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第3章 小説家と、空色

(1)無色の小説

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『色の使い方が、わからなくて』
「はあ、色……」

 絵莉は色鉛筆を置いて、一色を見た。いつもと同じ、不機嫌にも見えるような無表情が、眼鏡の奥にある。けれど、そこそこ一緒に過ごしてきたいまなら、わかる。

 これは、困り顔だ。

 兎ノ書房の二階。とわはべつのちゃぶ台で本を読んでいる。そのまわりには、常連と化した少女たち、舞ちゃん、のんちゃん、理桜ちゃんがいる。彼女たちもまた、本を読んでいた。

 ――色、とは。

『絵莉さんは、色をとてもきれいに使われているので』
「あ、ありがとうございます……、なんか照れますね」
『そちらは、ブックカバーですよね』
「彩乃さんから聞いたんですか? そうです。いま、デザインを考えていて」

 スケッチブックに、デザインを描き出しているところだ。

 兎ノ書房のオリジナルグッズをつくってくれ、という彩乃の言葉を受けて、制作にとりかかっている。テーマは、レトロかわいい。紺色やあずき色、オフホワイトなど、落ち着いた色に統一することは、彩乃と話し合って決めた。祖父のつくった過去のブックカバーにならって、イラストはワンポイント。クリームソーダやプリンなどの純喫茶メニューは、レトロだと人気があるし、取り入れてみてもいいかもしれない。

 それから兎ノ書房なのだし、白うさぎは必須だろう。せっかく観光客の多い仲町通りなのだから、近くにある松本城を模してお城などのモチーフも使えたらいいかもしれない。

 と、あれやこれや考えながら、スケッチブックにはいくつかのデザイン案が並んでいた。

『色鉛筆、こんなに色があったんですね』
「三十六色セットです。色を重ねたら、もっと表現できますけど。それで、えっと、色の使い方がわからないって、一色さんも絵を描かれるんですか?」
『いえ、そうではなく』

 はあ、と絵莉は首をかしげる。一色は落ち込んだ様子で(でもやっぱり無表情で)、スマホに文字を打ち込んでいった。

『俺の小説は、色彩に乏しいようで。よく水墨画のようだと言われます』
「水墨画……」

 まあたしかに、言われてみればそうかもしれない。以前、彼のタブレットで小説を読ませてもらったことがある。それに、一階には一色が執筆した小説も売られていたから、買って読んでみた。絵莉も、淡い色合いだなと思ったのだ。決して色がないわけではないけれど、読むひとによっては水墨画のように白と黒しかない世界と思うかもしれない。

 ちらっと見れば、今日の一色の服もモノトーンコーデだ。彼らしい。

「水墨画、わたしは好きですけどね。洗練された世界ですよ。少ない色数で、世界を表現する技術は尊敬します」

 一色の物語だって、つまらないわけではないのだ。とても美しいと思う。だが一色は悩ましい顔をして、黒いフレームの眼鏡をきゅっと押し上げた。

『水墨画を否定するわけではありませんが、最近スランプ気味なので新しいことがしてみたくて。それに子ども向けの小説だと、もうすこし鮮やかなほうがいいかと』
「子ども向けって、また、とわくんに読んでもらうためのお話を書いてるんですか? 一色さんって、お仕事で執筆されるときは一般文芸を書かれてますよね?」

 彼が出版する小説は大衆小説だった。一色自身は感情が表に出にくいひとだけど、小説では繊細な感情表現を売りにしている。主人公は女性の場合が多く、その丁寧な心理描写から、作者も女性なのではと勘違いされることが多いらしい。絵莉も、一色と知り合いになる前に小説を読んでいたなら、勘違いしたかもしれない。

 そんなことを思っていると、一色はスマホに文字を打ち込んだ。

『もともと新人賞に書いたものを、手直ししているんです』
「へえ、新人賞……。やっぱりプロの方でも応募するんですね」

 小説を出版するのには、いくつかのルートがある。すでにデビューした売れっ子小説家であれば、出版社からの依頼で書いたり、担当編集に企画を提出したりして執筆していく。だが担当との接点がないデビュー前の書き手たちは、新人賞に応募していることが多い。たいてい、そういうものは「新人賞」と言いつつプロ作家も参加することができるから、新たな仕事を求めるプロが応募者の中に交じっていることも多いのだ。

 プロ・アマごちゃまぜで勝ち残った作品が出版されるのだから、絵莉も受賞作を見ると「これが戦いをくぐり抜けた猛者か」と感慨深くなる。そんなわけで、一色も、児童文学に挑戦をしていたらしい。彼はまだ、児童文学の世界に伝手がないからだ。
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