動!
☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆.。.:*・°☆*:..☆
表紙の無断使用は固くお断りさせて頂いております。
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
護国神社の隣にある本屋はあやかし書店
井藤 美樹
キャラ文芸
【第四回キャラ文芸大賞 激励賞頂きました。ありがとうございますm(_ _)m】
真っ白なお城の隣にある護国神社と、小さな商店街を繋ぐ裏道から少し外れた場所に、一軒の小さな本屋があった。
今時珍しい木造の建物で、古本屋をちょっと大きくしたような、こじんまりとした本屋だ。
売り上げよりも、趣味で開けているような、そんな感じの本屋。
本屋の名前は【神楽書店】
その本屋には、何故か昔から色んな種類の本が集まってくる。普通の小説から、曰く付きの本まで。色々だ。
さぁ、今日も一冊の本が持ち込まれた。
十九歳になったばかりの神谷裕樹が、見えない相棒と居候している付喪神と共に、本に秘められた様々な想いに触れながら成長し、悪戦苦闘しながらも、頑張って本屋を切り盛りしていく物語。
魔法が使えない女の子
咲間 咲良
児童書・童話
カナリア島に住む九歳の女の子エマは、自分だけ魔法が使えないことを悩んでいた。
友だちのエドガーにからかわれてつい「明日魔法を見せる」と約束してしまったエマは、大魔法使いの祖母マリアのお使いで魔法が書かれた本を返しに行く。
貸本屋ティンカーベル書房の書庫で出会ったのは、エマそっくりの顔と同じエメラルドの瞳をもつ男の子、アレン。冷たい態度に反発するが、上から降ってきた本に飲み込まれてしまう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる